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第7話 長慶、現実を知る

 長慶は、雅人らとしばらく行動を共にしなさいと齋藤に言われ、その通りに行動をしているのが現在だが……、長慶にとっては改めて見ても見慣れぬ風景ばかりで目移りするものばかりである。

とはいえ、この殺風景な景色そのものは戦国時代とそこまでは変わらない。


「のぉ其方ら。私はこれからどうなるんじゃ?」


「これから貴方のお金を、使えるお金に変えに行くんです」


「使える金とな? 私のこれは使えぬのか? 金じゃぞ?」


「確かにお金ですがそれじゃなくて、こっちなんですよ」


 そう言って雅人が見せたのは、自らの1000円札と100円玉のような小銭の1部。

細かい5円と1円は使い切ってるらしい。


「ふむ……。このような金になっておるのか。国によって違ったりはせぬのか?」


「そもそも戦国当時と違って今は江戸時代に入る時に天下統一がなされ、通貨に至っては後の明治維新により明治時代から統一されています」


「なぬ? 通貨が統一じゃと? 政策の違いによりおこりうる通商問題を気にしなくても良いというのか? はかりがなくては商いもまともに出来ぬというのに……、ますます私の知らぬ文化よのぉ」


 長慶は商いを主に行っていた人物。

だからこそ通貨が統一されている今の日本は便宜がいいと感動する一方で、覚えることが多いと嘆く。

しかし、長慶は仕組みを学ぼうにも危惧していることがあった。


「のぉ雅人とやら。其方に問いたいのじゃが……」


「はい? なんでしょう」


「……勉学事情はどうなっておるんじゃ? 私は男じゃが、姫若子と俗称されぬかの?」


 姫若子とは、土佐国を収めていた長宗我部元親の幼少の頃のあだ名であり、男でありながら武学に励むのではなく本を読んでばかりであり勉学に励んでいたのが主だったせいで、自らの家臣に陰口として呼ばれていた俗称である。

後に鬼若子と呼ばれ尊敬される人物にもこんな話があるのも面白い話である。

ちなみに、姫若子の意味を現代語訳すると"おとこの娘"となり、女人と見間違うほどに美しく見えたからそう呼ばれたとも言われている。


「いえ、もうそのようにバカにはされませんよ。むしろ勉強をしてなくて知能がない、あるいはそれこそ、うつけと呼ばれるような振る舞いをする人の方が差別意識を向けられやすいですから」


 ADHDやらASDやら色々呼ばれる発達障害及び知的障害をもつ人々は、人よりもIQが低いことが仇となり、いじめの対処にされると言った事例が現代もよく起きているが、信長があれほど破天荒な行いをしていたことに対して、"アイツ頭おかしいんちゃうか?"と言った意味を込めてうつけと俗称で呼ばれていたりもしていた時代だってあった。

……こう見ると現代も昔もさほど変わらないのである。


「ということは、寺子屋がないと勉学に励むことは出来ぬはずじゃが……見当たらんのぉ」


「昔と建物の作りや学びの種類の数が違うだけできちんとありますよ。今は学校と呼ばれてて、小学校・中学校・高等学校などなど、様々な形で学校が存在します」


「……一つにまとめた方が楽じゃろうになぜ分けたのやらわからぬわい」


「さぁー? そこは分かりかねますね」


 統合して総合学校として運用する学校も場所によっては存在するが、あっても都会の方が多く、発展途上だとまずない。


「そういえば、俺からも質問なんですが……。なんで安宅冬康を殺した、あるいは切腹を命じたんですか?」


「そっそれは……」


 雅人からの鋭くも残酷な質問に、長慶は口ごもる。

当然である。

あの時は自ら命じて切腹させたが、未だ後悔していることでもあるからだ。

以前はかりごとだなんだといって安宅冬康を罵ったりはしたが、なんだかんだで気にしているところである。

なお実際はハッキリとした情報が出ておらず、説がバラバラである。

だが有力だと言われている説が、鬱に罹っていて、後の不安から自らの手で冬康を自分の部屋に呼び付けて殺したとされているという説。


「俺の主な研究は、あくまで平家落人伝説を探ること。俺の彼女の先祖が貴方にも関係があるかもしれないから聞いてるだけで、貴方そのものには興味がありません」


「ですが、謎を突き詰めることは真相をハッキリさせる道にもなるのです。教えてくれませんか?」


「……。分からぬのだ。あの時、私は冬康に切腹を確かに命じた。じゃがあれは、あやつが謀を行っているとおもうての事じゃった。其方程の男ならわかるじゃろう?!」


「あれほど立て続けに我が一門が没して! 我が家は窮地に立たされ! そして久秀に託すしかない状況で私が没した後の日本がこのような状態! 私は承服できぬのだ!」


 三好家の有力とされた一門……。

そのうちの一人として有名なのは十河一存で、鬼十河と呼ばれるほど武勇に優れた男だった。

自らが率いる兵の扱いは雑で、その自らにすら厳しく当たる人物だったと現代で伝わるが、そのあまりにも早い病没や、後の実休の不幸など、あまりにも期間が短く死ぬ物だから誰かの謀のせいで起こったのだと考えた長慶の心境もわかるものだ。

あの天下の三英傑の1人、豊臣秀吉も晩年から狂ったように朝鮮出兵を試みたりなどかなり荒れていたことだってあるほどだ。


「……そういうことだったのですね。確かに、貴方ほどの方がこれ程知名度がないのもおかしな話ですよね。けど、少なくとも俺のような歴史好きや専門家なら、貴方のことを語り継ごうと動く物も多いのですよ? 創作や祭りで題材として扱い、人々に広めたりなど……ね」


「そして、貴方の語る"殺した理由"は、ある意味で大名らしく思えますね。あなたほどの人にそんな一面があったとは、驚きですよ」



「其方は何が言いたいんじゃ。其方はーー」


「ちょっとー! あたしを無視しないでよ!! さっきから声をかけてるのにー! もう質屋に着いたよって!」


「あぁ、悪い。じゃあ行こうか」


 長慶と雅人が議論を交わすことに夢中になりすぎて、質屋にたどり着いた事すら忘れていたらしい。

横で必死に声かけを行っていた彩芽が何か言いかけた長慶を横目に割って入り、質屋に行こうと促した。


____これが現実、長慶は戦慄していた。


 雅人の放った質問とその疑念は、長慶の心を強く抉っていた。

まるで自らは武士ではないと言われたかのように……。

当時としては珍しくもなんともないはずと思っていた価値観が、崩れていくような気がした。

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