互いに睨み合い牽制する。
あの4人を逃がしたまでは良い。だが、この後の展開について正直何もプランがある訳でもない。
先程の冒険者達が多少は攻撃していたようだが、全く効いている様子がないな。
あの鱗、これ《旅人の短剣》で貫くことは正直不可能だろう。あの大男の斧攻撃でさえ弾かれる程の耐久力。しかしこう言ったモンスターは、魔法の体制が少ないとみえるが、今の私は相手にダメージを与える程の魔法も魔力なんてものもない。
『どうしたものかぁ。でも、今あるスキルを回してどうにか撃退するくらい出来れば、って 何を弱気に考えてるんだ!相手の弱点を探しながらのトライアンドエラーでやるしかないだろ。』
まぁ、トライアンドエラーなんてしてたら、命がいくつあっても足りないがな。とりあえず、奴の攻撃を避けながら隙を探すしか、
『!!』
奴はこちらに攻撃を仕掛けてくる。突進をしてきたと思えば、尾を使った攻撃で私を襲う。
《風の権能》発動により、見切りに補正が着いていたおかげもあり、何とか既の所で回避することが出来た。
『あっぶなぁ、 悠長に考えている時間は無いな。こうなれば、回避に専念しながら探る他ない。』
《スキル:黒兎月歩》発動
跳躍値を補正しつつ相手の攻撃を避け続けるしか今は無い。しかし、こんなのいつまで持つかも分からない。奴は火球を放つ体制をとる。この瞬間だけ、やつの足は歩みを止めるようだ。
この隙に、肉質部位の柔らかい所にこの短剣をぶち込めれば、あるいはダメージに繋がるかもしれない。
な・ん・だ・が。
『無理だろ!こんなの!火球の体制取ったとしても、こいつの溜め時間があまりにも短い。その隙に相手の弱点を探し当てて狙うなんてさ!至難の業過ぎてとてもじゃないが無理だ!』
そんなことを考えていると、火球が私を襲う。
しまった、上空に回避する事を詠まれた!ちくしょう。これは回避不可攻撃になり得る。火球の光源が私を襲う中、地上より詠唱が聞こえる。
『風よ 我権能を抱き 暴虐なる物を貫け マジックウィンド!』
詠唱と共に 木江の杖から風の刃が放たれた。
その風の刃は奴の下顎に直撃する。火球攻撃がキャンセルモーションへと移行する。
下を見ると、先程逃げた女冒険者が魔法攻撃をし、私を助けてくれた様だ。この隙を逃しては意味が無い。
今の攻撃を受けて、奴は怯んだ。つまりやつの弱点、そこは下顎付近の、あれは!逆鱗か!なるほどな。あの逆鱗こそが弱点って訳だ。それが分かれば、やりようはある!
《スキル:黒兎月歩》発動
《エクストラスキル:風の権能》発動
効果により俊敏性向上 させる。そして、まだ使っていないスキルの本流を試す時だ。
あの兎を倒した時に獲得した、スキルポイント3Pを黒兎月歩へ振れば、スキルが成長する。
《スキル:黒兎月歩のレベルが上昇 スキル効果追加》
《スキル:黒兎月歩から 黒兎月歩【月(ルナ)】へと進化しました。》
この3Pでスキル進化が出来たのはでかいぞ。この状況を打破するには必要な事だ。《黒兎月歩【月】》のスキル効果は、空中に踏み込み可能な足場を生成する事が出来る。つまりだ、このスキル効果があれば、あのモンスター(黒い兎)のように、奴の周りを自身の跳躍力と《風の権能》で上昇している俊敏性も合わされば、この戦の不利を補える。
『あの人、大丈夫なんでしょうか。あの《空の狩人》ワイバーン相手にあんな装備で。』
『俺たちなんかより、レベル自体も低そうだが。推奨レベル3のワイバーンと戦うあの嬢ちゃんは何者なんだ!』逃げたはずの冒険者たちは、荒野の岩陰で仲間の治療をしながら戦いを観ていた。
奴の攻撃は先程と違い、こちらの動きを捉えきれていない。この隙に逆鱗狙うことが出来れば良いのだが。
その後も何度も攻撃をしてみたが、一向に逆鱗に当たる気配がない。そろそろ短剣の耐久値も限界手前と言ったところ。
どれだけ攻撃しても私の攻撃じゃ火力が足りない。鱗部位が硬すぎる。次第に奴もこちらの動きに順応するのも時間の問題か。それに、自身の体力にも限界がある。あの女冒険者に魔法の援護に期待するにしても、さっきの一撃でMPを使い果たしている様子だ。どうにか打開策を考えないと。
奴のアドバンテージは空中戦と火球攻撃。こちらはスキルでギリギリ回避はできている。だが、こっちの攻撃手段が少なすぎる。私の武器もボロボロだ。次の攻撃を確実にあの逆鱗に当てなければ、勝てる見込みも無い。勝てなければ終わる。
確実に、当てる状況を作る。
奴の激しい攻撃の最中私は考える。
いや、、ある。確実に奴が油断する状況が!
いつ来るかも分からない、火球攻撃を待つのは体力的に厳しい。ゲームでもそうだ、対人戦で相手の動きを待つ戦法は、こちらが待つことで発揮されるアドバンテージが有るからこそ成立する話だ。どう考えても不利な状況の中に、待ちの姿勢 隙が産まれるまでがむしゃらに攻撃しても埒が明かない。
次の瞬間、身体に衝撃が走る。クソッ。
油断していた、奴はこちらの動き予測し、私を蹴手繰り落とす。地面への落下に対応することも出来ず、硬い荒野に叩きつけられた。
痛いで済むものでは無い。かなりの重症だと、自分でもわかる。脚の骨と肋骨のいくつかが折れたようだ。
『ウッ。』
叩きつけられた衝撃からの吐血が私の眼に映る。
身体が悲鳴をあげている。痛い。元の世界でもこんな痛みは経験したことがない。意識が朦朧として、頭が回らない。これ、私の血か。凄い量だ。
死の間際ってのはこういう事なのだろう。
完全に油断したな。
あぁ、ほんとに油断した。
人は死の間際、走馬灯を観るとよく言われているが、私には走馬灯は浮かばなかった。
『ハハッ。私の頭は、この状況が楽しいと感じて仕方ない!』
油断した?いいや、この状況が最前。私のベストだ。
鋭い牙を剥き出しにした奴が私に向けてくる。血なまぐさい臭いが鼻腔を刺激する。奴にとって私は餌に違いない。そうさ、トドメのとして私を喰らうこの瞬間。ようやく空から降りてきたな。
『この瞬間を待っていたさ!』
《スキル:黒兎月歩【月】》発動 !!
スキルにより生成される足場を自身に纏う。
円形の、まるで魔法陣のような足場と奴の牙がぶつかり、鍔鳴りの様な音がする。
このスキルが空中戦での足場だけに使用可能とは、まず書いてないからな!スキルの応用力。
『こちとらここに来る前から辛い通勤ラッシュの最中、自作キャラでありとあらゆる戦い方を妄想しながら電車通勤して来たんだよ!!』
予想外の展開に奴自身、戸惑っているようだ。奴は必死に噛み砕こうと抵抗する。しかしそれもここまでだ。
『勝負あったな!ワイバーン!! 満身創痍だぁ?違うね!初めからこれが狙いなんだよ!』
外からの攻撃は、他の鱗が邪魔で狙いずらいが、肉質の柔らかい口内なら装甲なんか関係ねぇよなぁ!
短剣を奴の喉下に突き刺す。
広い荒野に静寂が訪れた。
かなり疲れた。
正直ギリギリの攻防だった。今は勝利を喜ぶよりも先に意識が朦朧としている。それもそうだ、これだけの負傷をしているのだから、死んでない方が奇跡だろう。ボロボロの服にズタズタの脚。息をする度に肺に折れた肋骨が食込み激痛がする。寒い。
『ハハ、もう。意識が...。』
私の視界は暗転した。