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第9話 京を目指して

 質屋の老人にお世話になることになってからもう半月は経過していた。

もうそろそろ4月も終わろうとしているこの時期に、長慶は唸り声をあげながら悶絶していた。

今まさに中学の歴史の勉強をしているからである。


「なんでじゃ! なんであのうつけが天下人になっとるんじゃ。私は?! 私も天下人じゃぞ!!」


「まぁまぁ長慶さん、落ち着いて勉学に励みなさいな」


 やけに馴染んでいるこの老人は、長慶の事を支えながら古本として取り扱っていた教科書を長慶に渡して先生役をしていた。

といっても店の仕事もあるため付きっきりでは無いが。


「うぬぬぬっ。私は納得がいかぬわい! 私のことが記されておらぬ事もな!」


「最近は高校の歴史ならたまに載っとるらしいと聞いたが……ワシにも分からんからなぁ……」


「私が出てくると申すのか? 疑い深いところじゃが……これは早々に京に行かねばならぬな」


「なんで京都に?」


「決まっておろう。再び天下を取るのじゃ」


「そっ、そうか……。ならあえてワシは止めないでおくわい」


 今京都に行ったところで、昔のように政権を握れるわけでもなければ天皇は東京にいるので謁見することも出来ないのだが……、長慶にはその事をあえて話さない。

何故かと問われれば、日本を知ってもらいたいからである。

決してより残酷な現実を突きつけたい訳では無い。


「して、私は気になることがあるのじゃが……。其方はやけに私相手でもすんなり対応するが、なぜなんじゃ?」


「……さぁ? お人好しなだけかもしれんのぉ〜」


 軽く苦笑いを浮かべながら一瞬老人は視線をずらした。

ずらした先にあるものは、細川家の家紋である松笠菱まつかさびしが描かれた羽織。

その美しい様相は見るものを魅了しそうなほど綺麗である。

他のものとは違ってガラスでおおわれた台の中に広げられた状態で飾られている。

ものが高価かあるいは貴重な品だからなのだろう。


「ぬっ? どうなさったのじゃ? 」


「あーいえいえ気にしないでくださいな」


 長慶はあれから老人に言われたとおり、なんでもと言うので服を色々選んで着用していた。

今の服装と言えば、ジーパンに柄物の上着となんとも似合わない風貌で、ここにある羽織を着る方が余程似合いそうである。


「しかし、長慶さんよ。ワシから色々学ぶのはよいが……働かないと京都にも行けないはず。働き先は決めているのかの?」


「残念じゃがその辺はまだ考えておらぬ。私のいた日本と同じであれば、馬で移動するとこなんじゃが……どうもそうじゃないらしいからの。其方から教わった、"くるま"なるものや様々な乗り物を用いて移動することにはなるんじゃろうが……高価そうじゃからのぉ」


「車はともかく電車は普通には買えませんねぇ長慶さん。運賃という形でお金を払って移動できるんじゃよ。長慶さんのいた時代にはなかったかもしれないけど……」


 駕籠かごや馬をつかって移動することこそあれど、今みたいに乗り物が発達していた訳では無いため、今の移動手段が便利なのだろうということは長慶も理解していた。

法律的には馬も車扱いとして乗馬して一般道を走れるらしいが、そんな方法で移動していては目立つだけである。

ただし、駕籠かごについては基本武家が使用していて、一般人が乗るのは出来なかった。

そもそもあちこちで戦が起きている時代に一般人の行先なんてあってないようなものだった。


「ほう、金を払えば解決するのかの。ならば、もっと勉学に勤しむこととするかの。京に向けて……」


「あぁそうそう、あの時お金は出せないと言ったけれど、いざ京都に行くだけの知識が身についた時には、出せるだけのお金は出しておくさね。まぁ、今こうして生活する分の維持費から差し引く形ではあるが」


「年貢がかかるという話は聞いたが、米じゃなくて金なんじゃったな……。なんだが便宜が良くなったのか悪くなったのか、私には分かり兼ねる話じゃな」


 日本が国に施している制度などの事を考えれば、少なくとも戦国時代の頃よりは圧倒的に便利なのは少し学んでわかった事だが……、それはそれとして税を徴収してばかりいるこの現代日本に、どこか既視感を覚えていた。


「(これだけの徴収の頻度は、朝廷でもなかなかないと言うのに、何を考えておるんじゃこの日本は)」


 朝廷は、今で言う政府のようなもののことで、天皇の世話をしていたりたまに大名から金を受け取っては役職を与えたりしていた。

そんな朝廷も別に頼られる仕事をしない訳では無いために、今の日本政府は何をしているのかと憤りを覚えていた。

さっさと私が政治に手を出さないと今の日本が危険だと認識しているようだ。


「最近は増税ばかりしかせんくてのぉ。物価高なんじゃよ何でもかんでも……」


「民から取るもの取って仕事はしておるのか?」


「仕事をしてれば財務省デモなんて起きないとおもうんじゃが?」


「ざいむしょう、デモ……? あぁ、あの百姓一揆のことかの。留置所にいた時にテレビで見たわい」


「留置所?! 何して捕まったんじゃ?」


「何も悪いことはしとらんのじゃ! 死んだはずの私が目が覚めたら車道の真ん中で鎮座しておっただけで……」


「……そういうことか……。なら尚更昨今の転移という言葉がお似合いじゃの。まぁいい、色々この国の事を学ぶといいわい」


「そうさせてもらうわい」


 今の国は昔とは勝手が何もかも違う。

不便被ってきたからこそ逆にここまで便利だとなんだか落ち着かない。

初めてこの世界に来た時のあの戸惑いも、今こうして学びを得てからはほとんど無くなってしまった。

だが、長慶は何よりも勤勉で真面目な人だと伝わる人物だ。

そんな人物が果たして飛行機や今の軍に相当する自衛隊などを知ったらどんな反応を見せるのか? これからの展開が楽しみである。

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