少女の銀髪がガイコツに触れた時、ブザーのような悲鳴が聞こえた。
ガイコツを抱えたまま、少女は部屋の窓から身を乗り出した。
すると、ルビーの瞳が外の景色を映し出していく。
女の子だ。
赤いランドセルを背負って、歩道を必死の形相で走っている。
まるで命の危機から逃げるみたいに。
一体、何があったのか。
女の子の後ろへと視線を滑らせると、そこにいたのは男の子だった。
なんの変哲もない、どこにでもいそうな格好だ。
角が生えているわけでも、凶器を持っているわけでもない。
銀髪少女が手を振ると、男の子はゆっくりと振り向く。
そして、まるで風船のように浮かび上がり、ビルの2階――少女の目の前で止まった。
しかし、銀髪少女には動じる様子はない。
「おは、よう」
「もうこんにちは、でしょ」
男の子は照れながら返したものの、なかなか少女と目を合わせようとしない。
それも仕方がないことだろう。
ルビーのような瞳ひとつとっても、少女の容姿は刺激が強すぎる。
月明かりをため込んだように輝く銀髪。
朝もやのようにみずみずしく透き通った肌。
小鹿のように細くて、曲線美が際立つ手足。
全身が黒いレインコートに包まれているが、下に何も着ていないのか、隙間から肌色が見え隠れしている。
おとぎ話の住人?
死神?
女神?
妖精?
それとも、お姫様?
彼女を目撃した時、その人が思う、最も現実離れしたイメージと重ねるだろう。
「それ、なに?」
チラチラと少女の顔を見ながら、ガイコツを指さす男の子。
「だい、とう、りょう?」
「大統領?」
若葉が擦れるようなかわいらしい声で、少女が頓珍漢な言葉を発した。
舌足らずで、見た目以上に幼い印象を受ける。
「ぴっかぴか、てっかてか、つるつる」
「どういうこと?」
「つるっ、ぱげ!」
「??????」
男の子が困惑しているのも気にせず、少女は「ひかえおろー」と叫んだ。
しかし、すぐに男の子の反応が悪いことに気付いて、少しきまずそうな顔をした。
彼女なりに男の子を励まそうとしていたのかもしれない。
「だい、じょう、ぶ?」
「つらいかも。すき、だったから」
「そう、なんだ」
少女は男の子の手を優しく握って、じっと目をみつめる。
「どう、する?」
男の子はゆっくりと深呼吸したあと、少女の手を握り返した。
「いい、の?」
「うん、もう疲れちゃったから」
「……そう」
少女の細い腕が、男の子の体を抱きしめる。
そして、2人の顔がどんどん近づいていき、薄い色の唇が彼のおでこに触れた。
「おや、すみ。いっぱい、がんばっ、た」
男の子の姿が薄らいでいく。
毛糸玉がほどけるように形が崩れていき、湯気のような曖昧な状態へと変化していく。
そして、それらは少女の手のひらに集まり、半透明の液体となって落ち着いた。
体液のようにトロリとした半透明の何か。少女はそれを自分の体内へと流し込んでいく。
ゴクゴクゴク、と。
どこかつらそうな鼻息を漏らしながら、飲み切った。
「…………ふぅ」
ふと、窓の外をみると、女子高生が手を合わせていた。
道の端には花束が供えてあり、数週間前に起きた出来事を物語っている。
少女は女子高生のうしろ姿を見届けた後、自分の手のひらをじっと見つめた。
まるで、自分の過去を見つめなおすみたいに。
「……おと、うと」
ふいに言葉を発した後、振り向く。
すると、少女の瞳は部屋の中を映し出していく。
薄暗く、手狭なオフィス。
ソファーとテーブルは比較的新しく見える。来客用だろうか。
それ以外の備品はどこか古臭い。
備品棚、掃除用具入れ、ボールペン、古いノートパソコン、電話、ファックス、スマホの充電器などなど。
それらはキレイに手入れされているが、目を見張るのはカレンダーだろう。タイムセールの時刻がこれでもかと書き込まれており、部屋の住人の神経質さがにじみ出ている。
だが、少女の座っているオフィスデスクだけは毛色が違う。
カップ麺の空容器と割りばしはもちろんのこと、中ほどで折れたボールペン、クシャクシャに投げすてられたスポーツブラ、ミミズ文字が書かれたネームプレートなどなど。
キレイ好きの人間が見たら発狂しそうな惨状である。
しかしながら、少女には気にする様子はない。それどころか、居心地がよさそうにしている。
「…………」
誰かを探すみたいに、視線を滑らせていく銀髪少女。
しかし、この部屋に自分以外がいないことを認識すると、パイプ椅子に座った。
ギシギシ、と。椅子のきしむ音がいやに大きく聞こえる。
少女は少し目を伏せながらも、マイクロファイバーのタオルを使ってガイコツの表面を撫でていく。
「……ふわぁ」
最初はしっかりとしていた動きが徐々に遅くなっていく。
眠気。
やがて完全に手の動きが止まって、まぶたが閉じて、少女の頭がカクッと落ちそうになった瞬間――
バン、と。
無遠慮な音とともにドアが開かれた。
少女は飛び起きて、慌ててドアの方向に目をやる。
そして、彼の姿をみつけると、安心したような、焦ったような複雑な笑みを浮かべた。