一九九一年、神奈川県横須賀ジャムステック本部――。
「姉さん!姉さん!そろそろ出航なのに、どこに行ったのかな?」
ヒフミは姉のホタルを探し回っていた。
そして、探査機が格納されている格納庫に辿り着いた。
「あっ!いた!姉さん!」
「……ん?ヒフミ、どうしたの?そんなに焦って」
「どうしたの?じゃないよ!早くしないと、あと15分で出航だよ!……それに、何をしてたの?」
「いや、この子を見ていたのさ」
ホタルは『しんかい2000』と書かれた潜水調査船に触れた。
「しんかいがどうしたの?」
「今日、この日が来たんだなって。私がこの子をテレビで見て、いつか研究者になって、しんかいに乗ってみたいと願ってきた」
「でも、今日乗るのは2000じゃないよ」
「そうだね。日本の技術者たちがこの子のデータを元に造った新しい潜水調査船『しんかい6500』」
ホタルは優しくしんかいを撫でた。
「まぁ、姉さんの夢が叶うのは分かったから、早く船着場に行こう!」
「あぁー!」
ヒフミはホタルの手を無理やり引いて船着場へと向かった。
一方、アトランティスでは――。
「波が早いな」
ポセイドン様の命により、俺は深淵へ向かっていた。そんな道中、妙な物を見つけた。
「なんだあれ?」
それは不思議な形をしており、海馬よりも遅く進んでいた。
それに静かに近づくと、変な文字が書かれていた。
「読めないな…」
下の方を見ると、小さな窓があり、中には鰭人に似た何かがいた……鰭人に似たそれは恐らく人間だ。
話では聞いていたが、俺はこの時が初めて人間を見た。
少し興味が湧き、しばらく人間を観察することにした。
どうやら、数人の人間が何やら話をしており、その内の1人の女が、やたら楽しそうに話していた。
何を話しているのか分からないのに、その様子が気になった。
女は綺麗な黒髪と特徴的な青い瞳を持ち、話している途中で俺に気づいて、指を指してきた。
「まずい!」
女は他の人間に俺の存在を知らせようとしたので、咄嗟に隠れてしまった。
「……」
何故、俺は隠れている?今までそんな行動をとったことがないのに。
それに、この胸の高鳴りはなんだ?あの女と目が合った瞬間、俺の中の何かが弾けた。
「あれ?さっき、人間みたいな顔が見えた気がするんだけど」
「さては深海、昨日はしゃぎすぎて寝ていないな?」
探査船を操縦する男がホタルをからかうが、ホタルは真剣に反論した。
「ちゃんと寝たよ!あれは間違いなく人間の顔だった」
「考えてみてくれよ、ここは水深5500メートルだ。生物がいるかも分からない世界で、人間のような生物なんて……」
もう一人の男が言いかけたその時、突然ゴォォン!と大きな音が響いてきた。
「今の音、何?クジラの鳴き声?」
「クジラにしては大きすぎる」
謎の鳴き声に船内は少し不安が広がった。一方、船外でその鳴き声を聞いたリヴィアタンは冷静さを取り戻し、辺りを見渡した。
「この音……まずいな」
この時何を思ったのか、俺は人間にここから逃げろと、伝えようとしたその瞬間。
『ゴォォォォォン』
大きな音と共に姿を現したのは、魔力によって進化したカメロケラスだった。カメロケラスは乗り物を獲物だと勘違いし、襲い掛かってきた。俺はギリギリのところでその攻撃を受け止めた。
「……生憎、こいつは俺のモノだ」
『ゴォォォン』
カメロケラスは俺に獲物を捕られたくないのか、触手を使って攻撃を仕掛けてきた。
「ふん!」
俺を捕えようとする触手を素早くかわしたその瞬間、カメロケラスの触手があの乗り物を捕まえた。
乗り物は触手から逃れようとするが、触手は逃がさまいと徐々に力を入れていく。
「まずい!」
俺は他の触手の攻撃をかわし、素早く乗り物を捕まえていた触手を手刀で斬り落とした。痛みで怒りを顕にしているカメロケラスの隙をついて、乗り物に防御術を展開し、下から支えるように押してその場を離れた。
そして、海面に顔を出すと乗り物と同じマークがついている乗り物が見えた。
俺はその乗り物の近くに彼女が乗っていた乗り物を持って行き、他の人間のバレないように姿を消した。