目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第5話 長慶は見えた、蜘蛛の糸が

 留置所送りから早1週間。

夢を見たあたりからもう自分はここから出られないのだろうか?と少しずつ思い始めた。

早く京に行かねば義輝に先を越されてしまうというのに! なんて思ってても何も解決はしない。

だが、1週間もここにいて色々得たものはあった。

書き記せるものがないので脳内記憶に頼るしかないが、少なくともここは警察署とやらにある留置所という場所らしいということまでは理解していた。


「"けいさつ"というのは、私の知る日本でいう町奉行のことであり、この"りゅうちじょ"という場所は奉行の判断が下されるまでの間入れられる場所らしいが……私にも刑罰が下されるということじゃろうか?」


 町奉行は今で言う警察の事で、今の警備システムのように様々な役職に分けられていた。

その例のひとつが京都見廻組みまわりぐみ捕物とりものであり、あの坂本龍馬を暗殺したグループのひとつではないか?とする説も出回っている。

なお長慶本人は、特別な政策は出してはいないが、犬神使いへの取り締まりをより一層強くしていたとされている。


「それともうひとつ、どうもこの日本の政治は荒んでおるようじゃ。内政管理がまるでなっておらぬ。民から税を徴収するばかりでは一揆が起きてもおかしくないわい」


ーーえー次のニュースです。財務省前にて、「令和の百姓一揆」と書かれた旗を手に抗議デモを行っている様子が撮影されました。


「?! もう起きとるじゃと?! またなんやらわからぬ用語がふえてしもぅたが、ともかくこの"てれび"とやらはいいらしいの。伝馬を使わなくとも情報が伝わるなんてのぉ……」


 長慶のいる留置所にはテレビとベッド、壁で遮られたトイレとシャワーと用意されている。

最初にここに入れられた時全部の使い方を一通り教わっており、1週間で比較的マシ程度には使えるようになった。

使えるようになってすぐテレビを付けていきなりデモの話が出てくるもんだから溜まったもんじゃない。

なによりも民のことを思い政権を動かしてきた長慶にとって、通商が上手くいっていないことにも納得がいっていない。

なにせ、三好家は戦で人を殺める事を主とした訳ではなく、商いを主としていたからである。

意外にも戦国当時には、戦より商いを重要視するものも多かったという。


「ほう、天気も分かるのか。この箱は戦にも使えそうじゃ」


 色々機能を満喫してもうちょっと詳しく探ろうとしたところで、自らのいる部屋の前に警察が止まった。


「長慶さん、齋藤です。釈放ですよ。もうでていいですからね」


「……蝮の噂は聞いておる!騙されぬぞ。また夢じゃろう?」


「夢?蝮? なんのことでしょう? ……ともかく、早く出てください」


 「ふぅむ……。出るのは構わないのじゃが、なにか刑罰があるのではないのか?」


「それについては後で話しますのでついてきてください」


「わかったわい」


 どうも事情がはっきりしないが、長慶はついに解放された。

思うに、ここまで序盤から悲惨な主人公が今までにいただろうか? だが、これが世界の理である。

そうして案内されたのは会議室だった。

どうもほかに空いてる場所は無いらしい。


「まあとりあえずおかけになってください」


「……このパイプ椅子とやらだけは慣れないのぉ。して、何があったんじゃ?」


 足を広げずっしりとした姿で腰掛けながら話を聞くことにした。

甲冑をきて床机に座るスタイルがもう癖ついているのだろう。


「簡単に言うと、貴方を探している方がいらっしゃるということと、まさか本当に三好長慶という人物が歴史にいたということで、一時的に身分が認められました。あなたがその本人であるかは別としてですがね」


「なぬ?! 私を知っておるものがおるじゃと?! どやつじゃ!! そしてどやつが私に謁見しようとしておるのじゃ!」


 長慶は身分が証明されてるかいなかよりも、自分が知られてることに驚愕と興奮が同時に攻めていた。

だからなのか反動をつけて立ち上がり、そのショックでまた膝を机にぶつけた。

しかしそんな痛みを気にする間もなく聞き続ける。


「まぁまぁ落ち着いてください。もう少ししたら来ますから……」


ーーコンコンッ

ーー呼ばれて駆けつけてきました。


「開いてますので入ってきてください〜」


 齋藤の声で入ってきたのは、20代程の男性と女性の2人。

男性の方は身長が低めで小柄。

女性の方はその男性よりも身長が高くすらっとしている。


「あの人が、本物の? 本物なの? 浅井くん」


「おっ、あぁ〜、おもぅてたんとちょっと違うが間違いは無いとみていい。偽物とするにはあまりにも造形が深すぎるんだ。服は……あれは死装束で頭の帽子は折烏帽子だね」


「ふーん。ってずっと立ってないで座ろっ」


「そうだね松永、座らないと」


 どうも目的は自分らしい。

仲がいいのか悪いのかは分からないが、妙に歴史に詳しい男を傍に置いているようだ。

そうしてふたりが腰を掛けたところで仕切り直すように話が進む。


「この方達は、貴方……三好長慶を初め平家落人伝説を個人的に研究して探っている方達です。まずは自己紹介から……」


「あたしは松永彩芽まつながあやめ。歴史は苦手だけど、自らの先祖を突き止めるために浅井くんの協力をしています。よっ、よろしくお願いします」


 彩芽と名乗った彼女は、緊張気味に声を低くして名乗る。

どうも内向的なようだ。


「俺は浅井雅人あざいまさとだ。よろしく」


 雅人と名乗った彼はあっさりしていた。

まるでなにか警戒するように長慶をみていた。

動向を探っているのだろうか?


「(この男……眼力が鋭いようじゃ。まるで武士……ってそうじゃなくてじゃ)」


「松永?! 久秀なのか? 私の知っておる久秀が華を着飾っておるが……」


「お言葉ですが……久秀という名では無いですし誰です?」


「ここに来るまでに話したじゃないか。彼……三好長慶の家臣だったと」


「あぁ、そういやそんな話してたねごめんごめん」


 なんだか気が抜ける話だが、頼りない雰囲気にも見えてしまうのが1人。

しかしその一方で、片方の男は何かありそうだ。


「彼らとしばらく行動を共にして身分証明書となるものを作ってください。そうすることでこの日本で住めますよ」


「……つまり、光明が見えてきたということじゃな?」


「まぁ、そう見てもいいでしょう。少なくともまたなにかヘマしない限りはここには戻ってこないでしょう」


「そうか。飯が美味かっただけにちょっぴり悲しいが、蝮のそばにおるというのもいささか不気味じゃ」


 なお松永久秀は信長相手に何度も謀反を起こしてはその度に許されてきた男。

最後は信貴山城にて信長が集めるはずだった茶器を床に並べ、最後は自身の愛用した茶器である"平蜘蛛"内に爆薬を仕込んで爆散したような男。

死に方があまりにギャグだが、"なんでも手に入ると思うな"と信長に知らしめたエピソードでもある。


「……釈放だというのに皮肉まで聞かせて……。もう1回投獄されますか?」


「いや、もうよいわい! はよぅ京に行かねばならんのじゃ! これそこのものらよ、ゆくぞ。特に浅井とやら、其方は近江国の当主の一門か?」


「苗字がたまたま一緒なだけですよ。浅井長政ともその父の久政とも関係ありません」


「そうか……。複雑怪奇じゃのぉ」


ーー蜘蛛の糸を手繰り寄せついに釈放!


 行動範囲が増えるのはいいが、果たして長慶は無事に京にたどり着けるのか!

そしてその名を轟かせることが出来るのか!

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?