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第28話 長慶の答え

 晴元らとの1悶着を終え、一行は車の中に戻る。

あれは一体なんだったのだろうか?それだけではない別の疑惑を漂わせながら、帰路へと舵を切る。


「…………」


「…………」


 車内は静まり返っていた。

一存は目の前で起きた事の奇怪さにあっけをとられ、残りふたりはと言われれば、晴元の残した言葉に影響されて話すに話せない状態になっている。

要は気まづいのだ。


「(あぁは言ったものの、いつまでも隠し通すことは出来ぬことは承知。かといって真実を話してここで出奔でもされれば、それこそあの頃のように……)」


 一存の死をきっかけにして次々と一門が死んだ乱世での出来事。

それを思い出した長慶は、脳内でフラッシュバックしながらも極力考えないように思考をリセットしようとする。

しかし、隠そうとすればするほど限界が訪れようとする。


「兄上、当家存続のためにも、なにか申し上げにくいことがあるのでしたらはっきりと申してください」


「だからさきにも言ったじゃろう? 下手には言えぬと」


「兄上の気持ちは痛いほど分かります。しかし、このままでは……!」


「分かっておる! じゃが……。私も、覚悟が決まっておらんのじゃ」


 半ば口喧嘩の要領で互いの思いを口にする。

実休も、言い合うことこそ続けても、あくまで無違反、安全運転を心がけていた。


「兄者たちはなにを論しておるんじゃ? やかましゅうて寝れもせんわ」


 一方の一存はと言うと、後部座席で大胆にも横になりながら視線だけ2人の方に向ける。

どうもさっきの出来事を無かったことにしようと考え、「疲れから来る幻影じゃ!」として眠ることにしたのだろう。

そんな中で2人の喧騒が聞こえるのだから寝たくても寝れない。


「孫六、もしかしたら兄上は一門を殺……」


「じゃから今はその話をするなと言うたところじゃろうに!」


「話さねばならないと判断したら話すと言ったろう? 無論言い逃れでも時間稼ぎでもなくの」


「なんせ、この話をする前に久秀の行方を探らねばならぬからの」


 松永久秀……三好家の後を任せたつもりが、現代史料では主家である三好家を裏切り織田信長に仕え、そしてその信長すら何度も裏切って、そのまま爆ぜて死んだことになっていることへの疑問でいっぱいなのだろう。

それでも彼は安宅冬康という男の死に直接は関係していないとされるものの、探し出して色々聞き出せば答えが見つかると思っているようだ。


「彼のことです、何か知っていても裏で手を引いているでしょう」


「あぁそうだろうな、あの疫病神ならやりかねん」


 一存の死の前日、温泉に入ったとされていて、その時久秀も共に入っていた際に久秀本人から、「一存の乗ってきた馬は縁起が悪いから乗らない方がいい」というその地方の噂話を伝えていて、それに激情した一存が温泉を出た後、久秀からの忠告を無視してその馬で戦場に向かったという話がある。

その後はというと、久秀の言う通りか馬から落馬し負傷、そのまま没したとされている。

そんなことがあったからか、元から仲が良くなかった2人の仲がより一層悪くなっていた。


「私が重用していた家臣の中でもあれほど謀に長けたものも多くなかったから、よぅ分かるわい」


「……だが、あの時私が下した決断はあれで良かったのか? と未だに後悔しておることなんじゃ」


「久秀に後を託すと死の直前に申す前にもあやつに相談したばかりじゃった」


「……理由は分かりませんが、どこかのうつけのように我が弟すら斬り捨てた大名もおるのです。本当に兄上が一門を殺したとしてもおかしなことでは……」


 うつけといえば織田信長の事だが、あれは謀反を起こした結果での話。

信長は謀反を起こしても基本は許すことが多かったとされているが、みずからの身内にはめっぽう厳しかったようだ。

……難癖つけられて突如解雇された家臣も数多いるが。


「おかしなことではないじゃと? 確かにあのような時代なら起こりうることじゃろうが、それにしたって周りからの印象は悪いじゃろうて」


「理世安民……。兄上、この言葉をお忘れですか? 」


「?!」


「知名度を取り戻そうとするあまり、周りが見えておりませぬ。これではまた千々丸に鈴虫を送られますよ?」


 かつて安宅冬康は、天下を取って天狗になっていた長慶を諌める為に鈴虫を献上しこのような言葉を伝え諭したとされる。


ーー如何にか弱い鈴虫も、丁寧に優しく育ててやれば秋まで長生きする。


 簡単にこれを説明するならば、優しさを忘れなければ通常は夏を乗り越えられない鈴虫であっても秋まで迎えれるという話である。

安宅冬康はほかの一門よりも優しい人物でやはり文化人だったとされる人物だが、そんな人物らしい諌め方といえる。


「……。もう私の元にあのような風流な虫は送られまい。来るとすれば、鬼じゃろうな」


 あくまで自分を律し罰を待つのみとする長慶。

かつての主君を裏切っただけでなく身内すら殺したともなれば、たしかに向かう先は地獄と考えるのも妥当であろう。

だが、実休は首を横に振る。


「僕はそうは思いません。それを言い出したら僕だって兄上の命令で敵を斬り伏せてきました。そして、因果応報か流れ弾を受けて散ったのです」


「僕達戦国武将は、贖罪を果たした上で仏様は現代でまた苦労をせよと仰せなのです」


「どのような罪でも地獄で罪を償えば輪廻転生を許される仏教の考えですがね……」


 当時の仏教といえば、宗派の異なる僧が点在していて、なかでも一向宗と呼ばれた彼らのように武装して一揆を起こす事例もあとを立たなかった。


「……私は、みずからの一門すら信じていなかったのだろうか? そう考えながらも今日こんにちまで過ごしてきた」


「あれはいたし方なかったことだと割り切っておった。無理もない……」


「孫六らが死ぬそばで必ず千々丸がおった故、謀じゃろうかと考えたくもなる」


「その結果……」


「…………私は、私は……」


ーーただ、未来を信じて行動したまで。


 実際のところはなぜ安宅冬康が突然死んだのかについてはまだはっきりとしていないものの、長慶は自分也の答えを口にした。

これが理由にならなくても構わない、疑惑を持たれても構わない、自らが唱える理想を掲げる為にも必要な選択をしたまでだと自らに言い聞かせる。


「……とはいえ、兄上のような方がそのような選択をなさるほどに存続の危機が迫っていたとは……なんだか面目ないです。僕が早死にしたばかりに……」


 一存もだが、実休もいなくてはならない人物であったのは確か。

当然若くして病死した息子である義興だってそうだ。

しかしそれでも、流れ弾なんかで死んだことで後の世で動けなかった自分にも少なからず落ち度を感じているのだろう。


「もうよい、すぎたことじゃ。今は孫六を見習って何も考えぬことにしようじゃないか」


 そういって一存に視線をむければ、なんだかんだ文句を言っていた一存はすっかり眠ってしまっていた。


「……そうですね。さっ、そろそろ家に着きますよー」


 実休は一存の寝顔を見れないが、車内に響くいびきで判断している。

もう間もなく自宅に着く、今思えば長いようで短かった1日だったと一行は考えるのだった。

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