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第9話 最初は誰も

「……愛ねぇ。これはまた難しい問題だな」


俺の話を聞いたセイルはフォークでソーセージを刺し、ゆっくりと口に運んだ。


「同調率には愛が必要なのは理解したけど、愛を高めるにはどうすればいいの?そんなに簡単に上げられるとは思えないけど」

「……」


アオの言う通り、強力な力の覚醒に必要な分、そんなに簡単には上がらないはずだ。


「まぁ、考えても仕方ない。それにお前たち二人……セラはともかく、アオ。お前、身体を鍛えておかないと」

「へ……?」


セイルの言う通りだ。クレイからもらったこの本によれば、人間は魔力と生命力の二つを持っているらしい。人間は番にならない限り魔力は解放されないらしいが、アオと俺は番になった以上、魔力の使い方も教えなければならない。


「朝食を食べ終わったら、訓練所で修行しよう。俺も鍛えておかないといけないからな」

「えー……」


アオは少し面倒くさそうな様子を見せた。

まぁ、当然の反応だろう……彼女は番になるまでは普通の人間だったからな。

そんな彼女に急に修行をすると無理強いするのは好ましくない。

しかし、訓練は彼女の身を守るためにも不可欠なものだ。


俺は少し考え、アオに提案した。


「修行が終わった後にお前の研究を手伝おう」

「!?」


アオは一瞬驚いた表情を浮かべた。さらに一押し、俺は彼女にもう一つ提案した。


「それなら、お前が調べたいと思う魚を捕ってきてもいい」

「……やる!修行をやる!早く、修行場に行こう!」


アオは目を輝かせて元気な返事をし、椅子から立ち上がり、先に行ってしまった。


「ほへー。セラ、お前はいつから人をやる気にさせるようなことを言えるようになったんだ?」

「……ある意味、師匠のおかげだ」


昔、俺がまだ師匠の弟子になりたての頃。

師匠の修行に身体が悲鳴を上げているにも関わらず、師匠に首根っこを掴まれて修行場に連れて行かれた。

あの時のことを思い出すと、師匠に半殺しされたことが脳裏に浮かび、恐怖から身震いしてしまった。


そんな俺の様子を見たセイルが憐れむような表情をした。


「あーーー、あの人なら……まぁ、そうだな」

「それに、アオは俺たちとは異なり普通の人間だ。気合を入れすぎると、逆に危険を招くかもしれない」


アオは人間だ。人間に適した修行を考えなければならない。それも踏まえて、俺自身も学ぶ必要があるな。


「確かにそうだな。あ、ポセイドン様からの伝言なんだが……『番を持った者は、住む場所が決まり次第、宿舎から出ろ』ってさ」

「……は?」


ポセイドン様の突然の申し出に一瞬驚いてしまった。


「あの爺さんのことだから、神殿の秩序とかそういったことを考えて言ったんだろう」


それもあるが、ポセイドン様のことだ、他にも考慮していることがありそうだな。


「まぁ、番になった男は家を建てなければならないからな。頑張れよ」


この世界では、番になった男は番と共に住むために家を構えなければならない。家を建てることは、親族や周囲に番を大切にしているという証明だ。


「……はぁ、とりあえず、修行をしながら考えることにしよう」


俺はアオと共に修行するため、修行場へ向かった。

その途中で自室に戻り、一つの玉を数個持って向かった。


神殿の修行場は7人の戦士が修行をするために設けられた場所だ。

周囲には五枚以上の結界が張られており、魔力が暴走しても抑え込むことができる。

そのため、アオに何が起きても、この結界の中なら対処可能だ。


「ここで、今から修行をする。アオ、お前は俺と番になって、初めて魔力が覚醒した」

「え?私が魔力を?」

「あぁ。それに師匠の魔力を持っている以上、今はまだ覚醒したばかりで弱いが、何かのきっかけで暴走してしまう可能性がでてくる」


俺は先ほどの玉を腰のポーチから取り出し、アオに渡した。

彼女はそれを受け取ると、ライトにかざしてじっくりとみた。


「綺麗…」

「それは魔石の一種、海洋石かいようせき

「海洋石」


海洋石。

魔石の中で、魔力に敏感に反応する石で、魔道具の接続部品として利用されている。そのため、最初の魔力のコントロールには最適な魔石だ。


「最初の修行は魔力のコントロールだ」

「魔力のコントロール?」

「一度俺がやってみるから、見ていてくれ」


もう一つの海洋石を取り出し、アオの目の前で海洋石に魔力を注ぎ込んだ。


「こうやって、安定した魔力をムラなく注ぎ込めば……」


魔力を注ぎ込まれた海洋石は徐々に青く光り始め、やがてパリンと割れてしまった。


「すごい……」


「最初のうちは、魔力を両手に集中させるイメージでやってみろ」


「う、うん」


アオはゆっくりと魔力を注ぎ込んだが、海洋石はピクリとも反応しない。


「ぬぐぐぐぅ…あー、だめだ!」

「最初はそうだろうな」

「私、できるかな……不安になってきた」

「心配する必要はない。この世界ではこの修行は、3歳から遊び感覚で行うようなものだ。最初は誰もできなかった。もちろん俺もな」


俺の言葉を聞いたアオは手元の海洋石をじっと見つめた。


「確かにそうだね……頑張ってみる!」


アオは生き生きとした表情で修行を始めた。俺は彼女の練習を見ながら、家のことを考えた。


アオと住む家。

アオはこの世界で生活することに抵抗や不安を示してはいなかったが、俺の中では彼女をここに留めておいて良いのだろうかと考えてしまう。

それに、彼女を番にしてしまった以上、彼女は俺の過去に巻き込まれる。

しかし、まだ彼女には話せていないことがもどかしい。


「はぁ……」


溜息をつきながらも、彼女の修行する姿をふと見れば、昔の自分と重なってしまった。

俺は不器用で、師匠の基礎の修行でさえも一年半はかかった。

それなのに、師匠は俺を見捨てることもなく執念深く、修行に付き合ってくれた。


「師匠俺は戦士になれるのでしょうか?」

「……」


師匠は少し黙り込み、そして答えた。


「無理だな」

「っつ!?」


あの時、師匠の口から出た言葉が当時の俺にとっては衝撃的で、言葉が出なかった。

しかし、師匠は続けて話始めた。


「俺も最初は、お前みたいに一年以上は掛かった。修行なんて最初のうちはそう簡単にはいかない、俺はお前が諦めないかぎり修行に付きあってやる」

「師匠……」

「お前が諦めて逃げ出したくなっても、お前は俺の力を引き継げる素質があるから、俺が逃がさないがな」


師匠は不器用な人で厳しい人だったが、俺の事をちゃんと見てくれた人だった。


どんな経緯で師匠がアオの母親と番になったのかは知らないが、あの師匠が姿を消す程だ。

なにか大きな事に巻き込まれている可能性がある。

そのためにも師匠の情報が欲しい所だが……。


「師匠のことだ、そう簡単に情報が流れることは無さそうだな」


戦士として完璧だった師匠。

そんな師匠の情報を得る方法は一応あるにはあるのだが……正直、奴の所には行きたくはない。


師匠と同期で元七戦士の智慧ちえのリィゲリア。

奴の情報網は凄まじく、奴に掛かれば行方不明者など一日で探し出す程だ。

情報に関しては腕がある奴なのだが……一つだけ問題がある。

それさえなければ全然大丈夫なのだが……。


「アオの為だ、ここは頑張って奴の所に行ってみるか。アオ」

「なに?」

「休憩をしよう。せっかくだ、街で美味しいのを食べよう」

「やった!行く!」


アオは満面な笑みで答え、颯爽と俺の元へ駆け寄ってきた。


「それにだ。昼食をとり次第、お前と行きたい場所がある」

「行きたい場所?」

「あぁ、そこに行けばもしかしたら、師匠の事について何か分かるかもしれないからな」

「なら行くしかないね!じゃ、ほら行こ!」


アオは俺の手を引き、二人して修行場を出て街へと向かった。

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