「おい、起きろ」
聞き覚えのある声に起こされ、私はゆっくりと瞼を開ける。そこには、冷めた目で私を見下ろすリュドヴィックさんの姿があった。
「あ……あれ? ここは?」
未だ寝ぼけている私の胸板を、リュドヴィックさんが右手で軽く叩く。いや、ちょっと強い。というか、割と痛かった。
「ゔっ……!?」
幸か不幸かその痛みで、私はようやく状況を思い出した。
ああ、そうか。私、『男』に……『イグナート』になったんだ。夢じゃないんだ。
ゆっくりと身体を起こすと、姿勢が悪かったのかそれとも筋肉痛? 両方だろうか? 全身に鈍痛が走る。
「いぃぃ……!」
思わず変な声が出た私を、リュドヴィックさんが生暖かい目で見ていた。私はその視線を浴びながら、なんとか声を絞り出した。
「おはようございます……?」
「まだ昼だが? まぁいい。とりあえずイグナート、お前、湯浴み場に行って身体を浄めて、これに着替えてこい」
リュドヴィックさんが私に服? にしては重そうな物を渡してきた。受け取って、その重さに驚く。
「おっも!?」
そんな私を呆れた顔で見ると、リュドヴィックさんが再び呆れた顔をしながら湯浴み場の場所を教えてくれた。
「先が思いやられるが、とにかく行ってこい。湯浴み場は休憩室を出て左に真っ直ぐだ」
「ハイ……」
私の緊張しきった声を聞いても、リュドヴィックさんは気にしていないようだった。私は未だ重い身体を引きづり、湯浴み場へ向かって行った。重量のある服を抱えて。
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湯浴み場に着くと、すぐに私は慎重に出てくる人を見極めることにした。というのも、今の私は『男』であり、誤って女湯に入ろうものならとんでもない! 下手したら変態のレッテルを貼られかねないし。
っていうか、これ……つまり、トイレとかも男用なんだよね……?
急な不安を誤魔化すように、私は男の人達が出てきた方の湯浴み場に入って行く。
「はぁ……」
中に入ってすぐに、私は胸を撫で下ろした。中には誰もいない。よかった。だって、さすがにまだ慣れていないこの身体の状態で、男の人の裸を見るのって、結構ハードル高いでしょ?
とりあえず、着替えを入れるであろう籠に持って来た服を入れ、おもむろに今着ている服を脱ぎ出す。
思ったより簡単に脱げたことと、籠の中に綺麗なタオルが入っていたことに感謝しつつ、身体に巻こうとして……躊躇ってしまう。
男の人は、腰に巻くだけ……だよね? え、でも……どうしよう、恥ずかしい!
猛烈な羞恥心が私を襲う。だって、今までは胸を隠す必要があったのに、それが急に必要なくなるわけで……。どうしよう、でも、早くしないとリュドヴィックさんを待たせてしまう!
勇気を出して、私は腰にだけタオルを巻くと、石造りの入口を通って湯浴み場に入って行った。
これまた幸いにも、湯浴み場はさっき出てきた男の人達が最後だったらしく、今は中に誰もいなかった。
「それにしても……広いなぁ……」
湯浴み場は、円形状の石造りの大浴場みたいになっていて、中央に薬湯ってリュドヴィックさんが言ってたけど、なんか緑色のお湯が張られている。その中に、ゆっくりと私は浸かった。
「はぁ〜極楽~!」
ちょうどいい温度と薬湯の効能が合わさって、私の疲労が取れていく感覚がする。それをじんわりと体感しながら、改めて自分の身体を見た。
……やっぱり『男』だ。本当に、『男』になっちゃったんだ。
細身だけど引き締まった身体に、『女』だった頃とは違う胸部。そして……まだ見慣れない下半身。
……自分の身体なんだけど、不思議な感じ……。
私は深く息を吐くと、お湯の中に身体を沈めて行った。これからの事を考えながら。