「お母さん、ただいま」
コンプレックスな低身長をひた隠しにするために履いていた、履き心地の悪い高めの白いハイヒールを玄関に脱ぎ捨て、台所で晩ご飯の支度をしていたお母さんに声をかける。
「あら、
「別に大柄なイベントがなくても普段と変わらないわよ……それよりアイツは、まだここを辞めずに
「ええ、彼は見かけによらず
「そういえば、明日で冬休みも終わりね」
ここを辞めたらアイツはまた学校に通うのかな。
ここではふざけてお茶らけたイメージがあるけど、あの学校ではそんなヤツは、まず進級させないみたいだからね。
勉強を学ぶ普段の姿はどんな感じなんだろうか……。
どんな科目が得意なんだろう。
私が苦手な数学、関数や
「……はっ、私ったら寝ても覚めても
「フフフ、若いっていいですわね~♪」
ジャガイモの皮を器用に剥こうとしたお母さんの手を休ませ、私が交代してハヤシライスの具材を切り出す。
「……だからそんなんじゃないの!」
そうだ、恋にうつつをぬかしている場合じゃない。
他界したお父さんの変わりに女手一つで私を育て、杖をついてまで体調を崩したお母さんを支えるために、私が頑張って稼がないと。
そして、いいところの大学を卒業し、今のアイドルの職で高賃金を稼ぎ、お母さんを安心させる。
仕事は忙しくて大変で、中々休みは取れないけど、せっかく色んな手当てが付いた素敵な職についたのだから、今度は私が頑張らないと。
それが自身の青春のほとんどを私に費やしてくれたお母さんに対しての、せめてもの親孝行だから……。
****
「おおおー、俺は完全無欠なデキル男だ。どんな
バイト最終日、俺は心の奥から、
本日でバイト(沼生活?)が終わりだから、明日から学校が始まるからと言うネガティブな理由だけではない。
今日は良い知らせがあり、例の彼女、佐間音が仕事帰りから、
今日は1月5日。
佐間音と会うのは二日以来である。
最終日、ここで気を向かせないと男としてのプライドが廃る。
俺は両コブシを握りしめ、気合いを入れてから、その場でズボンのベルトを締め直し、食堂のモップがけの続きに取りかかった。
『ベリ……』
妙な異音と共に……。
****
やがて10分後、その合図に招かれたように白いパーティードレス姿の佐間音が訪ねてきたが、彼女は青白い顔色で小刻みに震えていて、えらく顔がひきつっていた。
「──きゃあぁぁ、朝から何をしてるにゃん!?」
黙々としている俺の仕事さばきの沈黙に我慢できなくなったのか、彼女がとうとうヒステリーな甲高い声を発する。
「いやあ、これはご令嬢様。お待ちしていました」
「ちょっと近付くなにゃん!?」
「はは、そう照れるなよ。同じ狭き密室内で面談した仲だろ」
「そう言う問題じゃないにゃん、ズボンの股が破けてるにゃん!」
「えっ、のほおおぉー!?」
それに気付き、モップの手を休めると、『HEY、カモン、ガール~♪』の如く、破れたジーパンから純白な輝くパンツが晒し出されていた。
「本当、デリカシーにかける男だわ。乙女に何てこと言わせるにゃん」
「やっぱり、あなたは私の器じゃなかったにゃ……」
「──佐間音、危ない!!」
──それは一瞬の光景だった。
私の元に、開いた窓から刃物を持って突き進んできたサングラスの一人の男を、
「……ちっ、もう少しで天下気取りのアイドルをやれたのによ」
廼士と一緒に、倒れこんだ私を刺そうとした若者の男が、苦し
「おい、お前にとってアイドルの定義とはなんだ?」
「はあ? お前、いきなり何を言い出すんだ?」
男の外れかかったサングラスを自身の耳にかけて、『俺ってクールだろ』と意味不明な台詞を吐きながら、男の動きを完全に封じる。
「イテテ、この野郎、離しやがれ……」
「いいから黙って聞け」
「──俺にとっての佐間音はな……。嫁にしたいランク1位の二次元美少女で、部屋中に彼女のグッズを敷き詰めても物足りない永遠のアイドル。それがこの彼女だ……。従って無闇に彼女の存在を奪う行為は、天地の股が裂けていても、この俺が許さん!」
彼はそう言うと、その若者に電光のようなヘッドバットの一撃をして気絶させてから、私に微笑み、『大丈夫だったかい?』と甘い台詞を吐くのだった……。
****
「──もう、しょうがないわね」
佐間音がドレスのポケットから、一枚のポチ袋を出して俺に手渡す。
「はいはい、私の負けよ。約束通りこれは返すわ」
それはしわくちゃだったが、俺が貰う予定だったお年玉で間違いなかった。
俺は封を
それは一万円の商品券だった。
現金じゃないだけにガッカリと
「さあ、用件は済んだでしょ。お母さんから、とっとと給料貰って帰りなさいよ」
あれ、佐間音の様子がおかしい……?
いつもの猫かぶりの『にゃんにゃん』の語尾がついていないし、なぜか耳まで真っ赤だ。
「……ひょっとして風邪でもひいたか?」
「な、何でそうなるのよ!」
鬼のような形相になった彼女から、『バチーン!』と鳴る激しい平手打ちを受け、思わず床にひれ伏す俺。
そんな俺を優しく抱き起こして、耳元にセクシーな吐息がくすぐったく触れる。
「はあ、しょうがないわね。早く支度しなさいよ。これからは私も一緒に住むんだから……」
「……えっ、今なんて言った?」
「もう失礼な人ね! こんな恥ずかしいこと、乙女に何度も言わせないでよ!」
俺はいつから彼女専属のカボチャの馬車になったのだろうか。
その詳細は彼女のみが知る……。
****
──そう、人生の運命を共にする、好きな人を愛する選択肢は二つに一つだ。
◇目の前に現れた人を好きになるか。
◆目の前にいない二次元の人を好きになるか。
俺はその両方◇◆だったが……。
「もう、何を言っているのよ。こうして付き合ってるんだから関係ないでしょ」
……確かにそうだよな。
こんな女性と出会えて俺も幸せ者だよ。
『──もういくつ寝るとお正月~。お正月には
俺たちは、これからも幸せな新しい未来へと……。
Fin……。