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第47話 気落ち

 結局、琴美が目覚めたのは夕方近くになってからだった。

 休んだことで気は休まったようだが、それでも落ち込んでいることがハッキリと見て取れた。


「大丈夫か琴美。もう安心していいんだぞ」

「……お兄ちゃん……私、何も出来なかったわ。あんな奴らの前で、ただ泣き喚くことしかできなかった」


 テロリストに歯が立たなかったことに、琴美のプライドは酷く傷ついているようだ。俺が励ましても逆効果かも知れないが、兄として何もしないわけにはいかない。


「仕方ないさ。アイツら多分だけど何かしらの軍事訓練を受けている。そこいらのチンピラとは訳が違うだろう」

「……地上じゃ私なんか普通の女の子と変わらないのね」


 何を言われたのか知らないが、琴美は自信を失っているようで、普段とはまるで様子が違う。

 これまでの琴美なら切腹でもしそうだが、その素振りすらないとは。

 俺は何とか琴美を元気づけようと、必死に言葉を紡ぐ。


「なあ、琴美。俺は元々お前が復讐に走るのは反対だった。……無理をして戦わなくてもいいんだぞ。父さんの仇は俺が討ってやるから、お前は普通の女子に戻ったらどうだ?

「……ダメよ。私もうC級になったんだもの。そんな簡単にはやめられないわ」


 いかんな。これは重傷だ。父さんの軒を持ち出せば反発するかと思ったが、やめない理由をC級のせいにするとは。もし事前に昇級していなかったら本当に探索者をやめていたかもしれない。


「ねえ琴美ちゃん。大友君。そう焦って結論を出さなくてもいいんじゃない。それに私たちの戦う相手は魔物であってテロリストじゃないわ。地上での戦いは警察や自衛隊に任せればいいじゃない」

「そ、そうだよな。琴美、とにかく今日は帰ろう。一晩休めば気持ちも楽になるさ」

「うん。ごめんねシルヴィさん。お土産買ってきたのにあそこに置いてきちゃった」

「そんな事気にしなくていいのよ。貴方たち鞄を現場に置いてきちゃって大変でしょ。すぐに家に帰って明日に備えた方がいいわよ」


 琴美は心底申し訳なさそうにシルヴィに謝るが、無論彼女は気にも留めない。

 それより、鞄を持ち帰れなかったのはマズかったな。多分、燃え尽きてしまっているだろうが、証拠が出ないとも限らない。


「琴美も黒田さんもすまなかった。荷物の事まで気が回らなかった」

「ううん。気にしないで。スマホはポケットに入れているから無事よ」

「私もスマホは大丈夫。……でもお財布は燃えちゃった」

「そ、そうだったわ。大したものは無いけど、お財布は私も鞄に入れてたわ」


 黒田さんは俺を気遣うようにそう言ったが、琴美の話で財布に思い当たったのか、がっくりと肩を落とした。


「おいおい。二人とも明日から大丈夫か?」 

「メインは電子マネーだから問題ないけど、お財布が燃えちゃったのはショックね」

「うーん。奥多摩のように、剣持ちゴブリンが出るダンジョンを当たってみるか? ……それともカブト狩りをもう一度やるか?」


 次の振込日まで大分ある。俺は財布代を稼ぐためにも金策を色々と考えてみる。


「カブト狩りはちょっと……。大友君、そこまで気にしなくていいわよ。緊急性の高い話じゃないわ。……とにかく今日は帰りましょ」


 黒田さんがそう言うので一先ず今日は帰るか。


 俺は二人を連れて自宅にテレポートし、琴美は家で休ませ、黒田さんは家まで送ることにした。彼女の自宅前に言っておけば、今後は緊急時にテレポートで駆けつけられるからな。


 黒田さんは疲れ切っているのか、道中はあまり言葉を発しなかった。

 俺もどうフォローしたものかと悩み、帰りの電車では無言になってしまう。


 立川駅に着き、少し歩いたところに彼女のマンションはあった。


「大友君、ここまでで大丈夫よ。今日はありがとう。……あと、琴美ちゃんについては本当にごめんなさい。私が余計な事をしたばかりに」


 どうやら、琴美のように顔には出ていなかったが、彼女もまだ引きずっているようだ。自分のせいで琴美を危険にさらしたと責めているかのようだ。


「シルヴィも言っていたけど、黒田さんが気にする必要はないだろ。悪いのはテロリストだ。……というか、栗田だな。琴美も君も、アイツのせいで揉め事に巻き込まれているんだ」

「そうね。元を辿れば彼の勧誘が原因で私も探索者になったんだものね。……でも、そのおかげで大友君とパーティーを組めたんだから、その辺は感謝しているわ」


 冷静に考えれば、あの野郎が全ての発端になっている。俺は頭に来ていたが、黒田さんの思わぬ発言に息を飲んだ。


「そ、それってどういう――」

「大友君。おやすみなさい。また明日ね」


 俺がその意味を聞く前に、彼女はさっさとマンションに入って行ってしまった。

 後には、彼女の残り香だけが残り、俺はその場に立ち尽くす。


 彼女の言葉を脳内で反すうしながら、俺はどこか浮ついた気持ちのまま、家路についた。


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