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第31話 地域の行事

あの後そのまま眠りについてしまった俺はお腹が空いて朝5時に目が覚めた。

うっかり化粧水のお手入れもしなかったので心なし顔が突っ張る感じがする。


「うう、お手入れ忘れた。顔がカピカピしてる……化粧水…の前に一度洗うかな」


洗面所で顔を洗い歯と舌を磨き、マウスウオッシュで口をゆすいだ。

鏡に映る顔がいつもより血色が良いように見えるが……


「???」


どうしたんだろう?


『うう…』

「あ、おはようニーナさん」

『…うん』


???


まだ眠いのかな。


俺は部屋に戻りドレッサーに座り化粧水を馴染ませた。


「はあ、気持ちいい。うん、こりゃもう手放せないね。……いい匂い」


いつもならそのまま乳液も使うんだけど今はお腹が減ってしまっている。

台所へ行き冷凍庫から肉じゃがを小分けしたタッパーを取り出し解凍、同時にベーコンを炒め、色がついたころに卵を落とし蓋をした。


「あとはレタスをちぎって……と」


卵が固まったら準備完了。

食器を並べて椅子に座る。


「いただきます」

『肉じゃが美味しいね』

「ははっ、良かったよ。いつも少なくは作れないから大目に作って小分けして冷凍するんだよね」

『まこと、主婦みたいだね。……いいお嫁さんになれそう♡』

「そこはせめて主夫、とか言ってよね」

『ふふっ』


ああ、良いなホント。

傍から見たらひとりでしゃべっている変な人に見えるんだろうけど。


俺ニーナさんに会えてよかった。

でも……


いつかニーナさんとは別れるんじゃないかって最近ずっと不安に思っていた。

どうしてそう思うのか分からないけどね。


『………』



※※※※※



今日は昭和の日、祭日だ。

うちの地区は毎年この日に地区の行事として『道普請』という作業を行う決まりになっていた。

道普請は道路の雑草を除去したり、ひび割れた舗装を直したりと、役場が対応できない細かい所を自分たちで行う作業の事だ。

もしかしたら田舎特有の行事なのかな?

思い返せば高校まで住んでいたあの街ではなかった気がする。


そんなことを想っていると、地区の公民館に作業のできる格好で区民が集合してくる。

俺も髪を後ろで縛り、つばの大き目な帽子をかぶり、何故かクローゼットにかけられていたグレーのつなぎを着用し、首には可愛らしい緑色のタオルを巻いて、軍手と長靴。乳液と日焼け止めをしっかり塗って準備完了。

ジョレン片手に集合場所の公民館の庭で隣の家の佐藤のおばちゃんと話をしていた。


「佐藤のおばちゃん、この前はすみませんでした」


怪我はたいしたことがなく、少しすりむいた程度で本当に良かった。

あの後謝りに行ったら逆にいろいろお菓子などを頂いてしまっていた。


「まことちゃん、おはよう。偉いわね、女の子なのに道普請出るなんて。いいのよ、たいしたことなかったからね。んもう、本当に可愛いわ。ねえ、ちょっと年上だけどうちの息子と結婚しない?まことちゃんならおばさん大歓迎なんだけど」


「あはは、えっと、ま、まだ結婚とか早いかなーって。あはは……」


良い人だけどぐいぐい来るんだよね。

俺の顔見るたびいつもこういうこと言ってくる。

確か俺が男の時は……


「ねえ、親戚で30歳の独身の子がいるのよ。お見合いどう?」


とか言われていたな。

あっせん業とかやっていたのだろうか?


「ハイ皆さん、ご苦労様です。それでは区長、挨拶お願いします」


時間が来て区の偉い人が挨拶を始めた。

まあ、偉いというよりは順番で役を当てられるようだけど。

今の区長さんは野菜農家の60歳くらいのおじさんだ。


「えーそれでは皆さん、怪我とかしないように各分担場所をお願いします。時間は2~3時間くらいで。午後は自宅の最寄りをお願いします。夕方4時から公民館で慰労会を行うので皆さん是非出かけてくださいね」


いくつか区の連絡が終わり、作業分担表が張り出され、いよいよ始まる道普請。

俺達の班の担当はこの公民館周りだ。


最初は側溝の落ち葉集めからだね。

二つ隣の家のおじさん、正夫さんがどんどん側溝の上を覆っている金属製のグレーチングを外していく。

流石現役の農家さんだ。

力があるね。


「よーし、じゃあ女性の皆さんは落ち葉回収と草刈り機で刈れない細かい草の除去をお願いします。草刈り機持ってる者はどんどん刈って行ってくれ。出した葉や泥は等間隔でまとめといてくれ。あとで軽トラで回収するからな」


班長の巌さんが指示を出す。


うちの班は8名。

俺と隣の佐藤のおばちゃんと、新興住宅に3年前くらいに引っ越ししてきた佐竹さんの奥さん、美幸さんの3人が女性で後はおじさんたちだ。


「じゃあまことちゃん、頑張ろっか。美幸ちゃんもお願いね」

「はい」

「ええ」



※※※※※



以前は結構重労働で、ガチで道路の修繕が中心だったそうだ。

重機とか持ってきている人も居たそうだが、過疎化が進み人口が減った今は掃除が中心になってきていた。


だから作業自体も大分軽減されており、区民の顔合わせが中心みたいになってきたと佐藤のおばちゃんがレクチャーしてくれた。


なので実際の作業は2時間もかからない。


「あんまり頑張っちゃうと時間が余るからね。休憩はさみながら作業しましょう」


佐藤のおばちゃんはコミュニケーション能力が半端ない。

気が付けばおばちゃんを中心に殆どの班員が話に花を咲かせていた。


俺もジョレンを下ろし一息つく。

以前ならタバコの時間だね。

吸いたいと思わなくなって良かったよ。


「まことちゃん、つなぎ、可愛いね」

「ありがとうございます。これ、結構便利なんですよね」


佐竹美幸さんが話しかけてきた。

3年くらい前に家族3人で東京から引っ越してきた30代の夫婦と小学生の男の子がいる家庭だ。

旦那さんは隣町の会社でプログラマーをやっているらしい。


「まだ五月の前なのに暑いね。まことちゃん連休はカレンダー通りなの?」

「ええ、うちはそうですね。資材課の皆は交代で出勤ですけどね」

「女の子なのに指導員なんでしょ。大変ね」

「意外と楽しいですよ?俺、いや私の性格に合っているみたいです」


美幸さんは今臨時で保育園の保母さんをやっている。

とても優しい人で、いつも大体一人でいる俺に声をかけてくれていた。


「美幸さんこそ保母さんって大変なイメージがありますけど」

「うん、そうね。給料は安いし、結構重労働だし……怖い親御さんもいるからね。でもまことちゃんと同じで私性に合っているのよね。子供好きだしね」


子供好き、か。

俺はどうなんだろう。


もし今のままなら想像もつかないけど俺が産むのか?

誰かと結婚して!?


いやいやいや、無い無い無い無い。


絶対成功させて、俺は男に戻る。

そしたら…



※※※※※



「はーい皆さん、お疲れ様です。お茶どうぞ!」


考えに思考を奪われていたらそんなタイミングで区の役員さんがお茶を配りに来てくれた。

作業の減った今大体9時過ぎには配りに来ることになっていた。


「まことちゃん、お茶貰いましょ」

「はい。……えっと、あっコーヒーが良いかな」


俺がコーヒーをもらおうとしたら配っている役員の一人、役場の係長さんの菊池さんが声をかけてきた。


「まことちゃん、つなぎカッコいいね。最近バイク乗っているの?なんかこの前事故ったって聞いたけど」

「うっ、えっと、ははっ、ちょっと転んじゃいましたけど…昨日修理終わって慣らしはしました」

「ふーん。たしか1100ccだよね。いいなあ。俺も独身の頃はさ、900㏄に乗っていたんだよね。結婚したらもう乗れる機会無くてさ。この前かみさんが『邪魔だから売ればいいじゃん』とかいうし」

「ははは、大変ですね」

「まあしょうがないけどね。まことちゃんも気を付けてな。女の子なんだから傷でも残ったら大変だ」


そんな話をして他の場所へ配りに行くため菊池さんは去っていった。

皆また話をはじめそれぞれ飲み物を飲み始める。


「まことちゃん、オートバイ乗る人なんだ」

「ええ、子供の頃から憧れていて。結構大きいバイク乗っています」

「かっこいいね。美人さんが大きいバイクとか、スッゴクモテそう」


ああ、確かにね。

俺も昔ツーリングで行った先で女の人とかが大きいバイク乗っているの憧れたもんな。


「うちも旦那昔乗っていたみたいだけどね。『道楽は卒業だ』とか言っちゃってさ。まあ確かに事故とか心配だけど、変な趣味よりよっぽどいいと私は思うけどね」

「美幸さん理解あるんですね。……いいなあ、そういう女の人」


つい本心で言葉がでた。

同僚や先輩でバイク乗る人いるけど大体自然に乗らなくなってしまう。

どうしても家族の理解が得られにくいからだ。


「っ!?もう、何よ、まことちゃん。……そんな目で見られるとおばさんでもドキッとしちゃうでしょ?もう、美人さんってズルいわね」

「えっ?はは、そんなことないですよ。美幸さん、『お姉さん』って感じじゃないですか」

「あら、うれしい。……あっ、そろそろ作業開始するみたいだね。がんばろ」

「はい」


ふう、俺は将来どうなるんだろう。

もし戻れて結婚するとして……

バイク乗れなくなるのかな……


『ねえ』


そんなタイミングでニーナさんが話しかけてきた。


ん?


『そ、その、わ、私は別にいいよ?その、まことバイク乗っても……』


えっ?

あ、うん。

ありがとう。


『か、勘違いしないでよね!?一般論よ、一般論』


あ、うん。



※※※※※



うわあ。

すげー嬉しいかも。


少なくともニーナさん、きっと俺の事嫌いじゃないと思う。

だって……


後ろに乗りたいって……

伝わってきた。


ああ、おれやばい。

まだ何も決定的なことないけど……


ずっと一緒にいたいと思ってしまう。


もしもニーナさんが……『真琴』だったら………



※※※※※



俺は無意識ではあったが初めて具体的に名を呼び考えてしまっていた。

運命が動き出すとも知らずに。


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