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第6話 長慶、日本に揉まれる

 留置所より釈放されてから数分後、長慶一行が向かったのは市役所だった。

何故かと問われれば、身分証を手にするための住民票登録から取り掛かるためである。


「まずここは町の市役所。あたしらの支援をしてくれたり色んな手続きをする場所。多分1番来る場所だから覚えておいて欲しい」


 建物内に入るやいなやすぐに全体の概要を彩芽が解説する。

こういう対話力に長けた仕事をする方がメインらしい。

その間にも隣の雅人は黙ったままだ。


「ふむ、関所と少し似ておるの」


 関所というのは当時の大名が自らの国に入る全ての者に通行料を徴収するための場所だった。

しかし、僧だったり通行手形が出せるくらい身分が高かったりするとその限りではない。

あとの時代に交易が盛んになってからは関所システムが廃れて無くなってしまっている。

今現存するもので近しいものをあげるなら高速道路のシステムだ。


「今回は、住民票登録だから住民課に行きます」


 そうして2人に案内され住民課の受付に向かい、受付と話す。


「あのーすいません。こちらの方の住民票登録を手伝うように警察に言われたのですが……」


「あっあぁ聞いていますよ。確か三好長慶さん、でしたね。これから手続きを開始しますので私の案内に従ってくださいね」


「うっうむ……」


 受付で丁寧に説明してくれるのは30代程の男性。

まだまだ若々しさが見て取れるその風貌だが、どこか貫禄があるようにも見える。

つくべき筋肉はしっかりつき、シュッと引き締まった体つきである。

しかし、受付に座って案内されてすぐ問題が起きる。

それは……


「あー……。筆記体で書いちゃったかぁ……」


「む? これはダメなのかの? 」


 長慶は手癖で文字を崩して書いていた。

しかも、元の字が専門知識がないと判別できないくらいに。

それを見た雅人の口がつい動くほどに。

当時の文通も、民に通達する時でもない限り基本文字を崩していた。

江戸時代にはなるが、例であげるとお触れと呼ばれる藩主から下された命令及び法律改正などを伝える時などは丁寧に書かれていたとされる。


「……ボールペンはギリギリ使えてるけど文字がこれじゃ……」


 こうしてひとつの手続きが終わるまで1時間以上は要した。

ここまで来ると受付に申し訳なくなってくる。


「一先ず、住民票手続きはできたから次はーー」


 次にやることといったら保険に関する手続きや身分証に関する手続きなど、とにかくやることが沢山ある。

それらを先に済ませないことにはやりたいことも出来ない。


「書くものと手間が多いのぉ。もっと便宜よく出来ぬのか?」


「……じゃあ長慶さん、江戸時代になって行われた参勤交代でも体験します?」


「なんじゃそれは! 江戸時代なんて聞いた事ないわい。江戸は鎌倉公方様がいるところじゃろうて」


 そう、室町時代は京の公方くぼうと後の北条家が生まれる神奈川東京辺りの場所にある鎌倉公方と、当時の将軍事情はかなり複雑なのである。

そして、戦国時代が終わり江戸時代に入った頃、初代将軍の徳川家康が各地の大名との情報共有を行う目的で参勤交代を命じた。

これが参勤交代の始まりなのだが……もちろん全大名が行けるような距離にある訳ではなく……江戸からかなり遠くに位置する薩長土肥の面々は、費用を削減することに尽力しすぎたせいで、肝心の江戸幕府の目が届かずに、後の江戸幕府崩壊に繋がる明治維新のきっかけを作ることになってしまった欠陥制度でもある。

江戸に行くだけでもかなり時間がかかるってのにそれを体験するか?と問う雅人は、おそらく真面目に聞いている。


「まぁ、三河の狸なんて武田信玄に呼ばれてた家康らしい愚策だとは思いますがねー」


 皮肉を交えながら、各種手続きを終えようやくここから自由な時間が訪れる。

とは言っても、時間はすっかり正午……そろそろごはんどきである。


「ねぇ浅井くん。そろそろご飯食べよう? 歴史勉強はその後ででも……」


「……あぁ、そうだな。ここまで手間かかると体力使うからそうしようか」


「あっちなみに長慶さん、お金もってます?」


「もちろん持っておるぞ。ほれ」


 そう言って懐から出てきたのは、紐で通されただけの穴の空いた5円玉のような見た目の通貨。

銅貨と呼ばれる戦国の初期頃の一般通貨だった。

しかし、6枚しかない。

もちろん今の時代からしたら貴重だが……すごく既視感がある。


「……本物……なのはいいけど6枚か。頭に1枚ずつくっつけてみてほしい」


「? まぁよいが……」


 そう言って、指を使って無理やり1個ずつ抑えながらくっつけようとする長慶。


「っ……。やっぱり、六文銭……。真田、幸村……っつ」


 その様をみて笑いが込み上げてくる雅人。

歴史好きに対して当時の貨幣の本物なんて見せられたら、やっぱりやらせたくなるのかもしれない。

だとしても長慶にやらせるものでは無いが。


「死出の山後に三途の川を渡る時の通貨なんじゃぞ! 玩具ではないわい」


「あはは、すいませんねつい。これならご飯じゃなくて質屋に予定変更で……」


「えぇー。価値あるかわかんないのにー」


 ぐぅ〜とお腹を鳴らしお腹を撫でながら歩かされることになった彩芽と、翻弄された長慶の一行は、少し歩いた先にある質屋に向かうことになった。


ーー何となく起こりうる未来を、皆は理解しきれていなかった。


 ちなみに寛永通宝の後に領国貨幣となっているわけだが、この頃には既に寛永通宝の効力が弱まっており、金属の重さなどを測って取引をすることの方がメインになっていた。

それを自国で先に変えたのが信玄だというのは有名な話である……。

さぁ長慶は自らの服からまず手に入れられるのか? お金は手に入るのか? 現代日本の闇をいつ知ることになるのか? 行方はこれから嫌でも知ることになるだろう。

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