現代日本は、日本政府の運営の元で統治され秩序を保っている民主主義国家。
昨今の世界情勢に巻き込まれゆく日本は、国内にまでその影響が出ている。
物価高や国民のデモなど、先祖たちが築いた、守ろうとした日本は、すっかり弱くなってしまっていた。
それは、長慶本人も気づき勉学に励みながらも常々考えていた事だった。
ーー自室にて・・・・・・
「私の知らぬ間にこんなにも刻を刻んでおるというのか日本は。2025年などという記載も見たことがない」
「文書は、どうも残っておるようじゃが……情報の整理整頓が大変じゃ」
長慶は、老人の店の中で見つけた様々な古本や歴史ある文献等をありったけ借りて自室で読みふけていた。
あちこちに山ほど借りた本が積み重ねられていて、用意してもらっていた紙と書道セットを使って文字の読み書き等もついでに練習していた。
「久方ぶりに和歌を嗜んでも良いのじゃが……、そんな暇はまだなさそうじゃの……」
和歌とは、戦国以前から
長慶やその弟である実休は文化人であり、和歌を嗜み、その道ではかなり名が知られていたとされている。
だが、どこかの戦国大名のように文武両道すぎて武士として死ねなくなるような事態にはならなかった。
「これ長慶さんや、お茶を入れてきましたぞ。あまりこんを詰めすぎないようになさいな」
「うむ、くるしゅうないぞ」
そういって老人から渡されたのは、1つの茶碗。
素地が灰黒色であり、腰は丸く張り、口縁が端反り。
昔ながらの茶器で、長慶がこれを所持していたことでこの銘がついたとされ、上手粉引と呼ばれる品物の代表作である。
「こっこれは……! 粉引! 私が長らく愛用しておる品ではないか! どうして其方がこのような品を?」
長慶は、お盆の上に乗せられた茶碗をそれはそれは丁寧に受け取り机に置くと、老人に尋ねた。
「そりゃあ質屋ですからねぇ〜。色々なものが舞い込むわけですよ」
「ふむ……。その割には私に関するものよりも、あの憎き細川家の手の者の品が目立っておるが……?」
「……それは気のせいでしょう。この辺は細川家が昔支配しておりましたし。貴方の家が謀反さえ企てなければ、きっと細川政権と名を改めてたことでしょう」
「なっ、何を申すか! 私の父の無念を見捨てたのはあの晴元じゃ! それに異議を示すために
長慶の父元長は、三好
しかしこれは通らなかったどころか、肝心の晴元は政長を匿う。
それに対して苛立ちを隠せなかった長慶が謀反を企て細川典厩家の勢力に加担し、江口の戦いに繋がるという複雑な事情がある。
「おっと、今この部屋に茶碗がある事の意味、貴方程の文化人なら、お分かりでしょう?」
「ぐっ……すまぬ。無礼を」
そう、今この部屋には茶器があり、それを提供する者がいる。
これが指すものは、当時の茶室であった。
茶室では身分なんて一切関係なく、茶を振る舞うものが偉い存在として扱い、皆平等に楽しんでいたと伝わる。
あの伊達政宗が秀吉相手に詫びを入れる際に用いた場所でも有名だ。
「まぁ、疑われるのも無理はありませんな。ですが、長慶さんはまだまだ学を心得なくてはなりませんよ。貴方にとって未知であるものは沢山あるでしょうから」
ふふっとほくそ笑みながら、新品のスマホや新品のノートパソコンなど長慶の時代にあるはずのない代物を残してその場を去った。
これを使ってもっと勉強しろということなのだろうか?
「……あのものは一体何者なんじゃ? まるで私のことを知っているかのようで気味が悪いわい。否、知っていること自体は構わぬのだ。むしろそれが主であるがゆえ……」
「しかし、どうにもあの老人は臭いのぉ……。もっと調べる必要がありそうじゃ」
もう間もなく冷めそうなお茶が入った茶碗を手に取り、片手で上を持ちもう片手で底を支えながら飲む。
ここまで来ると抹茶が恋しくなるが、長慶はそれを堪えながら目の前の逸品をどうやって使うものなのかと模索しようとしていた。
ご丁寧に新品であるが故に取扱説明書もしっかり付属している。
「ふむっ、よく分からぬ黒い板とよく分からぬ板がふたつとな……。しばらく難儀しそうじゃのこれは……」
とりあえずの現代日本の情勢と現代に至るまでの歴史がどうなったかまでの情報はある程度頭に入れた長慶。
文字の読み書きや計算も現代に合わせれるようまだまだ矯正中だが、勝手が変わりすぎてしばらく時間かかりそうだということだけは理解していた。
ーー場面は変わり老人のいる店頭。
「……。最近頭痛が激しいのぉ。あのものと話しておると何故か怒りが湧いてくる。……犬神使いのせいかのぉ……」
もうそろそろ60が来ようとする老人は、黄昏れるようにして客が来るまで座敷で鎮座していた。
独り言で呟く言葉からは、ただならぬ存在感すら感じるほどに、どこか意味深であった。
あえて長慶に優しく振る舞う理由も、でもその長慶と相対すると苛立ちが芽生えるのも、老人自身は理解出来ていないらしい。
__長慶はまだ知らなかった。というか、そうなると思いもしない長慶は、いずれ真実を知ることになるだろう。