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第13話 一足もふた足も遅れた

 質屋を出てからまだ数分、もうすぐ日が暮れようとしている事に長慶は気づいた。

自分は大名のはずで、いつしか気づけばかなり没落している今の状態に、どこか情けないとすら思えていた。


「……私の生きたあの日本が少し恋しく思えてくるとは、の」


「飯はあの頃よりもうまく、交通整備や連絡手段など、あらゆる部分で便宜が良くも感じた。じゃが、同時に喪失感すら覚えるのはなんでじゃろうか」


 長慶は今一度考え直すことに。

あの頃が恋しく感じるのは、一門と共に天下をとり和気あいあいとしていた、という肉体的記憶から来るものなのだろうか?今よりも不便を極めたあの頃で、工夫して自らの権力を誇示できたのがある種の快感だったのか?長慶の脳内に様々な記憶が巡り循環していく。

次第に雨がちらつき始め、やがて歩道で呆然と立ち尽くし、長慶の体をゆっくりと雨がうちつける。


「これは……。これでは火縄銃が打てなくなってしまう。火蓋を濡らすでないぞ!」


 つい何も無い場所で、いるはずもない部下に指揮を飛ばす長慶。

火縄が濡れたり湿気ったりすれば当然使い物にならなくなった当時からすれば、雨というのは天敵のひとつだった。

そこからくる癖なのだろうが……、自身の周りにいるのは冷たい目でこちらを見る歩行者ばかり。

数が少ないとはいえ、現実がゆっくり長慶を襲う。


「……。そうじゃな、ここは私の知る日本ではなかったの。いぬべき家もなければ、宿もなし……。どうしたものか」


「……いたし方ない、今夜はここで雨宿りし眠るとしよう」


 そういって長慶が眠るのに選んだ場所は、皮肉にも自らが最後の居城にしていた城の跡地だった。


「もう今更濡れても構わぬ、ここで大人しく眠るとしよう」


 建物ひとつ残らない昔の城跡で、雨に打たれ泥だらけになりながらも長慶は眠った。


ーー翌日。


 もうすぐ春を迎えようとするこの時期、朝の光がより眩しく長慶を照りつける。

雨は思ったよりも強くなかったらしく、服も少し土で汚れた程度で泥まみれとまでは行かなかった。

それでも風呂には入りたくなるが……。


「雨は降っておらぬな。今宵をもって、私は今度こそ京に向かい、義輝を討つ。待っておれ!」


 その意気やよし!

長慶は自分の定めた目標を突破するべく、まずは軽く汚れをはたき落としてから電車のある駅をめざす。

そうして最短で京都に向かおうと言うのだろう。


「よし、たどり着いた。今から電車を利用して京に向かうこととする」


 たどり着いたのは四條畷駅。

ここから約1時間30分ほどかけて京都に向かう。


ーー数時間後。


「なんとか、たどり着いたぞ……。まさか思ったより迷路になっておるとは思わなかったわい」


 なんとか京都に来れたまでは良かったが、そこに至るまでが大変だったと振り返る。

切手を無くしかけたり乗客に白い目で見られながら揺られてたり、乗る電車を間違えたりしてさまよっていた。


「しかし、ここが京とな。なんか私の知っておる京とは随分様変わりしておるのぉ……。仕方ないんじゃろうが……、このまま先に向かうかの」


 そうして改札をくぐってお目当ての京都を目の当たりにする。

当然といえば当然だが、長慶のいた京都とはかなり雰囲気が違い、観光客が多く訪れる場所と言うだけに、かなり近代化が目立っている。

そして、京都にたどり着いたからにはまず最初にやらねばならないことがある。


「そこゆくものよ、足利義輝が最近ここに出たと聞いたが知らぬか?」


 そう、現地の人間に聞き込みである。

もちろん二条御所に行きたい気持ちはあるが、いっても政権を握れないことを知った長慶は、先に義輝の足取りを追うことにしたのだ。


「あー、確かにそれらしい人が出たという話は聞きましたが……見かけませんね」


「そうか。かたじけない」


 どうもあれほどの騒ぎがあったらしいこの場所でも、行方を知らないらしい。

少し前に聞いた"銃刀法違反でつかまっている"という話が本当であれば、刑務所にいるのだろうと長慶は考えた。

しかしそうなると、長慶はまんまと逃げられたことになる。


「あの時は私が自ら追放したが、此度は完全に遅れをとったわい。いたし方なしじゃ、目的を変えるしかあるまい……」


 さてどうしたものかと思考をめぐらせながら、義輝の同行を警察に聞きに行ってもいいが怪しまれても困ると今は何もしないことにした。

しかしそうなると、明確な目的を失ってしまうことになるため、どうしたものかと考え始めた。


「いや、良く考えれば今の日本を変えるという意味では、政治家を志すのも良いのではないか?果は長いが、もう義輝のことは考えるのはよそう……」


 このまま諦めず追い続けてもいいが、それをするよりも政治に肩入れして政策を考案するのも良いのではないか?と考え、つぎは学校に行くことを決めた。

この国の今の常識を考えれば、高校の定時制から入るのが得策だろうと長慶は考え、政治家が無理でも生活への足がかりを少しでも得ようと動くことに。

もちろん、生活保護などの利用も視野に入れながら……。

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