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第31話 長慶、沼る 前編

 長慶がゲームの存在を知り、一存が駐屯地に戻ってから数日が経過した。

最初こそ翻弄されるだけだった長慶も、生まれながらの才覚でゲームのコツを掴んですっかり攻略できるようになっていた。

……とはいえ、やっぱり納得は行かないらしい。


「ゲームというのは1度理解さえしてしまえば実に単調じゃ。じゃが、長慶の野望に改名して貰えぬだろうか……」


「それは無理ですね」


「……せめてもっと遠慮というものをじゃな千満丸よ」


 長慶の切なる想いを実休により即答で否定されると、わかっている事とはいえどやはり気分が萎えてしまう。


「分かりました。なら、別のゲームをしに出かけることとしましょうか」


「別の、じゃと? 他にもあるのか?」


「慣れないうちは戦場いくさばよりも激しいですがね……」


「なんのことじゃ?」


「行けば分かります」


 意味深な発言をする実休に長慶はごくりと唾をのみ身構えている。

互いに闘志を燃やし我が国のためと命をかけ戦った戦国時代よりも激しいと言われれば、さてどのような敵なのかと警戒するのも無理もない。


「兄上、大丈夫ですよ。あぁは言いましたがあくまで比喩です。死にはしませんよ。少なくとも体ですが……」


「よもや何を信じて良いのか分からなくなって来おった……」


 先日屈辱にも細川家プレイをさせられた長慶にとって、ある意味で実休の口にするゲームに関する話は素直に聞き入れにくかった。

根に持ち怒りを持っている訳では無いのだが、今度はどのような形で自分をいじめる気なのかと思っているのだろう。

ある種の被害妄想だが逆にいえば、楽しみにしている自分もいる。


「ともかく、行きますよ」


「あっあぁわかった」


 そうして再び実休の車に乗り目的地へと移動を開始する。


「それで千満丸よ。目的の城はどのような場所なんじゃ?」


「ははっ、城ではございませんよ。……ある意味城ではありますが、攻めには行きません」


「先日兄上にはゲーム文化をお教えしましたよね?」


「あぁ確かに学ばせてもらった。あれは実に良いものだと思うておるが……」


 戦国時代を実際に生き経験した長慶本人も、なんの忖度もなく楽しめたと豪語する。

納得も行かないし不遇だと思うところも語れば山ほどあるが、これは上手く使えば自分の名を売るのにも使えると踏んだのだ。


「そのゲームをお金さえ払えば開店時間の許す限りいくらでも遊べる娯楽施設があるんですよ」


「じゃが私はもうあまり銭をもちあわせておらぬぞ」


「今回は孫六が収めてくれたお金のあまりで文化に触れてもらおうと思っております」


「其方……そのような性格じゃったかの?」


「何を言いますか! 兄上も経験すれば同じことを考えるようになりますとも!」


 我が弟の金を使ってでも娯楽につぎ込むほどのものが果たしてあるのだろうか? 女遊びはごめんだぞ! なんて内心思いながらも実休の変貌ぷりを耳に聞きながら答える。

あれほど冷静で物事を見極め、時に阿波国を収めた男がこれほどまで魅力される場所とはどのような場所なのだろうと興味が湧いてくる。


「一応聞いておくが……銭の蓄えはあるんじゃうな?」


「はい! 此度は僕の懐にはーー」


"10貫ほどございます"


 と高らかに昔の通貨で長慶に伝える。

なお戦国当時の通貨の換算は何を元にするかでかなり左右されるが、現代換算で100万円以上。

恐ろしい大金である。

少なくとも現在向かおうとしている場所にはそこまでの大金はいらない。


「じっ……10貫じゃと?! バカをもうせ! そこまで必要なかろう! 第1これでは横領と変わらないではないか!」


「いいえ必要なのですよ。もちろん食事代なども含めておりますので全ては使いませんし、孫六からのあまりは5貫程ですので残りは僕の銭ですよ」


「そういう問題じゃ……? そういえば、其方仕事は何をしておるんじゃ?」


「何って……阿波踊りを……」


「あれはボランティアで銭は出ぬと聞いたぞ!」


「……はぁ、隠しても無駄ですよね……秘密ですよ?」


 なにか意味ありげに語る準備を始めると、ちょうど信号が赤で止まったタイミングでダッシュボードからなにか小さなものを出しながら語り始める。


「これは僕の身分証明書兼名刺です。あんまり世間にはしられたくないんですがね……」


 そこに記されていたのは……


ーー株式会社 シノビクサ

代表取締役社長 三好実休


「社長? なんだかよぅわからんことをしとるようじゃの」


「簡単にいいますと、僕はあちこちで軍事に関する事柄をサポートしています」


 要するに民間の軍事会社であり、現代でも何かと暗闘に関わる組織のトップということになる。

となると当然数多の人を殺すことにもなる上、様々な国からの恨みも買うことになる。

そして、そんな会社のトップがこのような形で身分を明かすのは当然危険である。

実休の場合は特に……。


「其方……この世に来てもなお戦っておったのか」


「孫六も実はこれに加担しておりまして……」


「なに?! じゃあ最初から所在が分かっておったのか??」


「ならなぜもっと早くに動かんのだ! そしてなぜ女であると嘘をついた!」


 あの時2人して一存がいることに驚き、そしてさらに男性ではなく女性であると知ってさらに驚いたのにそれすら演技だったと実休があかせばそりゃあやり場のない声を上げるしかなくなる。


「騙していたのは申し訳ありません。ですが、本当に兄上であるかどうかあの段階では正直信用しきれていなかったというのと、孫六の立場の都合上そう簡単に会えるものでも無かったのです」


「孫六の件は理解できる。私も自衛隊の仕組みは学んでおるからの」


「じゃが千満丸よ、其方の言い分は理解しかねるな。初めてこの世で会ってから拠点まで戻るまでの間で一度も私を疑うような発言はしておるまい!」


「おや兄上、草の物の存在をお忘れで?」


「なっ?!」


 草の物……現代で言う忍者のような間者のことであり、斥候任務や時には闇討ちなどを依頼し動く存在のこと。

どこの勢力に加担するでもなく、ただ金を出し雇われているからというだけで動くものたちで、傭兵に近い。

有名なのは甲賀忍者や伊賀忍者などだろう。


「まっ、僕がその真似事をしただけですがね」


「其方……昔よりも知恵をつけたようじゃな。私すら欺くとは」


「はははっ。そうでもしないとこの世界は生きていけませんよ。でしょう? 兄上」


 そう、血を流す場所において油断は禁物。

例え身内であろうと必要ならば欺く。

"敵を騙すにはまずは味方から"なんてことわざもあるくらいだ。

史実の実休はそのような事まではせず、どちらかと言うと久秀の特権と言えたのだが……どうも現代に適応する中で何かあったらしい。


「人が変わったような素振りを見せる。じゃが、其方の身分は今やどうだっていい。楽しめるというのならその施設に向かおうではないか」


「……そうですね」


 信号が緑に代わり車は進む。

今日は日曜日、人も車もたくさん行き交う中、実休は丁寧な運転を心がける。

そうして辿り着いた場所は……。


「着きました! これがゲームセンターと呼ばれる場所ですよ兄上! 」


 ここは徳島から下道で約2時間かけて走った先にある、香川県のアミューズメント施設。

これでも同じ徳島のものより行きやすいそうだ。


「……遊女はおらぬようで良かったわい」


「ゲームの娯楽施設だといったでしょう? さぁ参りましょう兄上!」


「まっ、待つんじゃ千満丸!」


 ルンルン気分で今にもステップを踏みそうな勢いで颯爽と入口に向かう実休。

キャラでも変わったのかと心配になるほどの変わり用だが、そんな風貌とは裏腹に、まるで戦場にでも赴くかのような覇気を散らしながら向かう。

振り回され気味の長慶も、自らの目的を見失いそうになりつつ、とりあえずは楽しむことにしようかと考えることにした。

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