一応約束してしまったので俺は憂鬱ではあるものの時間に間に合うよう余裕をもって起きてしっかり朝ご飯を食べて、いま部屋に何故か置いてあったドレッサー?の前で睨めっこしているところだ。
「……可愛いなあ……凄い美人」
『……あう』
自然に出る本心。
あ、ニーナさんおはよう。
『……うん』
この顔になってちょうど1週間。
少し慣れてきたけどここ最近の怒涛の展開で正直食傷気味だ。
俺は今、美女の実力に改めて恐れおののいていた。
「ねえニーナさん。お化粧とかした方が良いのかな?」
今まで化粧水と乳液しか使ったことないんだよね。
顔のマッサージとか眉毛抜いたりとか色々手入れはしているけど、この顔は何もしなくてもメチャクチャ美人だ。
まつ毛もすごく長くて可愛い。
自分で見つめていても青い瞳にドキドキしてしまう。
『うん。一応軽くお化粧した方が良いかな。沙紀さん?だっけ。あの人結構派手だよね』
「そうだね。いつもばっちり化粧しているイメージだね」
うーん。
一緒に行動する二人が片方メイクばっちりで片方ノーメイクはまずいのかな。
……なんか嫌味っぽいかもだよな。
しょうがない。
可愛いニーナさんになってみるか。
「ねえニーナさん。お化粧ってどうやるの?」
『そうだね。まずは軽くファンデーションで少し明るい色にしてみようか』
おおう、頭の中に指示が手順付きでイメージされてくる。
実は昨日話している時にこういう事も少しだけど出来るようになったんだよね。
「ふむふむ、なるほど……ふわあ、やばいね……超かわいい」
いつも奇麗だけど、少しお化粧したらイメージが変わる。
頬が薄っすらピンクで唇も艶々だ。
アイシャドウ?少し試してみたら目が強調されて……うわーコレ魔眼?っていうくらい魅力的になった。
「ねえニーナさん。これやばくないかな」
『あー、うん。ちょっとやり過ぎ感あるよね』
彼女が暮らしていた異世界でももちろんお化粧はあったらしいんだけど、今の地球の方がはるかに安価だし物も良いらしい。
『くうっ、元が良いとこんなにも映えるのね。……ちょっと悔しい』
なんかニーナさんぶつぶつ言ってるな。
……元の顔ってどんな顔だったのかな。
俺の考えたことはニーナさんに伝わる。
そして無意識でニーナさん自分の顔を思い浮かべそうになった。
イメージがつながりそうになる。
「っ!?ニーナさん、ストップ」
うう、危ない。
一瞬警告がちらついた。
『あっ、ごめんね!?……ふう、気を付けなくちゃだね』
もちろん彼女が個人的に思う事は問題ない。
ただ今みたいに無意識でも俺にイメージが来てしまうとアウトのようだ。
「今お化粧の事でイメージ繋がっていたからね。俺も気を付けないと」
『うん、便利だけど怖いね』
「そうだね……あっ、アラーム鳴った。そろそろ行った方が良いかな」
スマホからアラームが聞こえてきた。
9時30分と表示されている。
一応心配でセットしておいた。
家から待ち合わせの駅までは10キロほど離れているが道中ほとんど信号も無いので15分あれば余裕だ。
流石に10分前くらいに行くのは社会人として当たり前の礼儀だろう。
「よし、覚悟決めるか」
俺はオシャレな鞄をしっかり確認し軽トラに乗り込んだ。
※※※※※
駅の待合室で私はスマホを見ながらウキウキしていた。
約束は10時。
でもなんだか落ち着かなくて実は9時過ぎから可愛い後輩、まことを待っていた。
いつも職場で見慣れた木崎まこと。
あの子は入職直後から確かに可愛くて評判になっていたはずだ。
でも……何故かうっすらとしか記憶がない。
可愛いくせにそっけないし言葉遣いは男の子?というよりおっさんくさい時がある。
仕事は真面目だし農家からの信頼も厚い。
「うーん。何かおかしいのよね……コンビニで見た時かなり驚いたし」
そもそも私、男女問わずかなりの面食いだ。
どうしてあの子に今までアプローチしなかったのか物凄く不思議だ。
「コンビニのまこと、凄く可愛かったな♡」
何故かおどおどしていたのも非常にポイントが高かった。
……ちょっといじめてみたくなっちゃう♡
「でもまさかあんな事になるとはね……」
水曜日に珍しくまことが仕事を休んだ。
あの子多分今まで有給消化したことがなかったはずだ。
うちの職場がカオスに包まれる事態になったんだよね……
「生理って言っていたから、別に特別の事じゃないけど。センターの皆が一斉にメール打ち始めた時はガチで怖かったな。……大和死にそうな顔して心配していたし、篠山課長は……うん。むしろ刑務所じゃなくてよかったよ」
あの子が休んだだけで課長は休職で入院、大和なんか異動だし。
小林はただの馬鹿だね。
うわー、考えたら職場とはいえあの子傾国の美女みたいだね。
「ふふふっ。今日は私が独り占め……ああ、楽しみだな♡」
「何が楽しみなんだ?なあ、俺にも教えろよ」
「っ!?……なんだ。正樹か。……あっち行って」
私が色々考えていたら先週ドタキャンした正樹が相変わらずチャラチャラした格好で私に話しかけてきた。
見た目は良いから何度か遊んだけど。
コイツ手癖悪いから実は先週別れ話しようと思っていたんだよね。
すぐホテルとか行こうとするし。
何故か隣に座る正樹。
甘ったるいにおいが鼻につく。
コイツ香水センス悪すぎ。
「つーか駅で待ち合わせとか高校生かよ?まさかお前ガキに手出してるんじゃねえだろうな」
「うるさいな。正樹に関係ないでしょ。ていうか何隣に座ってるのよ。もう来ちゃうから、あっち行ってよ」
ちらっと確認したスマホは9時45分。
きっとあの子真面目だから10分くらい前には来るだろう。
何となくだけど、まことをコイツに合わせてはダメな気がした。
「なんだよ。本当に待ち合わせかよ。誰だよ?祐輔か?それとも智樹さんか?」
「誰でもいいでしょ?ていうか私先週の事まだ頭に来てるんだからね。ほら、帰ってよ」
正樹は舌打ちして立ち上がる。
一言も謝罪がないどころか舌打ちって……
はあ、一時とはいえなんでこんな奴と遊びに行ったんだろ私。
まあエッチとかしてないから逆に良かったけどね。
後で連絡先消しておこう。
SNSも全ブロックだね。
そんなタイミングで駅の構内にどよめきが湧いた。
田舎の駅だから人はそう多くないけど10時くらいは電車が来るため意外と人が多くいる。
メチャクチャ美人で可愛い女性がキョロキョロしながら駅に入ってきた。
「……うわ、やばっ、可愛い♡……おいっ、あの子お前の職場の後輩だよな」
くっ、最悪だ。
私は嫌な予感に包まれる。
きっとこいつまことの事気に入ってしまう。
コイツ、女慣れしているから、まことが危ない。
「まあね。……ほらっ、何やってんのよ。さっさと帰りなさいよ」
「……お前待ち合わせってあの子か?」
「っ!?な、なによ。あんた関係ないでしょ?……まこと、行こっ」
私は慌てて立ち上がりまことの手を取り駅から出ようとした。
「えっ?沙紀先輩?……あれ?正樹さん?……んん??」
「いいから。私の車駐車場にあるから、一緒に行こうね」
腑に落ちないような顔をするまこと。
うわー、お化粧してきてくれたんだ。
スッゴク可愛いし、いい匂いする♡
服も良いセンスしてる。
カッコ可愛いい♡
「おい、待てよ。……まことちゃん、こんにちは♡」
正樹が私たちの前に立ちふさがった。
コイツ、まことの胸ばかり見ている……きもっ!
ああ、最悪。
「はあ、こんにちは。……沙紀先輩、正樹さんと用事なら、俺、いや私、帰りますよ?」
うう、ダメだよ。
私ガチで楽しみにしてたのに。
でも、どうしよう。
この流れはまずい。
「ねえ、まことちゃん。じゃあさ、一緒に遊ぼうよ。沙紀、良いだろ?」
「えっ?……嫌ですけど」
「「はっ?」」
えっ?
何この子?
正樹クズだけど見た目だけはいいのに?
即答とか!?
……ははっ、受ける!
正樹挙動不審になってるし。
ざまあ。
「沙紀先輩?正樹さんと用ではないのですか?」
「う、うん。たまたま会っちゃっただけ」
「ふーん。じゃあ正樹さん、さようなら。……沙紀先輩、行こう」
私の手を取って歩き出すまこと。
何故か胸がどきんと跳ねた。
「あ、うん。……行こう♡」
※※※※※
勢いで沙紀先輩の手握っちゃったけど……
手、ちっさ。
なんか柔らかいし……
うう、顔赤くなりそう。
『エッチ』
ぐうっ、あの、これは…
『フン』
うあ、くっ……違うからね?
べ、別に好きとかじゃないよ?
『………ふーん』
「まこと?……ありがとう♡」
突然話しかけてきた沙紀先輩。
俺は思わず振り向いて驚いた。
えっ?
なんで顔真っ赤なの?
目も潤んでるし!?
「え?あ、その……ごめんなさい、手、握っちゃってましたね……はは、は」
俺は慌てて手を放そうとしたんだけど……
ひうっ?
な、何故に恋人つなぎ!?
沙紀先輩指を絡ませてきたし?
「もう♡……まこと、可愛いし、かっこいいね♡」
「え?……その……ありがとうございます?」
何これ。
どうすればいいの?
ニーナさん、助けて!
『なにさ、いちゃいちゃして。ふんだ』
ぐふっ。
俺はなぜか涙目で沙紀先輩の車に連行されることになった。
先が思いやられる。