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第11話 戻るも居るも死出の山

 老人にお世話になってからもう2ヶ月が経とうとしているなか、長慶はようやく今の日本でいう一般教養を理解するに当たった。

元々地頭が良く物分りがいい長慶にとって、この程度は大したこと無かった。

問題があるとすれば、このままでは職に就くことは愚か今の政治を変えることすらままならないことに気づいていた。

なにより本人にとっての1番の驚きは……。


ーー京に馳せ参じても政権を握れないじゃと?!


 という、昔と今とでかなり事情が異なっている事だった。

明治維新なるものの概念を理解するのだけは少し手間どったものの、今の政治の中心は東京であるということだけは分かった。

そして、学歴がないと就活すら厳しいことも……。


「ふぅむ。この学歴をどうすれば良いのか……。京に行く意味が無くなったが、義輝のことが気がかりじゃから、様子を見に行くことくらいはしてもいいじゃろう」


 そう、以前留置所にいた時に警察官同士で話していた内容で足利義輝がでてきていたことをまだ覚えていたのだ。

そして、細川と名乗ったあの警察官がいった"こっちも"というあの言葉が今になってようやく意味がわかったのだ。


「今思えばあの時の細川と名乗った警察は、2度目の問題に直面して困惑しておったのだな……」


 教養を得て、語彙を得た長慶の言葉遣いは、概ね現代人と遜色ないかあるいは日本語覚えたての外国人くらいにまでは変わっている。

少なくとも古文乱立極限箱入りせんごくぶしょうおじさんではなくなった。

たまに訛りが出ることはあるものの、今なら馴染めそうである。


「えぇい、京に行く理由が政権ではないとしても、あの義輝を討ち取るためであれば行かない理由はないじゃろうて」


 そうして決心した長慶は、さっさと勉強し尽くしてこの質屋から出てやろうと考えた。

実際老人からもそう言われているので、早くしたいのだろう。

それにしても最近義輝に関する騒ぎを聞かないのは何故だろう?という疑問もあった。


「多種多様な刀を持ってこちらに来たのならば、あやつは銃刀法違反とやらで捕まっててもおかしくないはずなんじゃが……。もしかしてあやつも牢に?」


「……だとしたらまた近江国なのじゃろうな」


 足利家含めことある事に近江国に逃げる、もしくは追放された輩が戦国当時には沢山いた為に、長慶はすっかり呆れていた。

自分も近江国に義輝を追放した1人だからなおのことである。

なぜ皆が近江国にこぞって逃げるのかと言われれば、立地がよく四方から狙われたとしても琵琶湖を包むようにしてそびえる木々が自然の要塞と化していて、現代のようにヘリなどもない戦国時代では攻めるのすら苦労していたからだ。

あと、逃げる時に京から近い。


「長慶さん、勉強の方は順調ですかな?」


 そうして独り言も交えながら勉強をしていると、例の老人が顔を見せた。

今回は何か持ってきたわけでは無いものの、まるで何かを伝えたそうに視線をこちらに向ける。


「勉強は順調じゃ。……それよりも、其方は何か申したそうにしておるが、何かあったのか?」


「あはは、バレてしまいましたか。いやの、なぜたが分からないんじゃが、貴方を見てるとやり場のない怒りに毎日毎日苛まれ続けるんじゃ」


「……それで、私を殺めんと後ろ手で脇差を隠しておると?」


「あーいや、これは関係なくて。ただの相談じゃよ」


「(さすが戦国武将、洞察力は健在か。殺気でバレたか?)」


 長慶も凛とした態度で老人の対応をする。

なにせ、今自分は殺されそうになっているからだ。

自分の最後は病没だったが、こうも直接謀反の兆しを見せられると対応に困る。

けど、戦国武将の勘は変わらず働き、警戒心を強める。

相手の老人も、顔にこそ見せないものの、警戒心をとかせるためか隠し持ってた脇差を見せてくる。


「ほう、関係ないのならよいが。その割には焦っておったな? 其方には世話になり恩があるが……それを仇に返す真似はしとぅない。何か思うことがあるなら打ち明けたまえ」


 長慶はあくまで無駄な殺生はしない方針。

それは兼ねてより理世安民を謳ってきた長慶からすれば当たり前のやり方。

だから、相手の言葉はハッキリと聞く。


「それが、わからんのじゃよ。どうしてか貴方を殺したくて仕方なくて。私怨のようなものを感じるんじゃ」


 そういって顔を下に向けて落ち込んでる仕草を見せたかと思えば、次の瞬間には鬼の形相をみせて脇差を抜いて長慶のおでこを斬ろうと手を動かす。


「……! 不意打ちとは卑怯な!」


「あっいや、意図せず手が動くんじゃ! 信じては貰えんじゃろうが……」


 長慶はその斬られそうになった刀身からギリギリ後ろに身体ごと逸らして、その反動で顔を後ろに退けさせた。

前髪こそ少し斬られたが怪我はなかった。

かの老人は次にまた斬りかかるのではなく、堪えるようにして床に脇差を刺していた。


「……ワシは、操られてるやもしれないんじゃ。犬神使いの手によって」


「なんじゃと?! それは一大事じゃ。されど使いのものの気配を感じぬな」


 老人は、犬神使いの呪術により操られているのだと話す。

実際、今日まで優しく対応したあの老人が今日になって殺意を向けてくるなんて、考えにくかった。

戦国時代なら明智光秀という謀反の理由が未だに分からない事例などはあれどここは現代日本、謀反を企てるべき大名や藩主がいないのでは意味が無いのだ。

だからこそ、今になってもまだ犬神使いがいるのかと長慶は戦慄し怒りを覚えた。

だがそれと同時に、老人の発言に疑問を持っていた。


「とはいったものの、私は其方の発言に、少々ながら違和感があるんじゃ」


ーー其方、さては細川晴元じゃな?


 根拠があってかなくてか、長慶は老人に対して突然切り込んだ質問をした。


「まっ、まさかそのようなはずがないじゃろうて」


「……ではなぜあそこに細川家の刀があるんじゃ? 色々見て回ったが妙じゃよ」


「いくら質屋だからとはいってもここまで物品が残っておることは考えにくい。家宝として残しておるにしては目立つ場所に置いておるのも不自然じゃ。其方は記憶がなくなっておるだけではないかの?」


 いつぞや警察に言われた"記憶喪失"の意味、今ならなんのことか分かるぞと思いながら老人に突きつける。


「……確かに、不思議だとは思っておったさね。高校の歴史の授業内容を忘れてても質屋を営めるなんての」


「ぐっ、あぁあ! 頭がっ……! 頭痛が!」


 老人も、長慶に問われ疑問を浮かべたあたりで老人に頭痛が襲いかかる。


「戻るもこの場に残るも、どの道死出の山とは、の……。私がまた難局に立たされるとは……」


__難局に立たされる長慶、ここからどうやって解決するのだろうか?

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