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第15話 ヒーローは突然やってくる 前編

 助手が自分のお腹を叩くと、ポンと音が鳴った。


 彼の顔はとても満足げで、バーベキューを楽しみ切ったことが伺える。

 探偵も心なしか足取りが軽い。


 今は帰り路。

 一ノ瀬管理人の指示に従って車やバーベキューセットを返した後、根黒探偵事務所のあるオフィス街を歩いている。



(ふう。忙しかったけど、いい一日だ)



 助手が空を見上げると、夕焼けに染まった、どこまでも清々しい空が広がっていた。

 どんな時でも美しい空だが、満腹の時に見る空はひとしおだ。彼はしみじみと感じた。



「それにしても探偵さん、いつの間に一ノ瀬さんと仲良くなったんですか?」

「んー。き、のう」

「一日であんなに仲良く。しかも、娘認定もされてましたよね」

「まあ、こまら、ないし」

「なんていうか、それだけ簡単に受け入れるのはどうなんですか? そのうち悪い人に騙されますよ?」

「そ、う? なにか、あったら、パワーで、なんとか、できる、し」

「……それもそうですね」



 助手は強者の余裕を目の当たりにして、心配していた自分が馬鹿らしくなってしまった。



「それにしても、意外と変わった人ですよね。一ノ瀬さん」

「そう? やさしい、よ?」

「それは探偵さんに対してだけですよ。かなり強かな印象です」

「んー。そう、かも?」



 探偵が小首を傾げると、助手は目を細くした。



「探偵さん、変なフェロモンでてるんじゃないんですか?」

「ふぇろ、もん?」

「えっと……人を惑わす匂いとか、そういうのです」

「うーん、でてる、かも」

「え、認めるんですか」



 助手が不思議そうな顔をしていると、探偵は静かに空を見た。

 一瞬、助手は見惚れてしまっていた。



「あっちの、せかい、でも、ゆうしゃ、うざかっ、た」

「勇者!?」



 普段では出さないような大声で叫ぶと、探偵がビクリと跳ねた。



「勇者がいたんですか!?」

「こっちに、いない、の?」

「いるわけないじゃないですか! 勇者なんて男の子の夢ですよ!? どんな人だったんですか!?」



 突然、探偵が目を見開いた。彼女にしては珍しく、かなりうろたえている。

 そして、ゆっくりと助手の後ろを指差した。



「えっと、そんな、やつ……」



 助手は映画の一幕を思い浮かべながら、振り向いていく。



「呼んだかい? マイリトルプリンセス」

「…………は?」



 そこには青年がいた。

 金髪にエメラルドの目。非常に凛々しい顔立ちをしているのに、泣きボクロが儚さをプラスしている。

 いや、この際美貌は問題ではない。

 格好だ。

 まるでファンタジーゲームから出てきたような華美な鎧を身にまとっているのだ。



「せっかくだから、2人っきりで話さないかい?」



 さわやかスマイルを鎧不審者は、あれよあれよと探偵をお姫様だっこした。

 そして、たった1回の跳躍で空高く飛び、どこかへと行ってしまった。


 残されたのは、助手のみ。



(あー。そういえば、嫌がらせでにんにくを食べさせるの忘れてたなー)



 呑気なことを考えながら、夕日へと溶けていく人影を眺めることしかできていなかった。





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