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第2話 戦国最初の天下人なんじゃってば!!

「……幻覚作用及び突然の発狂行動、ドラッグ乱用の可能性がありますね。ひとまずは検査もありますので、近くの交番まで任意同行願えますか?」


 長慶転移後からまだ数分しか経っていないこの状況。

とりあえず車道からは気絶していた間に警察に道路脇の歩道に移動させられていた。

視線が恐ろしく痛いが、長慶はそれを自覚出来ていないどころが状況が読み込めないでいた。

まずそもそも任意同行とは何ぞや? から始まっている。


「其方のいっている意味がいまいちわからぬ。"にんいどうこう"とはなんじゃ? "どらっくらんよう"とはなんなのじゃ? 私の時代にはそのような言葉は……」


「そうか! ここは南蛮じゃから日本には無い言葉があるんじゃな?」


 警察の発言を待つまでもなく質問責めをする長慶。

未だここは日本だということすら認識できず、言語がほとんど同じなだけの異国だと思い込んでいる。

一体いつ気づくのやら……。


「……任意同行というのは、貴方とお話がしたいので私についてきてくださいという意味です。拒否をすることも出来ます。ドラッグ乱用については、あとで交番でお聞きしますのでとりあえずついて来てください」


「ふむ……。其方について行けばいいのじゃな? 私も色々と聞かねばならぬことが多い故、其方について行くとしよう」


 元々はといえば、三好家を統治していた戦国大名であり、長慶全盛期当時の頃はまだもの珍しかった種子島由来の火縄銃を、大阪の堺にいる商人を通して家臣に配備するほど情報を仕入れることに注力していた。

とはいえ、今回のことは当時とは勝手がかなり違う……。

長慶、頑張って!


「わかりました。ではついて来てください」


 やっとか、とつい出たため息を漏らしながらちょうど車道を挟んだ先に見える交番に連行された。

警察としては、とりあえず事情聴取をしない事にはすぐに捕まえることは出来ず、まして服装から発言から少なくともまともな人物ではないことを判断していているために、どうしても薬物乱用の疑いを持たざるをえなかったのだ。

……それでも死装束で折烏帽子というのもかなり癖がある服装ではあるが。


「ここがその"こうばん"とやらか? なんだかあかいのがついておるのぉ」


「って待ちたまえ! 私の質問を無視するとは何事か! 無礼であるぞ!」


 交番そのものと言うより交番でたまに見かける警告灯のようなものに興味を惹かれた長慶は、これについて質問をしようとするも無視を決め込まれ、結局なすがままにパイプ椅子に座らされた。


「なんじゃこれは。床机しょうぎに似ておるが、上にも板が伸びておるのか。変わった逸品じゃ」


 床机しょうぎとは、中国から伝わった物を元にした簡易な折り畳み椅子である。

甲冑の姿では正座をすることは困難だった為に直立でいる方が比較的楽ではあった。

しかし結局、甲冑が重くて腰を痛めたものが続出した為、甲冑姿で座るために使われたというマヌケなエピソードがある。


ーーだが、今長慶が座るのはただの少しさびたパイプ椅子だ。


「あー……。興味深々なのは結構……」


「それで、貴方はなんであんなところに正座でいたんですか? しかも変わった服装で」


 警察側からすれば、歴史オタクを拗らせたやばい人である。

そのくせ意味不明な言動を取るので尚更不信感が募る。

まさか本物の三好長慶であるなんて知るはずもなく……。


「その話は私が知りたいところじゃ! 何故私はこのような異国にいるんじゃ! 私は久秀に伝言を残し黄泉への道に向かっておったはずなんじゃ! 」


「……はい?」


 警察は長慶の話を聞いて思考が停止した。

警察にいる以上は最低限の一般教養位は心得ているはずなのだが……、それでも長慶の言ってる意味がまるで理解できないのだ。

久秀って信長の家臣だった人では?という疑問と何故黄泉なのかという疑問が混ざりあっていた。


「わからぬか! 私は! 三好家存続の為に! 久秀に! 委ねた後に死んで今頃黄泉にいるはずなんじゃよ!」


「あーはいはいわかりました。とりあえずその黄泉とか三好家とかは一旦置いといてですね、状況の整理をさせて頂きたいのですが……」


 この話は1時間ほど延々と続いていた。

物分りが悪いのではなく、あまりに意味不明すぎて互いに理解が追いつかないのだろう。

見知らぬ世界に来た長慶と、ただただやばいオタクと認識してならない警察とで差異が大きすぎたのが主な原因だ。


「まぁ事情は概ねわかりました。貴方の中では貴方自身が天下人なのかもしれませんが、私が知る中では織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の順番で天下人になっています。結論付けるとするならば……」


"記憶喪失"でしょう……、そう断言付けるしかこの話を終わらせることが出来ないと判断した思考放棄の結果である。

だが、とりあえずは受け答えはまともにできるし一応話もできるしで薬物乱用の可能性は薄まった。

あとは検査機器が来るのを待つのみである。


「こちら細川。間もなくそちらの交番にて現着どうぞ」


「こちら齋藤です。了解しました、どうぞ」


 左肩付近に身につけている無線から通信が入る。

どうやらもうそろそろ検査機器をのせたパトカーが来るらしい。

そのための受け答えをしていたようだ。


「ほっ細川じゃと?! それに、美濃のまむしじゃと?! 何たること……。なぜ、三好家よりもあやつらが……」


「というか今のはなんじゃ!? 変なところから声がしておったぞ!」


 もう何から何までツッコミ出したらキリがない。

けれど、それほど無知というのは恐ろしく映るものである。

でも、今はその無知よりも自らが従属していた細川家の家名や美濃で活躍した斎藤道三が当主の斉藤家の家名が出てきていたりと、当時を生きた長慶らしい反応を見せる現代らしからぬ無知のほうが恐ろしく映るらしい。

なお細川家については、自ら独立した上で争っていた程の仲の悪さ。

もはや無線機なんて二の次である……。


「落ち着いてください! 分からないことも後でわかるようにきっとなりますから、ね?」


 警察も、長慶をフォローするので精一杯だった。

内心は呆れているが、警察なので仕事はきちんとする。

もう間もなくすれば機材が届くからそれまで耐えろ、と自分に言い聞かせながら……。


「どうしてなんじゃ! どうして細川家の方が名を残しておるのだ! 納得いかぬ!」


ーー私は、天下人になったはずじゃぞ!!二条御所にしっかり足を踏み入れたはずじゃ!!これも晴元や冬康のはかりごとか!


 長慶の咆哮かなしみは、無情にも天には届かなかった……。

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