突然の頭痛、それによりその場でうずくまるようにして動かなくなった。
手に持っていた脇差は床に落としている。
長慶はその瞬間をみて、すぐに拾えない場所に鞘に収めてからはじき飛ばした。
ーーそして。
「どうもここしばらく記憶がぬけとったようやのぉ。この日本に気づいたらいてからっちゅーものの、ろくな目にあっとらんわい」
「のぉ、謀反人?」
床に落ちたはずの脇差を取ろうと手を伸ばすも、既に長慶が遠くにはじき飛ばした為に、斬りかかることは出来なかった。
しかし、急変した老人の目付きは鋭いままで、隙を見ては長慶に殴り掛かる。
「ついに本性を現しおったか! 晴元公! まさか其方までこのような場所におるとは思わなんだわ」
「ワシも望んで来たわけじゃないわい。"てんせい"とやらで生まれ変わっただけらしいわ。記憶が抜けての」
「私とは事情が違うか……! この手癖の悪さも変わらずじゃ!」
振りかざされた拳を片手で掴み、相手のみぞおち目掛けて鋭いパンチを加える。
「がっ! ぐふぁ……!」
今に殺してしまいそうな一撃は、記憶を戻した晴元を怯ませた。
「晴元公と違って私は"てんい"なのでな。其方のように戦も一時忘れ暮らしておったものなんかには負けぬわい」
「感覚がまだ残ってる分、ワシの方が不利か」
両方とも1度死んだ身ではあるが、互いのその恨みは何も変わってなかった。
「しかし長慶よ、お主は法を犯しおったな? 今のは立派な暴力罪が適応される。お主の負けじゃ」
「いいや、確かに適応はされるが、私が殴ったという証拠がないと成り立たないものだ。其方よりも民を思い法を学んだ価値があったわい」
そう話しながら長慶が晴元に見せたのは、六法全書だった。
記憶を無くしてた頃にでも部屋に置いたのだろうか?
「家臣だった分際で、1度天下人になったからっていい気になりおって。まぁよい、今すぐにでもワシの前から消えよと言いたいが、約束は約束じゃ。ほれ」
晴元より投げ渡されたのは、およそ50万円分の小切手と、10万円束が5枚重ねて入れられた封筒。
つまり、合計金額100万円である。
「……あの雅人とやらの前では出さなかった癖して今になって用意できるとは、何を企んでおる」
「いや、あの時は本当に出せやしなかった。ワシは憎まれこそすれど嘘はつかん。じゃから、なんとか店にあったものを他で売って金を作った。一応商人だから買値は渡さないかんじゃろ?」
「……その律儀さをもってあの時政長に斬首を命じておれば、私は謀反など企てなかったのだ」
晴元本人が、容姿が変わったとしても目の前にいるのであればと、当時胸の縁に思っていた言葉をぶちまけた。
この構図は、元細川家当主とそれに仕えていた元三好家当主であるが、なんとも因果なもんで、1度ぶつかりこそしたが結局話し合いに転じた。
「ワシは政長の考えを尊重しておったのだ。元長の考えよりもな。……それに、ワシの側近でもあった男、頼りにしておったからな」
「だからといって私の父上を殺める理由になぞなりませぬぞ!このような金も、何かの謀じゃろう?」
「……信じなくともよい。謀とおもぅても別に構わぬ。受け取らぬというのなら、自らの首を閉めるだけだぞ長慶よ」
目の前に見えるは大金。
本音はこれを使って今一度京に赴きたい。
だが、あの憎き晴元から金を貰うのも癪だった。
戦国当時であれば民のことを考え和睦を結ぶための交渉をしたのだが、今は事情が違うからかどうしてもためらいがでる。
「…………。其方を許すことは出来ぬが、和睦と思って金は受け取ることとする。粉引も其方に返すこととする。私は今後どうするべきか、もう決断したからの」
そう言ったかと思うと、目の前に投げ渡された金を受け取り、懐にしま……おうとしてTシャツだったのを忘れてポケットに突っ込んでおく。
「それはいいんじゃが、これがないと野盗どもに盗まれるぞ長慶よ」
晴元は、長慶の無様ともいえるその姿を笑うように見やると、近くの棚から古めの革製長財布を差し出した。
「これは……財布か。変なところで気を使いおって……。まぁ良いわ。さらばだ晴元。また其方の傍から離れることとするわ」
「……やれやれ、何度ワシの傍から離れる気なんじゃか……」
長慶がスっと立ち上がると、まだその場で座る晴元を背に質屋を後にする。
さっき差し出された長財布の中に手渡された金を入れるだけ入れるも、パンパンでギリギリ入っている状態。
これではポケットには入れにくい……。
「銀行を探して手続きを……。よく考えたら身分証がいるんじゃったの。先に市役所じゃの……。まだ住所も無いし生活保護からかものぉ……」
ノートパソコンとスマホは晴元のとこからきちんと持ち出していて、ノートパソコンの充電器とマウスなども専用の入れ物に入れて持ち歩いている。
生活保護などの言葉もこれらスマホ等を上手く使って調べ物をした上で得た知識だった。
__ひとまずの難局は脱した長慶、このまま京に赴けるのか?