遅かれ早かれいつかは知ることになるだろう現実。
長慶は内心"心身改めねば事を成せぬ"と思い詰めていた。
雅人の残した言葉そのものに重みがあり、心理をついた発言にも聞こえたからである。
そうして考えながら質屋に連れられてはいる。
中はと言うと、長い歴史を持ってそうな老舗感溢れる木造建築で、あまり広くはないのがわかる。
あちこちごちゃごちゃとものが散乱していて、店員らしき人は50代程のおじいさんただ1人だけだった。
「いらっしゃい。おや? なにやら変わったお客様もいらっしゃいますねぇ」
「こんにちは。この方についてはおいておくとして、鑑定頂きたいものがありまして……」
「ふむ、何を見せて貰えるのかな?」
「これなのですが……」
長慶に六文銭の下りをやらせた時、実は雅人は長慶本人に返しておらず、質屋に行くこと前提で預かっていたのだ。
そもそも死装束の姿でどうやって財布代わりの銭を持っていたのかについては突っ込まなかったが……。
そうして預かっていた古銭と言えるそれを提示した。
「こっこれはっ! お客さん、これには価値をおつけ出来ませんよ。付けるにしてもウチじゃあ出せるお金も足りませんゆえ……」
「……なるほど。ちなみに想定額はおいくら位で?」
「うぅーむ。ざっと見積ってもーー」
__数100万はくだらないかと……。
老人は、改めて渡された寛永通宝をじっくり見ながらそう語る。
寛永通宝は子銭や母銭といった種類があるのだが、この中でも一般的に知られる子銭は大量に流通していたために価値が低く、数十円から高くても数百円程度なのだが、特殊な書体や特徴のあるもの・子銭を作るための原型となった銭であった場合は数十万から数百万にも及ぶと言われている代物である。
長慶がいた時代はちょうどこれが流通しており、大名の権力次第で価値も増減していた。
特に幕府の権力をもって政権を握った最初の天下人とまで言われた長慶の者となると……いくら価値がつくか分かったものじゃない。
「となると……他をあたるしか……」
「いや、ちょっと待つのじゃ」
「? どうしました? お客さん」
「金の単位はよう分からぬが、そういうことならこの寛永通宝の対価の代わりになりうるものを頂けぬか? 例えば……"知識"や"衣服"などの……」
長慶はここで取引にでた。
金が高くて出せないというのなら、その金を直接的に要求するのではなく、その価値同等の対価を要求するという手法に出たのだ。
そんな長慶はまだ元服もしていない12歳の頃から既に外交において活躍していたと伝わっているほど、交渉において
こういう商いにおける交渉は長慶に限らず各国でも行われていて、この交渉を調略として用いることもあった。
密約という形で城主などの敵方の将に直接話をつけに行き、戦の時にこちらの勢力に寝返らせるといったやり方がその代表例である。
長慶はその手法に近い形をとって何とかして現代の知識とそれに付随するものを手に入れようとしていた。
なぜなら、ずっとこの姿のせいかやたら視線が痛いからである。
もう自分の常識は通用しないと分かったからこその決断だろう。
「なかなかに面白いことをいうお客さんじゃあ。衣服は、気に入ったものならなんでも持っていっておくれ。知識は……ワシはおいぼれじゃからろくな知識はないが、それで良ければなんでも教えてやろう」
「誠か? そういうことなら、頼むとしよう」
初対面の客がむちゃくちゃなことを言っても老人はそれを拒否するどころか受け入れていた。
そんな老人の顔は微笑んでいて、柔らかい雰囲気を出していた。
でもその目の奥はメラメラ燃えたぎる炎がうっすら見えた気がした……。
まるで、何かほかに狙いがあるかのように……。
「俺らと一緒に行動するよう言われてたが……まぁ、俺らも仕事は果たしたわけだし、帰るか彩芽」
「えっええっと……。これで……いいの、かな? このまま家にしばらく泊める流れかと思ってたのに」
「何言ってんのさ。んな事したら彩芽のとこの親父さんがまたギャーギャー騒がしくさえずるでしょ? だから、あとのことはおじさんに任せて警察に報告するだけして帰ろう」
「……浅井くんがいうなら、そうする」
彩芽はどこか腑に落ちない様子で長慶らを見てから、その場を離れようとする。
「其方ら、またなにか縁があればどこかで会うやもしれぬな。特に雅人とやらは、の」
「……かもしれないですね」
「私を知るものに会えただけ、どこか安心するわい。かたじけなく思う」
長慶は自ら頭を下げ雅人らにお礼を口にした。
そうして雅人らが帰った後の老人はというと……。
「さて、ワシは金が出せないのは事実じゃ。そして、お主にどこか"違和感"を覚えたから留めておくことにしたんじゃ。お主、さてはこの世界で生まれておらぬな?」
「……なぜそのようなことを?」
「おいぼれの勘じゃよ。昨今の創作物では"てんい"と言うらしいが、流行りものはワシにはようわからなくての」
「つまり、最初から目をつけていたと申すのか?」
「さっ、それはどうじゃったか。 まあいいじゃないか。ともかく、狭い店じゃが部屋はいくつか空いておる。好きに使いなさい」
「そうか、かたじけない」
大して広くないとは言うものの、1LDKほどの大きさはあるのがわかる。
そのほとんどを歴史ある物品で埋め尽くされているから狭く感じるだけである。
__こうして長慶は、新たな旅立ちを迎え改めてスタートの道を切った。
ここからどのようにして京に行くのか見ものである。