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第32話 長慶、沼る 後編

 ーーゲームセンター。


そう実休に言われいざ外見を見渡すと、意外にも普通で派手な色合いや装飾などは施していない。

しかし、店内に入れば……


「ぬあぁぁあ!! なんじゃこのけたたましい音は!」


「これがゲームセンター……基、ゲームの聖地っ! って言っても僕のメインは2階のメダルゲームなどが置いてある場所なのでクレーンゲームは後ですが……」


 本格的にうるさくなるのは1階のクレーンゲームがメインに置かれた場所よりも2階だと遠回しに伝える実休。

実際、音の方向的にも上方向に聞こえるのが分かる。

とはいえ、長慶にとってここまで騒がしい音は新鮮でつい耳を塞いでしまう。


「なんといった千満丸よ。騒がしくて聞き取れんわい」


2


 まだ本格的な騒がしさではなくとも耳を既に塞いでいる長慶相手に大声で上に行くよと話す。


「わかったわい。ここのことは其方に任せるわい」


 実休にあってからというものの何かと目新しいものばかり遭遇するような気がすると長慶は思い始める。

あの信長が新しいもの好きで南蛮品をよく取り寄せたとは長慶も先日のゲームで知り得たことだが、こればかりはうつけも侮れんと少し見直す。


 なんて思っていたらどうもたどり着いたらしく、実休が露骨にテンションを上げていることが分かる。


「どーですか! 兄上! これが聖域ですよ!」


「あれもこれも! メダルや銭を使って遊べます! 茶の湯や連歌は無いですがその分この世の運動や文化が集う! いつか茶の湯が増えたら茶器を持ち寄りたいものです!」


 生前に言われていた数奇者というあだ名を再現するかのように、この世を満喫する気な実休を尻目に、長慶の挙動が怪しくなる。


「騒がしいのはいいとして、こんなことで天下人になれるのか?」


「だーいじょうぶですよ兄上! たまには気を抜くことも大事です! はめ外すくらいやってもいいんですよ! もちろん、他の人に迷惑をかけない範囲で」


「気を抜くと言ってものぉ……」


 ただでさえそれらしい動きも何もしてない現状で果たして楽しめるのかという迷いがあるようだ。


「いいから! ほら、やりますよっ!」


 そうして迷ううちに実休に手を捕まれグイグイと為す術な連れていかれることとなった。


「(……まぁ良いか……)」


 ほとんど諦め気味に、ただの実休への付き添い……そんな感覚で付き合うことに。


ーーそれから数時間が経過した。


「おぉ! 兄上! やりましたよ! ジャックポットです!」


「なんだかようわからぬがメダルが大量じゃな!」


 すっかり実休に深い沼へ誘われた長慶。

本人はそれを自覚する間もなくひたすらエンジョイしていた。

ふたりが座るのはメダル筐体。

たまたま当たった5000枚ほどのメダルを2人して堪能していた。


「かような可能性がある代物じゃな。是非拠点にも欲しいわい」


「資金はあるので買おうと思えば買えますが、ダメです。取り寄せ面倒なので……」


「まぁ今の拠点じゃのぉ……」


「あっいえ、ここと別で海外の方に本拠があるのでそっちですがね……。お国柄そういうのにうるさいので」


「日本との仲が悩みじゃの」


「まぁ……はい」


 実休は言葉を詰まらせる。

それは当然で、戦国乱世では和議を結んではまた戦をするということが多かったのだ。


「そういうことなら日本にいても良かったのか? 軍監が現場に居ないで指揮が成り立つのか?」


 長慶の解釈によると、社長=軍監と見ているようだ。

一つの大きな作戦を取り纏め、その指揮を執る立場だった軍監。

責任重大故当然居なくなると困るのだ。


「事前に社員には伝えてありますし、そもそも僕が日本にいるのも交易の為ですから」


「それなら其方が直々に来ることもないじゃろう? それほどの交渉なのかの?」


「あはは、それは残念ながら秘密です。兄上が入社するのならまぁ考えます」


 思えば仕事が無くて自分でお金を稼げなくて困っていた長慶、うまい話だと考えた。


「じゃが千満丸よ、それはいいが俸禄ほうろくがあのころのじゃあるまいな?」


「はは、そんなわけないじゃないですか。言葉の癖が抜けないだけでちゃんと、現代通貨ですよ」


 そう言うと、チラッと自身の財布の中身を見せる。

するとどうだろう、ギッチギチに1万円札が……と思ったらブラックカードが1枚あるだけで他はポイントカードなどだ。


「なにも入っとらんではないか」


「クレジットカードというキャッシュレスでの支払いをメインにしてますのでお金持ち歩かなくていいんです」


「しかもこのカード、制限ないのでいくらでも使えます」


 流石にその特別感故に財布から出して堂々と見せるような真似はしないが、重みが違うことが分かるかもしれない。


「使い方を誤れば銭に困りそうじゃ……」


「ふふふ」


「というかまた私は騙されたのか! 1枚食わされたわい」


 車の中で聞いた、引くような金額を持ち出したというあの言葉もまた嘘だったことがわかると、もはや呆れすらではじめる。


「(まっ、本当のところ……僕に実権はほとんどないんですがね……)」


「(そのうちあの人も日本に来るでしょう。その時は兄上に……いや、今はやめておきましょうか)」


 席に座りメダルをバカスカ使って遊ぶ長慶の隣で、実休もそれにのって一緒になって遊びながら思考する。

どうも今の実休があるのにはなにか裏がありそうで……?


「今日は飽きるまで堪能しますよ!」


「私もそれにのった!」


 結局、ほぼ丸1日遊び尽くすまでにどっぷりハマってしまった長慶は、メダルで真っ黒になった手をお手ふきで綺麗にしながらふたり店を後にする。


「どうでした? 兄上」


「なかなか悪くなかったわい。次もまた来たいのぉ」


「そう言ってもらえて良かったですよ」


 今日はゲーム以外何もしなかった2人だが、次は何をしようかと長慶が既に考え始めるほど魅力的だったらしいのが分かる。


「そういえば……入社の件どうしますか?」


「私の名を広めることに繋がるのであれば協力したい」


「それはどうか分かりませんが、きっかけは産まれるかも知れませんね……」


 と含みのあるような発言をするかと思えば、車のエンジンを掛けてシートベルトをして自宅へ向けて帰り始めるのだった。


ーー冬康と義興様……あとはこやつらだけじゃが……所在は掴めたか?


ーーはい。まだ不確かですが、少なくとも日本にはいると……。


ーーそりゃ日本にはいてもらわねば困るわ! "てんせい"か"てんい"か"ひょうい"か、どのような形かと問いておる!


ーーその辺は申し訳ありませんが……。


ーー分からぬか、まぁ良い。あの仏敵が動く前に、長慶様にはよぅ会わねばの。

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