水深6500メートル、生物が存在するかどうかも分からない世界。
そんな場所で、私は確かにヒトのようなものを見た。
暗くて形ははっきりしなかったが、耳に鰭があったのは間違いない。
それに、機体が謎の大きな触手に捕らわれたとき、あのヒトが助けてくれた。
もしあのヒトがいなければ、私は深海で命を落としていた。
この出来事は、その場にいたメンバーには知られることもなく、私の妄想だと揶揄された。
「ねぇ、ヒフミ」
「何?」
「水深6500メートルに、ヒトのような生物が本当にいるのかな?」
「分からない。それを解明するのが私たち学者の仕事でしょ?それに姉さん、最近そのことばかり言って、理事長に怒られたんじゃない?」
ヒフミの言う通り、私たち学者はその謎を解明するために調査を進めたが、理事長にはもっと現実的なテーマを扱うように怒られてしまった。私の性分で、一度気になり始めると調べずにはいられない。ここ数日間調べていたが、おとぎ話や神話など、曖昧な情報ばかりが出てくる。
「もう一度、あのヒトに会えたら何か分かるのかな」
私は一息つく為、研究室をでた。
一方、リヴィアタンは――。
一人で食堂に座り、酒を飲みながら人を待っていた。
「本当にどうしたのよ~!冷酷戦士って言われているあんたが、私に相談なんて、何があったの?」
しばらくして、独特な口調で現れたのはリィゲリアだった。
実は、あの時から胸に変な感じがし気になって仕方なかったので、同期のコイツに相談したくて呼んだのだ。
「実は……」
俺はリィゲリアに、先日のことを詳しく話した。
「それは一目惚れね」
「一目惚れ?俺が?」
「話を聞く限り、それ以外考えられないわ。いやぁ、あんたがやっと女に興味を持つなんて、私は嬉しいわ」
リィゲリアは楽しそうに笑った。
「俺は別に女に興味がなかったわけじゃない。ただ、合わなかっただけだ」
「まぁ、あんたのような堅物を好きになる女なんて、よっぽどの変わり者しかいないわね」
確かに、俺を好きになる女はよっぽどの変わり者じゃないと無理だと思っていたのに……。
「私はもっと君のことが知りたい!」
「……え?」
まさかの展開だった。
俺は彼女が気になって、彼女が乗っていた乗り物を探していたが、まさか彼女の方からやって来てくれるとは思わなかった。
彼女の名前は深海ホタル、日本という国の出身らしい。
ホタルはあの時のお礼をしたくて、わざわざ船を買ってここまで来たのだ。そして、俺が海面に頭を出しているのを見つけて近寄ってきたというわけだ。
俺は彼女のことを変わり者を通り越しておかしな奴だと内心思ってしまった。それもそうだろう?会って間もない俺に、言葉が通じるからと一方的に喋り続けて、今度は俺を知りたいと言ってくるなんて。
「あはは…ごめんね。私が一方的に喋っちゃったから、今度は君のことを知りたいなんて言っちゃって」
ちょっと申し訳なさそうにする彼女の姿は、なぜか苛立たなかった。それに、俺に向かって『私はもっと君のことが知りたい!』と言われたのは初めてのことだ。しかも、気になっていた女に言われて、嫌な気分にはならなかった。
「そんなに俺のことが知りたいのなら、三日後に……」
「あっ、ちょっと待って!」
ホタルは紙を取り出し、何かを書いて俺に渡してきた。
「今度はここに来て!そこに書かれている場所は、私の秘密の場所で、誰にも見られないから、ゆっくり話せるよ」
彼女にそう言われ、俺はその紙を受け取った。
「分かった、三日後の満月の夜に会おう」
「うん!待ってるから!」
彼女の嬉しそうな顔をみて思わず口元が緩みそうになる瞬間、仲間からの『エコロケーション』が入った為、すぐにその場から去った。