「いやぁ、まさか魚にしか興味なかったあのアオが、男を連れてくるなんて!しかもイケメン!アオ、どこで捕まえたのさ!」
「捕まえたって、ヒフミ叔母さん。彼は私の大学の同期!たまたま、趣味があって……その」
アオはヒフミに俺の正体がバレないように、大学?の同期になった。
ここまで来るまでに、彼女から軽く大学について説明された。
話を聞く限り、おそらくは何かを学ぶ、魔術学校に似たようなものなのだろう。
「とにかく!詳しい話は中で聞くから、上がって」
そう言ってヒフミは嬉しそうな様子で、俺たちを家の中に上げた。
「いくら、アオの家が近いとはいえ、暑かったでしょう?今、飲み物もってくるからそこでゆっくりしていて」
居間に通された俺たちは、ヒフミが戻ってくるまで暫く待つことになった。
ヒフミの家はアオの家とは違い、平屋でどこか文化的な作りをしているせいか、一瞬故郷の家を思い出してしまった。
「この家、なんだか故郷を思い出す」
「セラの家もこんな感じなのかい?」
「まぁ、大体は……俺が覚えている限りでは」
「覚えている限りって、帰ってないのかい?」
アオの質問に俺は少し沈黙し、答えた。
「……まぁ、帰ってはいないな」
言葉通り、俺は故郷に帰っていない。いや、正しくは帰れないのだ。
俺の故郷は一人の男によって壊滅されたのだから。
その男が村を滅ぼす姿は今でも脳裏に焼き付いている。
「……」
「セラ?大丈夫かい?もしかして、聞いてまずかった?」
アオは心配した様子で聞いてきた。
俺はアオに心配かけまいと、平然を装った。
「大丈夫だ」
「そっか…」
互いの間に沈黙が広がる。
本当は今ここで話すべきなのだろうか…アオが俺の番になった以上、あの出来事を彼女に話さなければならないのは確かだ。
だが、彼女は戦いを知らない人間だ、俺の問題に彼女を巻き込みたくはない。
「アオ、実は」
沈黙を切るかのように、アオに喋りかけようとしたその時だった。
「はい!お待たせ!」
ヒフミが居間の襖を開けて入ってきたのだ。
「いやぁ!今日は暑いから、アイス食べながらルートビアも飲んで!」
ヒフミはおぼんにのせた飲み物と食べ物を、ゆっくりと座卓に置いた。
そして、ヒフミは俺とアオが座っている向かい側に座った。
「さて、改めて自己紹介するわね。私は深海フミエ」
「私は、セラ・クロッソと言います。アオさんとはお付き合いしてもらってます」
アオに言われた通りに自己紹介をすると、ヒフミは欣喜した様子を見せたが、アオは何かを見てしまったような魂が抜けた様子をみせた。
「ま、眩しい…これが高身長イケメンスマイルなのか」
「あらまぁ!アオ、あんた本当に変な事してないでしょうね!?こんなイケメンがアオの恋人だなんて!」
フミエは何故か心配した様子でアオに聞く。
「だから!なにもしてない!……ただ、セラの方からその……」
アオは何故か顔を赤くし、必死に言葉を考えるが中々口から言葉がでない様子で、恥ずかしさからか目の前に置かれた飲み物を飲み始めた。
「あらあらまぁまぁ!耳まで赤くしちゃって。ねぇ、セラくん」
「はい」
「この子はまだ幼い所があるけれど、それはこの子の良いところだと思っているの。だから、どうかこの子をよろしくお願いします」
ヒフミはゆっくりと頭を下げた。
「頭を上げてください。もちろん、アオさんの事は俺の命を懸けて幸せにしてみせます」
「よかった…。アオ…てっ…あらら」
アオは茹でられたタコの様に全身真っ赤にし、顔を伏せていた。
「…そんな…真っ直ぐに言わなくても…」
「はぁ……そんな状態じゃ、この先が思いやられるわね…。さてと、今夜は泊るんでしょ?今からご飯作るから。荷物、アオの部屋に置いていきなさい」
「はい」
ヒフミに言われ、俺とアオは荷物を持ち部屋に向かった。
「アオの部屋って…ここはヒフミの家ではないのか?」
「小さい頃叔母さんと一緒に住んでいたの、その時使っていた部屋がまだあるんだ」
アオの話を聞きながら、彼女の後を追って着いていく。
「ここが、私の部屋…元だけど…ほら入って」
「……」
俺は部屋に入ると、ゆっくりと荷物を置いた。
部屋の様子はシンプルで、壁には小さな子どもが描いたであろう、魚の絵がある。
そしてなにより、窓から海の景色がなんと言えない程美しい。
「綺麗だな」
「まぁ、昔はもっと綺麗に見えてたけど…今は都市開発のせいで綺麗に見えなくなった」
少し残念そうに苦笑するアオ。
確かに建物がなければかなり良い景色だったかもしれない。
アオが窓を開けると海風が優しく入り、彼女の髪を揺らした。
「やっぱりここからの風は気持ちいい…」
風に揺れる藍色の髪、海のような綺麗な青色の瞳。
夕日の光に照らされるその姿に惹かれてしまった。
「さて、叔母さんの手伝いでもしようか!セラも一緒に手伝って」
「分かった」
アオと一緒に夕飯の準備の手伝いをする為台所に向かった。
俺とアオがヒフミの夕飯作りを手伝えば、あっという間に夕飯の準備が出来た。
「ほら、座って!2人のおかげで沢山作れたから、いっぱい食べて!」
ヒフミに言われ、席につき夕食を摂ると、徐々に会話が盛り上がる。
「あー!話聞く度、セラ君良い男だわ!アオ、あんたこんな良い男を手放したらだめよ?それに、アナタのお父さんもお母さんも喜んでるはずよ」
「……あははどうだろう」
アオはヒフミの言葉に少しだけ詰まった。
「…………ご、ごめん!私ちょっとトイレ行ってくる」
「…………」
アオは誤魔化すようにして、慌ててトイレに行った。
あの時もそうだったが、アオにとっては自分の両親の話が苦手らしい。
無理もない、事故で行方不明となれば聞かれるのが苦手になる。
「ごめんなさいね。あの子の両親の事、何か言ったかしら?」
「いえ、謝るほどでは……。アオさんのご両親については行方不明だとしか……」
「やはり、詳しくは話さなかったか」
「もし、差し支えがなければ聞いてもいいですか?」
「いいわ、あの子の代わりになっちゃうけど」
ヒフミはゆっくりとアオの両親について話してくれた。
アオの母親の名前は深海ホタル、ヒフミはアオの母親の妹だ。
姉妹一緒に海洋生物の学者をしていたらしく、一緒に船に乗っては研究をしていたみたいだ。
そんなある日研究期間中に嵐に見舞われ、嵐の影響の事故によりホタルだけが海へ投げ出された。
懸命な捜索虚しく、そんな船が日本に戻ってきた日だった。
ホタルが1人の男…リヴァと言う男を連れて生きて帰ってきた。
その男がアオの父親、深海リヴァ。
急な出来事に驚くものの、大事な家族が生きて帰ってきたのだから、リヴァに対してはあんまり気にしていなかったらしい。
二人は凄く仲がよく、ヒフミも幸せを願うくらいの良さだったらしい。
そして、三十年前にアオが産まれた…。
アオ達家族は幸せに暮らしていた…アオが4歳になるまでは。
四歳の誕生日の日、研究で一緒に海へ出たホタルとリヴァは水難事故で行方不明になった。
大規模の捜索をしたが船の痕跡も見つからず、今に至る。
「姉さんや義兄さんは海へ出る者として、船の点検や天気などのチェックは怠らなかった。ましてはあの日は晴れて波も高くは無かった。よっぽどクジラや何かにぶつからない限り事故が起きる事は有り得なかった……」
ヒフミは哀感を帯びた声で話を続けた。
彼女のその様子は悲しみもあるものの、少しだけ悔しさがある様な感じがした。
「私はまだ納得ができないの、あの二人が本当に事故で行方不明になったのか?って……でも、当時小さかったアオの面倒を見ていたら、言えるタイミング無くてね。それに、あの子が誰かを好きになるなんて、昔のあの子を見ていたから…嬉しくて」
「…………」
ヒフミのその言葉には、アオには俺が想像がつかないような過去があるのだろう。
それに、大切な両親を失う悲しみや苦しみは俺も痛い程分かる…。
少しだけ沈黙するも、ヒフミは何か思い出した様子を見せた。
しかし、アオの父親のリヴァに何故か引っかかる。
何故だ?どこかで聞いた名前に似たような…。
「あ、思い出したわ!…昔、義兄さんから『アオが高身長で、俺の瞳に似た男を連れてきたら、その男にコレを渡せ』って言われてた物があるわ!ちょっと取ってくるわね」
ヒフミは何かを取りに行き、俺は暫く待つと小箱と少し大きめな包みを持って戻ってきた。
「これなんだけど……セラ君からアオに渡してくれないかな?」
「…中身確認しても?」
「もちろん、いいわ」
目の前に置かれた小箱と包みをゆっくり開けた。
「!?」
箱に入っていたのは陸にはあってはならない物だった。
それは、古代海獸のカメロケラスの殻で作られた短刀だった。
倒すにも軍を動かすとも言われている海獸を倒し、さらには短刀を作るなんて、俺が1番知っている限り1人しかいない。
名前を聞いた時引っかかっていが…まさか…。
リヴィアタン・クレイ
クジラ族の中で最も最強と言われた男…元七戦士の一人であり…俺の師匠だった。
二十年以上前に師匠の行方が分からなくなり、七戦士から除外された。
その時は除外された理由は聞かされてはいなかったが…まさか…禁忌を犯していたのか…。
オーシャンバトル以外での、陸の人間との番は禁忌とされている。
ましては子まで作っているとなれば、均衡を重んじるポセイドン様が知ったのなら直ぐに手を打つ。
ヒフミの話を聞く状況での水難事故は難しい……だとすれば。
「大丈夫?」
「あ、いえ大丈夫です。これをアオに見せても?」
「いいわよ、それに沖縄に来たばかりで疲れてるでしょ?少し休むといいわ…それにあの子、部屋にいると思うし」
「ありがとうございます」
俺は包みと小箱を抱え、部屋に戻るとヒフミが言った通りアオが居た。
彼女は窓際に座り、海を眺めていた。
先程みた横顔とは違い、切ない表情だ。
「ヒフミ叔母さんから、父さんと母さんの事を聞いたの?」
「まぁな」
「ごめん、黙っていて…隠すつもりはなかった」
「別に謝ることではない、誰しも話したくないことはある。それに俺達は昨夜会ったばかり、気にする必要はない」
俺がアオの隣に座ると、彼女は肩を寄せるように座った。
「寂しいのか?」
「寂しくはないと言えば嘘になる…」
アオは膝を抱え、顔を俯かせた。
家族を失うのは、幼いアオにとっては辛い出来事だったに違いない。
だが、そんな彼女の心を救うのが俺の手の中にある。
「アオ、もしお前の両親に会えると言ったら……?」
「え?お父さんとお母さんに?」
俺はアオに先程の包みと小箱を渡す。
彼女はそれを受けとると、ゆっくりと包みと小箱を開けた。
包の中には、黒色に青色の模様がはいっている
「綺麗…」
「それは護服だ…」
俺は元の姿に戻り、護服の説明をした。
「コイツは着用者の身体を護るのと能力を引き出しやすくする道具だ」
しかし、普通の護服ならそんなに魔力を感じないのだが……あの師匠が作ったせいか、やけに魔力を感じる。
あの人の事だ、恐らくは娘を守る為に作ったのだろう。
それに深淵で戦った時、師匠に言われた言葉。
あの時は理解出来なかったが…『お前と番になる女を守れ』って言葉今が理解出来た。
「えっ?てか、父さんが何故これを?」
「それは…お前の父さんは……鰭人だからだ」
「!?」
俺の言葉にアオは驚愕した。
「お父さんが鰭人……じゃ、私は鰭人のハーフ??」
「そうなる」
「え?え?…意味がわからん…え?」
混乱してもおかしくはない、俺もヒフミからコレを渡されるまで気付かなかった。
「お前が混乱してもおかしくはない。俺もコレを渡されるまで気付かなかった」
「でも、それがお父さんが作ったて…なんで分かるの?」
俺は先程の短刀を手に取り、アオに見やすいように短刀を月光に照らした
「この短刀には護服と同じような、高度な護り魔法が組み込まれてる。それを成せる人物は俺の師匠しかいないんだ」
短刀を鞘にしまいアオに渡す。
「え?師匠?」
「あぁ…。お前の父親リヴァは俺の師匠、リヴィアタン。お前の父親は生きている」
「何その…仕組まれたような展開…」
俺も思った、恐らく師匠はこうなることをしっていた。
だがそれにしては仕組まれすぎている……一体何を考えているんだ?
師匠の考えが分からないが、今はとりあえずアオが師匠の娘って事が分かった。
「でもどうやってお父さんを…」
「師匠に会える方法が一つある。オーシャンバトルに参加するんだ。アオ」
「オーシャンバトル…」
オーシャンバトル、師匠に会うにはこれしかない。
あの師匠なら必ず参加する筈だ。
俺はアオにオーシャンバトルについて説明するのだった。