「では、第1問」
「で、でん」
探偵が突然、奇妙な声を出した。
おそらくは、よくクイズ番組で耳にする効果音を真似しているのだろう。
「私は誰でしょう?」
「それは哲学的な意味ですか? そうじゃなければ、バカにしている内容です」
「あら? 私は真面目よ?」
一ノ瀬依頼人は不敵で憎たらしい笑みを浮かべた。
挑発しているのは明らかだ。
(何を考えているんだ?)
助手は少し不快に思いながらも、頭の中で文章を組み立てていく。
「一ノ瀬恵子さん。最初は行方不明者捜索の依頼人として出会い、今はビルの管理人をしています。これになんの意味があるんですか?」
「それは後でわかるわ」
一ノ瀬管理人は脚を組みなおして、もう1本指を立てた。
ピースサインではなく、2を示しているのだろう。
「では、第2問」
「で、でん」
またもや探偵がかわいらしく効果音をつけた。
「私はどうやって、あなた達のことを知ったのでしょう?」
「それは根黒探偵事務所を、ということですか?」
「ええ。そうよ」
(一応ネットに広告は出しているし、窓ガラスにも堂々と書いてある。普通に考えれば、この2つのどちらかだ)
そのどちらかを当てなければならない。
ヒントを探るために、依頼を受けた前後の事を思い出していく。
すると、最初でいきなりヒットした。
(……最初、電話でアポをとってきていた)
窓には電話番号を記載していない。
そうなると、
「ネットですね」
「残念。半分不正解」
「はあ!?」
「答えは知り合いに教えてもらったのよ。まあ、酷い男だったけど。その後ネットで調べたわ」
「そんなのわかるわけないでしょう!?」
一ノ瀬管理人は「まだまだね」と呟きながら、脚を組み直した。
「じゃあ、第3問」
「で、でん」
3度目の効果音
流石に鬱陶しくなって、助手は探偵を軽くにらんだ。
「どうして、私はビルの管理人になったのでしょうか?」
「…………」
「あら、何も反応なし?」
助手は長髪に乗らず、考え込んでいる。
(何かが引っかかる)
さっきからの問題に違和感を感じており、頭の中で整理していく。
「さっきの2つの問題がヒントなんですね」
「あら、なんでそう思うのかしら?」
「1問目は答えの可否に言及していませんでしたから」
満足そうな笑みを浮かべる一ノ瀬依頼人。
助手の眉間のシワが深くなった。
「とっても優しい問題でしょう?」
「もう一声欲しい所です」
「あら、もう十分でしょう?」
「はいはい。わかりましたよ」
助手はまず、一問目を思い出していく。
――私は誰でしょう?
この答えの正否については言及されていない。
ということは、間違っていた可能性がある。
名前。出会った経緯。
この中で、変わる可能性があるもの。ひとつだけある。
「苗字、変わったんですね」
「あら? つまりどういうことかしら?」
「離婚したんですね。旦那さんと」
「それがどうして、私がビルの管理人になったことへ繋がるの?」
「財産分与です。あなたが根黒探偵事務所について知るきっかけになったのは、旦那さん――いや、元旦那さんだったんですね。それだったら説明がつきます」
正解だったのか、一ノ瀬依頼人はパチパチと拍手をした。
「そう。私は今、一ノ瀬じゃないわ。でも面倒だから、一ノ瀬と呼んでちょうだい戴」
「……なんで離婚したんですか?」
「あら、推理してみて?」
彼女の身に起きた大きな出来事なんて、ひとつしかない。
「いちごちゃんが帰ってきたから、ですか」
「一応正解にしてあげましょう。まあ、元々
ふと、一ノ瀬管理人の表情が苦々しいものに変わった。
「いちごが行方不明になったのがきっかけで、あの人の会社が少し有名になったのよ。その勢いで事業を拡大させて、どんどん裕福になっていったわ。最初はいちごがいなくなった悲しみを紛らわせるためだと思っていたわ。でも、そうじゃなかったの」
助手は居たたまれない気分になり、足先で石を小突いた。
「そのせいで娘の死を利用した親だって、後ろ指をさされていたわ。夫からは社長令嬢らしい姿をしろと言われはじめて、ハイヒールを履けとかうるさくて……。全く、古臭い男よね」
一ノ瀬管理人は目を鋭くさせながら、話を続ける。
「いちごの骨が帰ってきたとき、あの人は見ようともしなかったわ。見たらどうなの、と何度も言っても無視されて、」
「ああ。この人とはもう一緒にいられない。そう思って、三下り半を突きつけて、財産分与でそこそこのお金とあなた達がいるビルをもらったってわけ」
「元旦那さんが所有していたビルだったんですね」
助手はお金でビルを買った可能性も考えていた。
「ええ。あんまり価値がないから、友人に管理を任せていたみたいだけど」
話を一通り聞き終わって、助手は青空を仰いだ。
(結構世の中って狭いなぁ)
助手がしみじみとしていると、突然、一ノ瀬依頼人が脚を組みなおした。
「じゃあ、第4問」
「え、ちょっ!? もう終わりの流れでしたよね!?」
「何を言ってるの? 私のことを聞いたんだから、今度はあなたの話を聞かせて頂戴」
「それって問題じゃなくて尋問ですよね!?」
「あら? 逆らうようなら家賃を2倍にするわよ?」
「横暴だっ!」
助手は探偵をビシッと指さした。
「探偵さんはいいんですか!? オレ達の事、赤裸々にされますよ?」
「んー。じょしゅの、かんがえてる、こと、きになる」
「そんなぁ!?」
完全に退路を塞がれて、助手は観念するしかなかった。
「どうしてマンサちゃんを探偵にしてるの? 推理してるのは、助手を名乗ってる手島くんの方よね?」
「……探偵の助手に憧れていたので」
「意外とかわいいのね」
助手は「屈辱だっ!」と思いながらも、次の尋問に備える。
「なんでマンサちゃんを」
「……自分でつけた名前を呼ぶのは恥ずかしいじゃないですか」
「あら、かわいらしいわね」
助手は一周回って無表情になった。
「じゃあ、なんで出会った時、」
「それは本人に聞いてくださいよ。オレが知るわけがない」
「んー。つける、たいみんぐ、なかった……?」
「いや、生まれた時に親からもらいますよね?」
「……おや、かー」
突然、探偵はアンニャイな表情を浮かべて、空を見た。
(あ、この話、これ以上は突っ込まない方がいいやつか?)
自然と、助手と一ノ瀬依頼人の目が合い、お互いに頷く。
考えていることは一緒なのだろう。
「お待たせしたしただ」
「ぎょーさんだ。ぎょーさん」
(ナイス! ガイコツたちっ!)
タイミングを見計らったかのように、スケルトンたちがイノシシ肉を持ってきたのだ。
助手と一ノ瀬管理人はイノシシ肉を素早く受け取ると、探偵の目の前に持ってきた。
「ほら、さっさとイノシシ肉でバーベキューしますよ。すぐに火をおこしますから」
「そうよ。すぐにおいしいお肉がいっぱい食べられるからね!」
「いきなり、な、に……?」
こうして、イノシシ肉バーベキューが始まった。
だが――
このバーベキューの帰り路。 探偵は誘拐されることになる。