5月17日……、その日には自衛隊の主催するイベントが行われると言う情報が耳に入った長慶ら。
つい数年前に開発されたばかりの小型PCとも言えるスマートフォンの登場により、様々な情報がすぐに手に入るようになった現在において、それを有効活用できた実休は、手応えを感じていた。
時代錯誤に振り回されながらも対応し続けるかつての戦国武将は、彼らだけなのだろうか?
「兄上、起きてください。早めに会場に向かいますよ」
「……其方に起こされるとは」
時刻は朝5:00、イベント開始時刻が午前10時ちょうどで随分あとだが、先に準備を整えて早めに会場に着く位の余裕が無いと、人が溢れて受付に手間取ると言いたいのだろうか。
「移動手段が車なのです、渋滞を考慮しておかないと手遅れになりますからね……」
「……随分馴染んだもんじゃな千満丸」
「そうでもしないと、適応できないですし……」
「どこかの将軍のように、か……」
布団から起き上がり、髪を整え服装も身なりもととえる実休ら。
そうして、眠気覚ましの感覚で水を顔に被りながら2人は朝ごはんを口にして会話をする。
一方、舞台の裏側では……。
「十河一佐。僭越ながら疑問があるのですが、我が部隊は特殊作戦群よりも立ち位置が特殊なはずです。なのに、空挺団や機動団の感覚でイベントになんて参加するのは同意しかねます」
特殊作戦群、通称特戦群と呼ばれる彼らは、世間的に知られる第一空挺団や水陸機動団などの概念を超えた特殊部隊の総称。
その詳細や主な活動は明白になっておらず、ただ言われているのは、他国の特殊部隊がやるような任務と対して変わらないという憶測。
そんな彼らよりも扱いが特殊だと言うこの部隊は何者なのか……?
「上にはもう話を通しておる。佐々木3曹は、ワシの意見に非があると思っておるのか?」
「いえ、そのようなおつもりは……」
「それに、もとよりワシはこれが狙いだった。さもないとこんな平和ボケしたつまらん部下どもの上に立つ気にはならんわい」
屈強な出で立ちに特徴的な髪型。
江戸っ子を思わせるそのちょんまげは、なんということか、あの十河一存を参考としているようなのだ。
そんな男が作り上げた部隊、その一員が苦言を申しているとあれば……と思ったが、どうも彼はそんなこと関係なく動く気らしい。
今となっては大名と呼べるような、いわゆる飼い主と言える存在がほとんどいない状態。
強いて言うなら、自らより階級の高い将レベルの人間か、あるいは自身より数字の若い幹部番号持ちだけ。
「よろしいのですか……? ずっと隠してきたというのに……」
「何度も言わせるな! ワシはこの時を待ちわびておったと何度いえば気が済むんだ」
「すっ、すいません……」
「とにかく、1個小隊程でイベントに向かうぞ」
「(待ち望んでましたぞ兄上ども……! ついに、ついにワシが敷いておった情報網に引っかかってくれたわい。今に迎えに行きますからね)」
心の中で燃えたぎる闘志にも似たその情熱は、一存本人の中にずっと眠っていた想いを燃やす。
「あーそうそう、仮初のワシに伝言を頼めるか?」
ーーワシは、確証を持ってから顔を出しに行く。それまで、お主はワシの兄上らと思われる者の動向を見ておれ。そう伝えておけ。
ビシッと整った敬礼を決めれば、その男は姿を消した。
そんな舞台裏の展開の中、表舞台はというと……。
「朝はよぅから向かってもこうも行進が遅いとは……。イベントというのは、何とも魔性じゃな」
「自衛隊が管理する国家機密並の物に触れられる機会なんて、普通そうそうないですからね……。国民の理解を深める為にも、士気をあげるにも、仕方の無いことでしょう……」
今長慶らは、高速道路を通って徳島市の方面に向かっていた。
しかし、渋滞とまでは行かなくも、交通量が多く思ったよりも前に進めていないという事態に巻き込まれている。
現在の時刻は午前7時30分頃、通勤ラッシュにでも巻き込まれたのだろうか? 否、今日は土曜のはず。
そう考えながら運転する実休は、やはり今日のイベントの影響だろうと踏んだ。
そんなことを思いながら、自分達も似たことをしたなと思い出にふける。
「覚えていますか? 兄上」
「なんの事じゃ?」
「家臣や民問わず、身分問わず酒を振る舞い宴を開いた時のことを……」
「確かに、そのような事はしたが……。私の場合は連歌会が主じゃったから、それを思い出したわい」
連歌会、如何に自分らしく他人の紡ぐ歌に繋げて個性を出すかという1種の遊び。
公家が主にやっていた遊びなのだが、長慶はその例外枠として共に楽しんだ記録がある。
実際、あの実休が死んだという知らせが入ったときも、この連歌会をしていたとされていて、その流れは......
ーー薄に交わる蘆の一むら
現代訳:沢山のすすきの中に、ひとつだけアシが混じっている
という、武家でありながら文化人でもあった長慶を当時高名だった連歌会の者たちが歌ったともされる句に対して、返しを考えていた時に長慶は弟の死を伝えられたのだ。
そのうえでこの中に1人だけ相応しくない者がいるなんていう歌を詠まれた長慶。
その歌を聴いた後、長慶は返しを詠んだという。
ーー古沼の浅き潟より野となりて
現代訳:
弟を失った想いを込めながら、見事に歌を返してみせたのだ。
この時、他の参加者達は長慶の見事な返しを賞賛したとされている。
「どうしたんですか? 兄上。ぼーっとして」
「……いや、いつかに詠んだ歌を思い出しただけじゃ。其方がおる今となっては、なんも価値もないがの」
「歌は、価値を求める為に詠むものではありませんよ兄上。一瞬が大事なんです。その歌に何を想うか、それが大事なはずですよ」
「……分かっておるわい。いつぞやの若者に、今の日本の価値観を植え付けられてからというものの、物の価値の見出し方が分からなくなってきての」
長慶は、雅人達と一時的でも同行したあの時間の間に、主に雅人の発言がずっと糸を引いていたのだ。
ーー貴方の語る"殺した理由"は、ある意味で大名らしく思えますね。あなたほどの人にそんな一面があったとは、驚きですよ。
脳内で何度も響き渡るは雅人の声。
まるで、己を見下すようなその発言は、何を指していたのか結局分からずしまいだったことを今になってまた思い出した。
しかしそんなモヤモヤも、一存とさえ会えればきっと答えが見えるはず……そう信じながら、今はただ高速道路を通行する。
実休は実休で、あの噂は本当だったのだろうかと不安になりながらも、例え嘘だとしても旅行感覚で楽しむことにしているようだ。
「兄上、もうすぐ着きますよ。準備してくださいね」
「ん、もっとかかるとおもぅておったが、すぐか。わかった。支度しておこう」
車の通行自体は確かに多く思ったよりも遅くはなったが、いざ市内に近づけば逆に交通量が少なくなりスムーズに
「(待っておって欲しいの孫六……。偽報でなければ……)」