放課後、教官室のドアがノックされ
返事をするとドアを開けて大翔が教官室の中に入って来た。
『いらっしゃい、大翔』
今、教官室には俺しかいない。
『龍生、あの後、身体、大丈夫だったか?
何かあれば、直ぐに隠さずに言ってくれ』
心配してくれるんだな。
やっぱり、大翔がドSとは思えないんだが……
『大丈夫だ、心配してくれてありがとうな』
『俺が三回も抱いちまったせいだからな、
心配するのは当たり前だ。
なぁ龍生、ピアスについて、いつか話てくれるか?』
やっぱり、見たからには気になるよな……
『いいんだよ、俺が大翔に抱かれたかったんだから。
時間があったらもっと抱いて欲しかったくらいだった。
ピアスの話は週末でいいか?
お昼に待ち合わせをしよう』
学校のある
五駅先で俺の家がある。
『わかった、週末の昼な。
とりあえず、龍生は今から部活だよな?』
断られなくてよかった。
『うん、 大翔は帰るんだろう?
気を付けて帰れよ』
『俺ん家は学校から七駅で先の
二十分くらいかかるが大丈夫だ、
心配してくれてありがとうな』
教官室を一緒に出て大翔を下駄箱で見送ってから
俺は第二体育館に向かった。
週末にとは言ったものの、大翔に話すことが怖い。
元彼は独占欲と束縛が強く、このピアスも
自分の所有の証としてある日突然
開けられたものだった。
こうすることで俺が誰とも会えないようにした。
当然、友人は離れて行った。
そうやって、俺を孤立させて自分に依存させようとしたくせに
あいつ……
相手の女が妊娠するとあっさりと俺を捨てた。
それから一年、書店であいつの本を時々見かけるが
本人がどうしているかは知らない。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
今日は約束の土曜日。
生徒と教師がプライベートで会うなんて
本来ならいけないんだろうが……
『龍生、悪い、待たせたか?』
先に着いていた俺を見つけた大翔は
申し訳なさそうな
『俺が少し早めに着いただけだ』
家から駅まで徒歩で十五分たらず。
引っ越して来たのがこの町だった。
実家の近くでここから更に五駅先の
『ならよかった、遅れたかと思ったぜ』
大翔は見た目は今時の高校生だけど意外と真面目だよな。
『お前は噂と実際のギャップがすごいよな。
校内でドSとか噂されてるけど、
どっからそんな噂が立ったんだ?』
そう
『それな…… 二年前、
俺が一年だった時にいじめに遭ってた奴がいて
そいつを助けた時にいじめた二年を容赦なしに
締め上げたのが噂の始まりだな(苦笑)
それ以来、俺の学年では何故かドS認定されちまってな』
そのいじめについて俺は知らない……
教師失格だな。
『龍生? 二年前のいじめについて知らなかったから
教師失格とか思ってんのか?』
俯いただけで大翔に気付かれた!?
『………………』
『気にすることねぇよ。
あの時のいじめについて知らなかった教師は
龍生だけじゃねぇし、そもそも、いじめに遇ってた奴も
知られたくないって教師達には相談すら
してなかったしな。
俺は同じクラスだったのと、自分の目で
目撃したから助けに入っただけのことだから
龍生が教師失格なんてことはねぇよ。
てか、自分が人気あるって気付いてないのな』
は? 俺が人気?
『落ち込んだり驚いたり、
感情の起伏が激しいな(笑)
本気で気付いてなかったんだな。
特に女性陣に人気だぞ。
まぁ、⟦ゲイ⟧の龍生は女性にモテても困るだけだろうが』
ここが外だということを考慮してか
“ゲイ”の部分だけ小声で言われた。
『そうだな…… それに今は“大翔の恋人”だから
男女関係なく告白されても困る』
始まりは少し特殊だったけど大翔なら
信じられると直感で思った。
『昼時だが何処かで昼ごはん食べてくか?』
それでもいいんだが……
『大翔が家族以外の手作りが
大丈夫なら俺が作っていいか?』
話しながら歩いて俺の家に向かった。
『作ってくれんのか? 誰かの手作りなんて久しぶりだな』
大翔の言葉が引っかかった。 久しぶり?
首を傾げると大翔が口を開いた。
『あぁ、そういえば誰かに話すのは
もしかしたら龍生が初めかもな。
俺は四人兄弟の真ん中で
兄が二人と弟がいるんだけど
兄さん達も俺も所謂、ヤングケアラーだったんだ。
長兄は今年二十六歳で次兄が二十三歳、弟が十六歳なんだ。
放任主義といえば聞こえはいいが
両親は仕事を理由に俺達をほったらかしだったんだ。
だから、兄二人には本当に感謝してるんだ。
ただ、二人も社会人になったし、
俺が高校入学したのを機に実家を出て
今は一人暮らしだから、誰かの手作り
なんて本当に久しぶりなんだ。
兄貴達は二十歳になるまで
家に居ていいって言ってくれたんだが
申し訳なくて家を出たんだ……
両親は相変わらず、好きにすればいいと
マンションの契約やら諸々の手続きだけして
やっぱり、ほったらかしだ』
“ヤングケアラー”。
教師としては聞き逃せない言葉。
『そうだったのか……
なら、今日は張り切って作るかな。
リクエストは何かあるか?
大翔の食べたい物作るぞ?』
俺は会ったこともない大翔のお兄さん達に
心の中で感情した。
『じゃあ、龍生の一番得意な料理で(笑)』
リクエストされるよりハードルが高いんだが!?
『わかった、大翔の口に合うか
わからないけど頑張って作るな』
とりあえず、家に着いたら考えるか(苦笑)
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
歩くこと十五分、俺が住んでいるマンションに着いた。
エレベーターに乗り、四階で降りて直ぐの部屋の
玄関の鍵を開け、大翔を招き入れた。
『どうぞ』
『お邪魔します』
屈んで靴を揃える大翔にほっこりした気持ちになった。
『くすっ』
『俺が靴揃えるのが意外だったのか?』
少し恥ずかしそうに訊いてきた。
『まぁな』
『長兄がマナーとかにうるさいんだ。
何時もいない両親の代わりが長兄だったから
常識もマナーも叱ったり褒めてくれたりとかは
全部長兄がしてくれたんだ……』
とてもいいお兄さんなんだな。
『まぁ、マナーや常識だけじゃなく
家事全般も長兄に教わったんだけどな』
今年二十六歳ということは大翔が物心ついた頃は
お兄さんもまだ小学生の中学年だったはずだ。
『今の大翔があるのはお兄さんのおかげなんだな』
『本当にその通りだよ。
兄さんには一生頭が上がらないと思ってる』
大翔のお兄さんに一度会ってみたいなと思った。
他愛ない話しをしつつ、俺は昼食の用意を始めた。
『俺の得意料理っていうからナポリタンを作った。
はい、どうぞ、めしあがれ』
ナポリタンの皿とフォーク、
それからコーヒーのカップを大翔の前に置き、
自分の分も持って来て向かいに座った。
『美味そうだな。 いただきます』
大翔が食べ始めるのを待ってから俺もフォークを持った。
『美味い!!』
大翔に美味しいと言ってもらえてよかった。
『口に合ったみたいでよかったよ。
そういえば、お兄さん達は誰に
常識やマナーを教わったんだ?』
ご両親が不在だったなら誰が?
『あぁ(苦笑)
上二人が小さい頃は母方の祖母が
面倒を見にきていたらしいくて
祖母から教わったって言ってたな』
成る程……
『長兄が高校に入学した年に、
祖母にはもう大丈夫だから
来なくていいと言ったらしい。
思春期の男からしたらなぁ(苦笑)』
だよな、お兄さんの気持ちはわかる。
身内とはいえ“女性”だからな。
『俺の話しはこれくらいにして
今度は龍生のピアスについて教えてくれるか?
話したくないなら、無理に聞かないが……』
やっぱり、大翔は優しい。
『ありがとうな、大丈夫だ。
これは…… 一年前に別れた元彼に開けられたんだ……
独占欲と束縛が酷い奴で
自分に依存させようとしたくせに
浮気した上に相手の女が妊娠すると
あっさりと俺を捨てたんだ。
結局、一年経っても外せないままで……
このマンションは元彼と別れた後に引っ越して来た部屋で
誰かを呼んだのは家族以外は大翔が初めてなんだ』
話すと決めたのは俺なのに
次に大翔が何を言うのか、
何を言われるのか怖いと思った……
『龍生』
名前を呼ばれてビクッと肩を揺らした。
『辛いことを話してくれてありがとうな』
あ……
大翔の言葉に涙が零れた。
『ひっく、ひっく、』
いい年した大人が年下の恋人の前で泣くというのも
どうかと思ったが堰を切ったように止まらなくなった。
『頑張ったな、ピアスは一つずつ
外せるようになればいいと思う。
最後のピアスを外せた時、龍生が本当の意味で
元彼の束縛から解放された時だと思うから
俺にも手伝わせてほしい』
ぎゅっと抱き締められた。
『俺が龍生を抱く度に一つずつ外していく
っていうのはどうだ?
ただ、これはあくまでも提案であって
強制じゃないから龍生の気持ちを優先する』
その提案に俺は心が温かくなった。
『わかった…… 早く外せるように手伝ってほしい』
いつまでもあいつに囚われていたくない。
『もとよりそのつもりだよ。
全部外せたら、俺からプレゼントやるよ』
俺を喜ばせるのが上手いな。
『頑張る』
抱き締められたまま頷くと背中を優しく撫でられた。
ある程度落ち着いた後、夕飯を作り、
明日は日曜日ということで
大翔は泊まっていくことになった。
『どうする? 一回目は今日するか?
それとも日を改めるか?』
そう訊かれて一瞬迷って、今日がいいと答えた。
『わかった』
事後、俺のピアスは一つ減って四つになっていた。
大翔のおかげで第一歩を踏み出せた。