百二十年前――。
あれは確か、俺たちがまだ八歳の頃だ。
「んぐぅ……ひっぐ」
「こんなところにいたのかよ」
「セイルぅ……」
子どもの頃のアイツは、泣き虫だった。
「お前の家に行ったら、ミテラさんが心配してたぞ」
「……」
「話は聞いてやるから、出て来いよ」
俺がそう言って促すと、セラはゆっくりと木の幹の穴から出てきた。
「ひどい顔だな、何があったんだよ」
セラは涙で顔がぐしゃぐしゃになり、喋るのも聞き取りづらくなっていた。
「うっぐ、ひっぐ……とと様の修行で……ひっぐ、僕がとと様に言われたことができなかったからぁ……ひっぐ、怒られた」
「……なぁーんだ、いつものことかよ」
セラの父親は族長で、シーラカンス族の中で最強の戦士とも言われていた。
そんな父親を持つセラは毎日修行をしていたが、うまくいかず。
度々家を飛び出しては、親友の俺が探しに行くことがあった。
まぁ……あの時も案の定いつものことで、俺は呆れてしまった。
呆れるものの、このままだと母親のミテラさんが心配してしまう。
俺は、どうにかセラを前向きにさせようと、彼に尋ねてみた。
「お前さ、何のために修行してるの?」
「それは……族長になるため」
「違う、そんなのはインディルさんに言われたことだろ?お前自身のことを聞いているんだよ」
「そ、それは……」
セラはモジモジしながら考え込み、そして答えた。
「強くなりたい、とと様みたいに……」
「なら、何をしなければならない?」
「修行……でも」
セラは修行に対して否定的に答えた。
そんなセラに俺は苛立ってしまったのか、あいつの胸倉を掴んで、つい怒ってしまった。
「そんなに修行から逃げて、どうやって強くなるんだよ!強くなりたきゃ、修行をするしかねぇんだよ!それに、強さには簡単な近道なんてない!お前が一番分かってるだろ!」
「……セイル」
「それに、俺だって強くなりたい。なぁ、セラ。俺たち強くなって、二人で戦士になろうぜ……そしてあの七戦士になって、この海全体に俺たちの名を響かせるんだ!」
セラは再び泣きそうになるものの、そんな俺を見て堪えたんだ。
「……うん、僕……修行頑張るよ!」
「よし!その意気だ!じゃあ、さっそく戻って修行しようぜ!」
「うん」
現在に戻って――。
「ってなわけよ!あいつ、本当に泣き虫で大変だったんだぜ?」
「まぁ、あのセラが泣き虫だったなんて想像できないけど……それよりも、君たちが百年以上生きていることの方が驚きなんだけど?君ら二人、いくつなの?」
アオがセイルに年齢を尋ねると、セイルは自信満々で答えた。
「セラと俺は今年で百二十八歳だ」
「はぁぁぁ!?あっ、ちょっとそれを詳しく聞かせて!」
アオの食い気味な様子にセイルは少し引いたが、セイルは会話を続けた。
二人が話をすればするほど盛り上がり、二人の会話を聞いていたのか、セラがゆっくりと目を覚ました。
アオの記憶の中で見た天井……そうか、復元が成功したんだな。
「……」
「お?やっと起きたか」
声の方を向けば、アオとセイルの姿があった。俺がソファから起き上がると、セイルがニヤニヤしながら近づき、耳打ちで話しかけてきた。
「お前、中々良い女を見つけたな!」
「良い女って……まさか!アオ!」
セイルの言葉に一瞬嫌な予感がし、アオに確認してみると、アオは動揺した俺を見て不思議そうな表情を浮かべた。
「セラ、私とセイルは君が気絶している間、ただ話をしていただけだよ」
「お前、勘違いしてねぇか?流石に俺でも番になっている女には手を出さねぇよ」
冷静に考えてみれば、セイルは酷いことをするような奴ではない。俺がアオを思うあまり、つい焦ってしまったのだ。
「すまなかった」
「初めての女だから、取られたくない気持ちは分からなくもないが、ほどほどにしとけよ」
「……善処する」
そう答えると、セイルは「さて、俺も番を探さなきゃな」と言って、アオの家から出て行った。
「セイル、中々面白い人だったなぁ」
「まぁ、あいつは昔から種族に関係なく接することができたからな」
「それに、セラの面白い話も聞けたし!」
アオはニシシと何かを知ったかのような素振りを見せた。
「俺の面白い話?…まさかあいつ!?アオ!あいつから何を聞いたんだ!」
「教えなーい!」
そう言って、悪戯好きな子どものように満面の笑みを浮かべた瞬間、アオは俺に抱き着いてきた。
「つ!?」
アオの思いがけない行動に、俺は一瞬声を飲み込んでしまった。
彼女は優しく俺の腰に手を回し、穏やかに話し始めた。
「私の家を元通りにしてくれてありがとう」
アオのその言葉は、まるで天にも昇るような心地だった。
彼女を抱きしめ返したい気持ちがある一方で、彼女に対する感情が大きすぎて、俺はどうにか保とうとしていた。
「ア、アオ……そろそろ離れてくれないか?」
「あ、ごめん!」
アオはすぐに離れてくれたおかげで、俺の理性はどうにか抑えることができた。
「セラ、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ」
心配そうに見つめる彼女がなんとも可愛らしい……。そもそも、俺がここまで異性に対して感情を顕にしたのは初めてのことだ。こんな気持ちにずっと浸っていたいが、そろそろアオに伝えなければならないことがある。
「アオ、お前に話さなきゃいけないことがある」
「何?」
アオは俺の番になった以上、これからはアトランティスで暮らさなければならない。俺は彼女にそのことを伝えるため、一呼吸おいて真剣に話した。
「アオ、俺たちは番になった。それは一心同体とも言える状態だ。そこで、アトランティスへ一緒に来てもらいたいんだ。来てくれるか?」
「!?」
アオは俺の言葉に驚き、何故か走って二階の自室へ向かった。
そして、再び降りてきた彼女の手にはリュックと本が抱えられていた。
「あーあ…昨日から色々あったけど、まさか本当にアトランティスに行けるなんて!」
「ってことは……アオ……お前」
アオは俺の目の前で本や着替えを素早く詰め込んでいく。
荷物の準備が出来たのか、彼女は手を止めて俺を真っ直ぐ見つめた。
「あぁ、もちろん私もセラと一緒に行くよ!アトランティス」
アオは力強く応えてくれた。
「しかし、俺と一緒に行くことは、一生アトランティスから陸に帰れなくなる可能性もある。それでも…」
「あー!自分から誘っておいてそんなこと言うの?」
アオは溜息をつき、呆れた表情を浮かべる。
「生憎、私はそんな小さなことを気にしていないよ。むしろ、陸より海が好きだから、君は余計な心配をしなくてもいい」
「アオ…」
「それに!新種の生き物に会えると思うだけで……ん~!心が躍るねぇ~!」
研究者の性なのだろうか?アオは自身の身が危うくなっても『ただ調べてみたい』その気持ちだけでアトランティスに行くと言ってるのだから、ある意味末恐ろしい。
普通の人間なら恐らくは一回は断るはずなのに、彼女は即答してきたのだ。
「あっ、セラ!アトランティスへ行く前にさ、叔母さんの家に行ってもいい?」
「急いではいないからな別に構わない。寧ろ親族がいるなら、会ったほうがいい」
「叔母さんに、電話で話してくる!」
アオはそう言ってアオはリビングから出て行った。
しかし、アオの親族に会うのか……この姿のままだとまずいな。
今の姿だとかなり目立つ、魔術で陸の人間の姿になるように耳鰭と尾鰭を隠さないとな。
俺はどんな姿になるか考えたがイメージが沸かず、悩んでいたら机の上にあった一冊の本が目に入った。
その本はやたら絵や文字が派手に書かれており、手に取って読んでみると、文字は読めないが絵のおかげで大体は分かった。