助手が自分のお腹を叩くと、ポンと音が鳴った。
彼の顔はとても満足げで、バーベキューを楽しみ切ったことが伺える。
探偵も心なしか足取りが軽い。
今は帰り路。
一ノ瀬管理人の指示に従って車やバーベキューセットを返した後、根黒探偵事務所のあるオフィス街を歩いている。
(ふう。忙しかったけど、いい一日だ)
助手が空を見上げると、夕焼けに染まった、どこまでも清々しい空が広がっていた。
どんな時でも美しい空だが、満腹の時に見る空はひとしおだ。彼はしみじみと感じた。
「それにしても探偵さん、いつの間に一ノ瀬さんと仲良くなったんですか?」
「んー。き、のう」
「一日であんなに仲良く。しかも、娘認定もされてましたよね」
「まあ、こまら、ないし」
「なんていうか、それだけ簡単に受け入れるのはどうなんですか? そのうち悪い人に騙されますよ?」
「そ、う? なにか、あったら、パワーで、なんとか、できる、し」
「……それもそうですね」
助手は強者の余裕を目の当たりにして、心配していた自分が馬鹿らしくなってしまった。
「それにしても、意外と変わった人ですよね。一ノ瀬さん」
「そう? やさしい、よ?」
「それは探偵さんに対してだけですよ。かなり強かな印象です」
「んー。そう、かも?」
探偵が小首を傾げると、助手は目を細くした。
「探偵さん、変なフェロモンでてるんじゃないんですか?」
「ふぇろ、もん?」
「えっと……人を惑わす匂いとか、そういうのです」
「うーん、でてる、かも」
「え、認めるんですか」
助手が不思議そうな顔をしていると、探偵は静かに空を見た。
一瞬、助手は見惚れてしまっていた。
「あっちの、せかい、でも、ゆうしゃ、うざかっ、た」
「勇者!?」
普段では出さないような大声で叫ぶと、探偵がビクリと跳ねた。
「勇者がいたんですか!?」
「こっちに、いない、の?」
「いるわけないじゃないですか! 勇者なんて男の子の夢ですよ!? どんな人だったんですか!?」
突然、探偵が目を見開いた。彼女にしては珍しく、かなりうろたえている。
そして、ゆっくりと助手の後ろを指差した。
「えっと、そんな、やつ……」
助手は映画の一幕を思い浮かべながら、振り向いていく。
「呼んだかい? マイリトルプリンセス」
「…………は?」
そこには青年がいた。
金髪にエメラルドの目。非常に凛々しい顔立ちをしているのに、泣きボクロが儚さをプラスしている。
いや、この際美貌は問題ではない。
格好だ。
まるでファンタジーゲームから出てきたような華美な鎧を身にまとっているのだ。
「せっかくだから、2人っきりで話さないかい?」
さわやかスマイルを鎧不審者は、あれよあれよと探偵をお姫様だっこした。
そして、たった1回の跳躍で空高く飛び、どこかへと行ってしまった。
残されたのは、助手のみ。
(あー。そういえば、嫌がらせでにんにくを食べさせるの忘れてたなー)
呑気なことを考えながら、夕日へと溶けていく人影を眺めることしかできていなかった。