土手に黄昏てから少し時間がたった後、長慶はなにか思い立ったようで、唐突に立ち上がる。
「そうじゃ! この旗を制作した者を探すとしよう」
きっと、この旗を作った者であれば自分の存在を知っておるだろうと考えたらしく、長慶は捜索を開始することに。
それもこれも、全ては布教活動のために……。
そう思い立った時には既に長慶は、今いる芝生城跡からは去ることを選んでおり、次なる場所に向かおうとしていた。
とは言っても、心当たりもなければ誰が置いたものなのかも分からないので、結局ブラブラとふらつくことしか出来ないのだが……。
「……千里の道も一歩からなんてことわざがあるようじゃが……、これじゃあ何里歩こうと果てが見えぬなあ」
はぁはぁと息を少し荒らげながら歩き歩き、そして休憩するのを繰り返す。
ここ最近ずっと歩いてばかりでろくに休息もしてない長慶にとって、そろそろ体に異常が見え始めている。
「足が痛いのぉ……。膝も痛む。梅でもあれば良いのじゃが……」
梅と言えば、言わずと知れた梅干しの方を想像するだろうか。
戦国当時、まともに医療すら発達してなかった時代に、主に消毒と体力維持のために使われた代物。
なお、傷口に塩を塗るということわざは、この当時に実際に行われた治療法だったものである。
「む? なにか聞こえるのぉ。なんの音じゃ?」
そして、今にも倒れそうな虚ろな意識の中、長慶の耳に聞こえてきたものは、どこか賑やかな楽器の演奏だった。
鐘の音に笛の音、和太鼓のような音など、様々な音が長慶の近くで聞こえてきていた。
「もう少し音がする方に近づいて見るかの」
「もしかしたら、戦かもしれぬ。急ぎ向かおうぞ」
色々な音が聞こえる中で、長慶が1番聞いていたのは太鼓の音。
戦国当時は太鼓を鳴らすことで味方を鼓舞したり、出陣を促したりなど多用途だった。
上手く利用すれば敵をあざむくのにも使用出来る。
そんな事情があるからこそ、現代を勉強した長慶でも条件反射的に、その音がする場所に向かわざるを得なかった。
「敵兵がおらぬのも平和なものじゃとか思っておったところに戦が始まるなど、油断ならぬわ」
「此度の戦相手は長宗我部家じゃろ? あやつらはいずれ三好家の脅威になりうる存在じゃから、もう刃を交えておるともなれば……?!」
ーーなんじゃ、これは……!
長慶が独り言を呟きながら、まるで疲れなんて吹き飛んだような走りを見せたと思えば、到着してみて唖然としていた。
そこで戦はしておらず、むしろ楽器を使い演奏しながら舞を踊っていたのだ。
「やっとさ〜やっとさ〜」
「踊る阿呆に見る阿呆。おなじ阿呆なら一緒に踊るがとくじゃ〜」
特有の掛け声を出しながら、男女問わず踊るその様は、長慶にとって見れば未知との遭遇だった。
そう、これは……徳島に古くから存在する伝統文化の"阿波踊り"である。
阿波踊りは、例えばえびす連やよさこい連のように連事に踊り方や楽器のメロディーが違う多種多様な踊りのことであり、今から約400年前から伝わる盆踊りのこと。
今は、その阿波踊りの練習中らしい。
「あのような踊り、私は見たことがないが……実休かのぉ……このようなことをしたのは」
実際は実休は関係なく、蜂須賀家という武家が徳島城を築城した時のお祝いごととして踊られたことが始まりとする説が有名で、時代的にも
「この踊り、上手く利用すれば私の名を広めるのに使えうるやもしれぬ。この地に伝わる文化なのであれば……な」
__長慶は、いつにもまして知名度を稼ぐ機会を狙っていた。
これから始まるは、"長慶の野望"。
阿波国から始まる、知名度を稼ぐ物語は本格化するのだ。