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第3話 戦国最初の天下人、詰む

時は現代2025年……。

突如として大阪に出現した三好長慶。

……あれからもう既に1時間30分は経過し、時刻は15時00分を迎えていた。

良い子はもうおやつの時間だと言うのに、このお世話がせ天下人は、次なる苦難を迎えようとしていた。


「それにしても其方、先は齋藤と名乗っておったな? あの美濃の蝮と噂される齋藤道三の一門か?」


 齋藤道三……言わずと知れた有名武将の1人であり、主君に対して下克上を繰り返し、親の腹を喰い破り生まれるとされる蝮と重ねられるほどの男だったとされている。

あの後の天下人になる信長に帰蝶きちょうという自らの娘を送った父親でもある。

送り出すときに言ったとされるセリフは……


ーー信長が本当にうつけだったなら、その手で殺せ。


 結果は、帰蝶は濃姫と呼ばれ信長と結ばれ子も残したという話から察するにそういうことである。


「違いますよ。私の祖先は武家でも何でもなかったみたいですし。まあでも、戦国時代当時斉藤家自体はありましたから、記憶喪失の貴方の状態なら混同するのも致し方無しですね」


「なに?違うじゃと? まぁよい。それで、"きおくそうしつ"というものはなんじゃ? 城攻めの調略かの?」


 当時の城攻めには調略という搦手からめてが存在した。

例えば放火・内応工作などが代表的である。

なお、当時に記憶喪失などという言葉もなければ調略という形で存在もしない。


「いえいえ違いますよ。今のあなたのように、一般教養や家族情報などなど、全ての記憶に関するものがさっぱり分からなくなる状態のことを指します」


「今のあなたは、戦国時代を生きてきた武将のように振舞っていいますから、あなたに伝わるように言い換えるのならば"犬神の呪いにより物事を思い出せなくされている"とするのが自然かと。当時らしく説明するの苦手なので伝わらなかったらすいませんね……」


 記憶喪失と表現したのも、建前だけでもそう言っておかないと処理が面倒だから。

本当のところは部分喪失という一部分の記憶が無い状態というのが正しいのだろうと、齋藤と無線機越しで名乗っていた警察は表現し直す。

なお医学的には"解離性健忘"と言われたりする。


「何? 犬神じゃと?! あのもの等がまだ残っておるというのか?」


「ーーとすると、ここは南蛮でも日本でもない、と?」


「いえ、ここは日本にほんですよ。日本ひのもとと読まなくなっただけですよ」


「なっ?! 私の知っている天下とちがうではないか! ……これがかのものの呪いとやらか! 犬神使いめ!」


 犬神使い、表現を変えるとネクロマンサーのような呪術師が戦国当時、四国などにいたとされている。

長慶はその犬神使いを見つけて殺せと命令した人物のひとりだから尚のことである。


「細川、現着しました。それで……聴衆対象の方が、貴方ですね?」


 記憶喪失についての説明を受けている間にも10分ほどは経過していたらしい。

騒ぎが出てから駆けつけるまでかなり時間が空いたのは何故なのかと問いただしたくなるが、長慶はそんなことには触れないだろう。

だって、知らないんだから。


「そうだ。如何にも私が三好長慶じゃ」


「ってそうじゃなくてじゃの! 細川家の生き残りが、なぜこのような場所におるんじゃ! 」


「そして、如何様にして私より名を轟かせておるんじゃ! えぇい! こんなことなら江口の戦にて晴元の首を落としておけば良かったわい」


 細川晴元自体はあくまで追放で、以降も反三好勢力を率いて挙兵したりもしていたが、ある戦いで敗れた際に、和睦わぼくの条件として幽閉されそのまま死亡したと伝わる。

江口の戦いのあと、最初から追放ではなく大人しく処断しておけば、苗字としてすら残ることはなかっただろうと長慶は考えた。

自らが政権として考えていた理世安民がここまで糸を引くとは当時も思ってなかったのだろう。


「えっええっと、貴方は一体何を仰ってるので? 」


「あぁ、ちょっとこの人は訳ありでね……?」


「私を無視するでない!」


「ふぅむ……なるほど、貴方は仮にも戦国大名を名乗っているのに情報共有をさせないというのですね? それは1国の主としていかがなものでしょうか? と具申しておきますね」


「ぐぬぬっ」


 戦国時代から本当に転移してきた長慶にとっては、こう齋藤に言われてしまっては何も言い返せない。

実際、状況説明なども相まって共有は必須であり警察ではよく行われる。

だが……先の細川に対しての行動は、パイプ椅子から勢いよく立った後で机に膝をぶつけてすぐ立ちはだかり、持ち合わせていないはずの刀を抜こうとしてないことに気づいて困惑している絵面である。

実にマヌケだ。

武士として己の敵討ちを果たそうとする動作……としてみるなら正解なのだが、文字通りあまりにも時代が悪すぎた。


「なるほどそういう状況なのですね……はぁ、しかしですか……」


「まさか、そっちでも似たような事例があるとは……」


「まあいいでしょう。ともかく本題の検査を」


「えっと、長慶さん……でしたっけ? 身分証明書の提示と共に薬物検査を行いますね」


 そういいながら細川は薬物検査のための試験管のような半透明の入れ物とカップを持ってきた。


「身分の証明とな? 良いだろう」


「なら、紙と筆と文鎮とすずりと墨を持ってまいれ。さすれば身分の証明になろう」


「あのー……。それは身分の証明にはなりませんよ? こういうものが必要ですから」


 なんて言うと細川は、自らの運転免許証を例として提示した。

他にも保険証などもあるが……。


「なっ?! そのようなもの私は知らぬぞ! なれば私は持っておらん、おらぬぞ!」


「持っていない……? まぁ運転免許証は持ってない人がいるのはまだいいですが……他には保険証は?」


「そんな名前の物はしらぬ! じゃから先に言ったものを用意すれば良いと言ったじゃろうが!」


 長慶がやろうとしていることはいわゆる花押である。

花押とは、今で言うサインのようなもので、紙の上に文字を崩したようなデザインを墨汁を浸した筆を使って書くというやり方である。

現代ではこのようなやり方では当然通用はしないどころか配備すら最近はろくにされていない。


「……困りましたねぇ。そういうことなら不法入国かあるいは不正滞在ということであなたを逮捕しなくては行けません」


「もっとも、そうでなくてもあなたの身分がハッキリするまでは留置所にいて頂きますがね」


「念の為にあなたに分かりやすく私から伝えると"町奉行所を通して牢に送る"と解釈してね」


「なっ?! わっ、私は大名じゃぞ! ぐぬぬっ、日本で気付かぬ合間に花押が使えなくなるとは……。いいじゃろう、其方らの政策に従うとするかの」


ーーこれも1種の謀反であり下克上、かの……。


 最後に長慶は独り言を言い残し、警察2人にパトカーに乗せられ、警察署に連行された。

身元がハッキリするまでのしばらくの間、どっちに転んだとしていきなり詰んでしまった長慶、果たして自体はここからどう動くのであろうか。

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