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第29話 本当の理世安民

 長慶達は晴元らを退けた後、一門揃って実休の自宅へと帰ることになる。

彼らは一体なんだったのだろうか? そんな疑問は一旦考えないことにしたが、長慶は別のことを気にしていた。


「(あのものの申していた言葉……未だ理解出来ぬが、こんな答えでいいのだろうか?)」


 ーーなぜ安宅冬康という男を殺したあるいは自刃を命じたか。何をもってそうしたか。


 浅井雅人という短時間でありながらも長慶に強く影響を残した彼の発言は、こうして一門がほとんど揃った状態でもなお糸を引いていた。

やけに圧力があり、しかし人を見定めるような瞳孔はある種の恐怖そのもの。

長慶は武家の大名にして、その恐怖を内面で思い知らされたことになる。


「のぉ千満丸よ、いきなりで悪いんじゃが、酒はあるか?」


「酒……ですか? 芳水という日本酒でしたら地元の連長さんから頂いたものなら少しのこってますが、いかがなさったので?」


 芳水とは、徳島県三好市内では知名度が高い地元の日本酒の事。

安価で飲めて日本酒慣れしてない方でもずっと飲めてしまえる優しい味わいのもの。

芳水の歴史は大正時代からだが、実休はどうも縁に恵まれてるようだ。


「特に深い意味はない。ちょっと歌を詠みたい気分になっただけじゃ」


「そうですか。兄上にしては酒を嗜みながらとは珍しいですが……」


「よい歌をお待ちしております」


 そう言って実休は冷蔵庫のある台所まで向かい、食卓のそばにあったA4サイズ程の紙とボールペンを取り出し、ベランダの方に向かった。


「(……この歌には、私の今の心情を形に載せることにしよう)」


 長慶の心情はとても複雑で、しかしそれを1度形にすることで整理もつくと思い立ったのだろう。

だからこそ、文化人である自分はペンを手に取り紙に書きなぐる。


ーー福なりて

ーーされど蛍火

ーー夜空へと

ーー思い馳せれど

ーー心あらずや


 日本の福王と呼ばれようと所詮は蛍のように短命で、いくら夏の熱い夜でたそがれようが結局自分の思う答えは出なかった。

雅人という男にしてやられたのだという自らへの皮肉を込め、ありもしない二人の句を思い、ただ返せぬ言葉を返したのだ。

実休らの前ではあーやって答えを出せたはいいけど、あれも自分の思う答えなんかじゃなく、ましてや雅人の説いた答えにもなってないと気づいたのだろう。


「……私も、落ちたものだ」


「兄上、酒をお持ちしました。ごゆっくりなさってください」


「あぁかたじけない」


 今はまだ5月、しかしそろそろ暑さ滲む季節が迫る中、夜も老けたこの時間に星を見ながら酒を嗜む。


「私は、ただ義輝を討てるならと躍起して大阪から飛び出したはいいものの、今にしてみれば私の夢も小さきものなのかもしれぬな」


 最初は天下を取り直すという意味で総理大臣になることを志した長慶も、考え直して自分の知名度を取り戻すことにシフトしたが、それも昔と違って容易じゃないことを理解したことで、もっとあの大阪の地で学べばよかったか?と後悔している。


「? 兄上どうなさいました?」


「……気にするでない。ただの独り言じゃ」


「そう、ですか……」


 一方の実休はスマホを片手に持ちながら、未だ敷かれているコタツに体を半分埋めて横になっている。

完全に現代に溶け込んでいるようだ。

先まで車で寝ていた一存はというと、とりあえず実休の寝室で寝かせているが、扉を閉めていてもいびきが非常にうるさい。


「……近所迷惑にならないといいですけど……」


 仮にもここはアパート故に、文句を言われないか今更になって不安を感じている実休。

長慶とは違って、今をあまり深く考えていないのだろうか?


「私の唱えた理世安民……まことなしえていたのだろうか? 自らのことすら安心できなんでおるのに……」


 民のことを如何にして大事にしてようと、自分や身内を蔑ろにしてたから家が滅んだのではないか? 災いが降り注いだのではないか? と色々考える。


「兄上、人というのは元々か弱い生き物です。それが如何様な時代になろうとも変わることはありませんでした」


「しかしそれでいいんです。弱さがない人間なんて存在しない。虚勢を張ろうとどこかでボロが出る」


「天下人に相応しかったかどうかは、これを理解することから始めないと話にもならないですよ」


 どのような人であれ迷いや悩みは必ず生じ、そしてそれを乗り越えることで強くなる……実休はそう言いたいのだろう。

よくある話だが、それを改めて長慶に伝えたいのだ。


「乱世と今とでは価値観も文化も違い馴染むのは大変じゃ。現に私も苦労しておる」


「そんな中あるひとりの若者の言葉で私は揺らいでしまった。あのような決断をした理由は果たしてなんだったのかと問われての」


「兄上のいうその若者は、きっと教養が深い方なのでしょう。史実で語られていた兄上の行いを学び、そして疑問を持った。ごく自然のことではありませんか?」


 なにかを得て知識があれば、疑問が生まれることもあるのは誰でも経験することだろう。

その流れは至極普通で何も怯えることではないのではと実休は語る。

実際、資料が少なくて今でも判然としていない事柄が多すぎて正確な歴史を伝えれていないのだから。


「そうだな……。私のように、最初に天下人になったはずがあのうつけに取られてしまったようじゃしの……。これには私も不服じゃ」


「なれば今こそ動かねばなりませんよ兄上。兄上の思う理世安民を思い出しながらまた知名度を稼ぐのです」


「私の思う……か」


 民を思えばこそ国は豊かになる、そう思い進めてきた長慶も、時代が変わったことで日本そのものを変えることは出来なくなった。

だが、今できることは自らの評価を再評価させて歴史の教科書に堂々と「戦国最初の天下人 三好長慶」と書かれること……これに過ぎなかった。

長慶はここに理世安民はあると考え、それに向けて改めて進むことを決心した。

教養こそ国を強くし、豊かにすると信じて……。

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