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第22話 東京へ行こう1

あの後沙紀先輩の車で俺たちはショッピングモールへ行き、新しいテナントの店を見たり、お洒落なカフェで食事をするなど、心配するようなことも殆どなく意外と楽しく時間を過ごす事が出来た。


沙紀先輩はすごくお洒落に敏感な人で、実は彼女デザイナーになりたくて専門学校へ行っていたらしい。

でも家庭の事情でどうしても実家にいなくてはならなくなり、親戚の紹介で農業関係のわが社に勤務することになったそうだ。


沙紀先輩に色々アドバイスしてもらって一式新しい服買ったんだよね。

流石にセンスがいい。

凄くカッコいい服で素直に嬉しかった。


意外といえば正樹さんとはただの友達で、今日の事とか先週のドタキャンで沙紀先輩かなり怒っていました。

もう会わないって宣言していたしね。


俺恋人同士だと思っていたからかなり驚いたよ。


「アイツ、手癖悪いのよね。私と遊んでいた時も違う女と付き合ってたし。まことのおかげですっきりした」


ん?

俺ナニカしましたかね?

わからん。


あー、でも俺たぶん女の人と出かけたのって高1の時真琴と遊んでから以降、初めての事だった。

最初はちょっと嬉しかったんだけど。

まあ一応今俺は女の子だし、沙紀先輩もそれは承知で、仲の良い友達みたいだったんだけど……


なんか距離感がおかしいっていうか……

その、すごく目が怖い。

ニヤっとするとき爬虫類っていうか、蛇みたいなんだよね。


試着の時乱入してきて俺の体のあんなとこやこんなとことか触ってくるし……

それになんかハアハアしていて……


うう、やっぱり沙紀先輩恐い。


その後取り合えずお出かけは無事終了しました。

ニーナさんの機嫌が悪くてちょっと寂しかったけどね。


まあ寝る前にはいつものニーナさんだったので良かったけど。



※※※※※



そんなこんなで今日は火曜日。


昨日消防団の練習があってちょっと寝不足気味ですが。

東京の市場へ行く日で今回は1泊で5社訪問する行程だ。

しっかり気合を入れねば。


今回行くのは俺と君島代理、それから部会長の邦夫さんと副部会長の柳下直樹やなぎしたなおきさんの4名。

現地でうちの組織の上部組織、農連という団体の東京花卉担当の山岸考査役が合流する予定になっている。

農連って言うのは市場関係者からすると実は、ヤ〇ザより怖い組織だ。


特に金銭関係がえぐいんだよね。

回収率ほぼ100%は伊達ではないらしい。

あと少しでも経営とかが危ないと判断されると『指定』をはずされる。

そうなるとその県の生産物が来なくなってしまうので結果的につぶれてしまうこともある。


まあうちの県は農業王国なので、特に強いらしいけど。

一応農連の担当山岸さんも田舎出身です。

農連は単身赴任あるんだよね。

主に東京・名古屋・大阪・福岡に県の販売事務所を構えている。


うちの組織は単身赴任とか殆どないよ?

まあ『出向』とかで優秀な人は行くらしいけど、主に金融などの職員が対象になる。

俺たち販売や指導の職員には縁がない世界だね。


「まこちゃん、よろしくな。……運転大変なら声かけてな」


うちの会社所有の7人乗りのワゴン車で自宅まで迎えに行くと、そんな声を掛けてくれる邦夫さん。

後ろで相変わらず可愛らしい一美さんがにこやかに手を振ってくれた。


もちろん農家さんに運転させる訳ないけど、そういう一言で心が軽くなるから不思議だ。


「ありがとうございます。安全運転で行きますね」

「あら、邦ちゃん、まことにはずいぶん優しいのね。一美ちゃんに言っちゃおうかしら」

「おいおい、勘弁してよさゆりちゃん。ったく、そういうこと言うからお前恐がられるんだろうが」


流石同級生。

田舎の同級生は異様なほど仲がいい。

何しろ生まれてからの付き合いだ。


「ふふっ、邦夫さんと君島代理、相変わらず仲良しですね」

「「違うし」」

「息ぴったりですね」

「「ぐうう」」


良い雰囲気だ。

後ろで副部会長の直樹さんも笑っている。


今回はうまくいく気がしていた。



※※※※※



途中コンビニでお茶とかコーヒーなど購入して、色々打ち合わせをしながら車は順調に高速道路を進み始めた。


会社所有とはいえ一応高級な部類の車だ。

とても具合がいい。


「いいなあ、この車。……新車だと600万円くらいするもんね。とてもじゃないが買えないや」


我が社は田舎としてはまあまあいい企業だ。

特にうちの会社は昔ながらの『生産物を中心とした』まっとうな『農業組織らしい』会社。

どこかの都会にありがちな金融や共済っていう保険中心の組織とは訳が違う。


規模は小さい組織だけど夏場の総販売額は300億円を超える。

組合員が2千人くらいしかいない事を考えれば異常な金額だ。


一家当たり販売額の平均が1500万円以上だもんね。


管内で一番売り上げ多い農家さんは3億越えらしい。

年収やっと300万円を超えたくらいの俺には想像もつかない金額だ。


なのでこういう市場へ行くための車とかは良いものを揃えていた。


最初は給料とか安いし『推進』とかいう意味の分からない押し売りみたいな業務もあるけど……


君島代理クラスだと年収は600万円を超えてくる。

退職金も田舎企業としては多い方だ。

俺も普通に勤め上げれば2500万円くらい貰えそうだしね。


高卒でも入れるし、俺みたいに現場だと夏は超勤とか忙しくてしんどいけどちゃんとお金で払ってくれる。


去年の夏、俺手取り額が倍以上になっていてびっくりしたもんな。

もちろん殆ど休みなかったけど何か?


でもコンプライアンスとか色々あってこれでも改善してきているらしい。


しょっちゅう『職員を休ませろ』とか部長から言われていて『はあ?なら代わりの人間よこしなさいよ!!』って、君島代理がメチャクチャ文句言っていたのが印象に残っている。


「なあ、まことちゃん、今年のグラ、新品種ってどのくらい入ったの?」


そんなことを考えていたら直樹さんが俺に問いかけてきた。

この人は今35歳。


Iターンで隣町に移住してきた5年目の独身男性。


なんかIT企業に勤めていたらしいけど、昔から農業に憧れていたみたい。

あまりの激務に上司と大喧嘩して、いい機会だということで町が募集していた新規就農者募集に応募した人だ。


頭がとてもいい人だけどちょっと細かい所があって実は少し苦手なんだよね。

悪い人ではないんだけど。


「えっと、5品種入ってきています。あれ?2品種はもう頼みましたよね」

「うん、だけどさ、まだ余裕あるんだよね。もし植える人いないなら引き受けるよ」


専門はグラジオラス。

大体年間1500万円くらい販売する。


花農家でこの規模は管内ではかなりの上位だね。

花は野菜に比べて経費率が低いから、結構儲かっている農家さんだったりする。


「そうなんですね。帰ったら確認してみます。木下君に管理させていたから俺、いや私あんまり把握していなくて……」

「ああ、まあ彼も真面目くんだもんな。ていうか彼に運転させればいいのに。まことちゃん、指導忙しいでしょ?」

「ははは、は」


うん、実はまだ大和の事を農家さんは知らない。

大っぴらにいう事でもないしね。


まあ業務上問題が出るからいつかはちゃんと発表しなきゃだけど……

少なくとも平の俺が言いふらしていい案件ではない。


「あー、その直樹君?大和ちょっと事情で急遽異動になったんだよ。取り敢えず私が引き継いだから会議終わったら私から連絡します」

「えっ?まじで?……ていうか会社大丈夫?確かにうちの組織野菜中心だけどさ。花だって少ないとは言え売上3億くらいあるじゃん。ちょっと野菜に偏りずぎなんじゃないの?予算とか、職員の数とかさ」


直樹さん、不満顔をした。

確かに花農家さんたちは少し肩身の狭い思いをしているんだ。


「おいおい直樹、まこちゃんやさゆりちゃんがいるんだ。それにあの菊野原次長だって。問題ないよ?このおばさんめっちゃ仕事できるのお前だって知ってるだろ?」


おおう、ナイスフォロー?なのか?

君島代理めっちゃ睨んでいますけど!?


「まあね。君島さんは確かにすごい。俺も前の仕事でいろいろ人見てきたけど、君島さんクラスはそうそうお目にかかれない。菊野原次長は…うん、やばいね。……まことちゃんも今時珍しいくらい仕事一生懸命だもんな」


おう、高評価だ。

照れる。


「まあそういう事だ。……さゆりちゃん睨まないでくれるかな。お互い50だぞ?おばさんだろうが普通に」

「……そうだけどあんたに言われるとむかつく」

「ぐうっ」


ははは、本当に仲いいね。


俺はそんなやり取りを横目に最初の休憩のためサービスエリアへと車を進めた。


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