東京のベンチャー街の片隅。そこに悩める営業マンたちがいる企業「カシワギ」があった。その会社の営業部は、一言で言うと地獄だった。
「今月の目標は契約件数1人50件! なあに……一日3つ取れたら余裕だぜ?」
「無茶なノルマだよ……」
そして契約ゼロで帰って来た日には更なる圧力をかけられる。
「お前……顔が◯んでるけど大丈夫? やれば出来る時が必ず来るのさ。ちゃんと生きて口角上げればな。契約のためなら……資料作り直しだって苦ではないだろう?」
さらに朝礼での公開叱責。
「林くんの今月の契約件数0件。お前もう終わったな。みんなはこうならないようにねーやれば出来る。信じる者は救われる!」
成績最下位の社員・林は、毎朝「契約、契約……」とつぶやきながら出社していた。
そんなある日、彼は路上で名刺を拾う。名刺にはこう書かれていた。
【金の営業戦士、スーツ侍・ヒデヨシ】
「
その瞬間、ビル風が巻き起こる。道の向こうから現れたのは、黄金色のスーツにマントをなびかせ満面の笑みを浮かべた一人の男。
「おおっ、拾ってくれたかぁ! そいつは
「は……?」
「金の営業戦士、スーツ侍・ヒデヨシ! さあ、今日から笑って交渉だ! お前の夢、俺が通すからさ!」
人の心を読み、笑顔と話術でどんな難局も突破するスーツ侍が目の前に現れたのだ。
林は、ヒデヨシに誘われてとある商談へ同行することになった。その相手は、ドライで無表情な担当者である。
「あの……ここは誰も契約できなかったクライアントなんです。僕なんかに無理ですよ」
「そんなのまだ分からないよ? とにかくついて来るんだ」
ヒデヨシは林が名刺を差し出した後にこう言った。
「まずはご挨拶代わりに、クライアント様の趣味とお悩み、当ててみせましょう!
金の扇をパッと広げて、3分で心を掴み、5分で笑わせ、10分で契約に持ち込んで見せた。
「ハハハ……ソムリエの資格を持ってそうだなんて。確かにワインが好きだった頃もあったもんだよ」
相手方はビールが有名な飲料メーカーだが、金の扇の力とヒデヨシのあえての「ワイン」の話に先方の表情が穏やかになった。
「笑う営業には、契約が来るんだよ!」
その姿を見て、林の心にも火がついた。
「次回、詳細な資料をお持ちいたします!」
林がオフィスに戻ると、いつも通り疲弊した営業マンたちがPCの前で必死にプレゼン資料を作っている。
「半年ぐらい前からです……無理なノルマを押し付けられて営業部の空気が悪くなったのです」
林の話を聞いたヒデヨシが予感する。ブラック企業団が絡んでいるのでは……?
「ええい! 皆の者! 己の気持ちを思い出すのだ!」
ヒデヨシがデスクの上にシュタッと立つ。
彼の必殺技が発動する。
「
金の扇を2枚広げて掲げると辺り一面金粉が舞い上がる。営業マンたちの表情が徐々に明るくなる。
そして営業部長から黒い煙が出て来て、バタンと倒れる。今回はこの営業部長がブラック企業団に操られていたようだ。
「部長!」林が駆け寄る。
「ん……どうした?」
営業部長がホワイトボードを見ると有り得ないノルマが示されている。
「おい! こんなに無理してはならん! 目標を設定し直すぞ!」
「はい!」
ヒデヨシが笑う。
「サービスより先に、笑顔を届けろ。相手の心を動かせば、契約はついてくる!」
数日後、林は例の飲料メーカーの契約を獲得することができた。
「契約……取れました……! ヒデヨシさんのおかげです」
涙をこぼす林に、ヒデヨシは「良かったな」と肩をポンと叩く。
※※※
「は? 俺の術が無効化された? スーツ侍……邪魔しおって!」
スーツを来た大柄の男がモニター越しに怒りを爆発させている。彼の名はミスター・ハイプレッシャー。「カシワギ」の営業部長を狙い、部下をどん底に陥れようという作戦であった。
【ミスター・ハイプレッシャー】
ニタニタ笑う顔つきが不気味と言われている大柄の男。黒スーツにオレンジ色のマントを羽織っている。成長の強制、教育洗脳パワーを持つ。常時成長義務化、強制成功論により前向きにならなければならない空気を作り、圧力をかけて部下を潰す組織を作る。
「うふふふ……ボスの機嫌を損ねないでくれる?」
ハイプレッシャーの背後で一人のスーツ姿の女性が声をかける。
「お前か……ビジネスの要は営業……彼らをぶっ潰せば企業は崩壊すると思ったのだが……クソッ!」
「それはどうかしら……? もっといいやり方があるかもしれないのに。あなたみたいなゴリ押しは好きじゃないわ」
そう言ってスーツ姿の女性は去って行った。
※※※
天下トーイツ・カンパニー会議室にて。
「豊臣、よくやった。この人たらし侍が。お前らしい」と織田が褒めている。
「社長ー♪ 光栄でございます! ここは一つ! 報酬を上乗せしていただけると……」
「こら! 調子に乗るでない」
「はいはーい」
黒田が映像を見て確認している。
「今回は営業部長を狙ったやり口でしたね。おそらく上位者に取り憑いてあらゆる企業をブラック化しているのでしょう」
「それで世の中に声にならない叫び声が聞こえるというのか」と徳川。
「我々も負けてられん」と武田。
「慎重に見極めていかねばならないな」と上杉。
「ではではー! 乾杯へ……いざ出陣!」と豊臣。
「俺、今日彼女と約束あるからパス」と武田。
「俺も今日は会計基準を調べておきたいから」と徳川。
「最近社員の面談で疲れているので今日は難しい」と上杉。
「え? 何で俺が活躍した時だけみんな来ないんだよぉーシクシク。社長ぉー!」
「明日笑顔でいるために皆は帰るのだ。お前も帰れ。無駄話はここまでだ」と織田。
「うぅっ……社長にはかないません。帰りますっ」
そして武田が彼女とデートをした帰りの電車内。
「誰か……この現場をどうにかしてくれ」と聞こえる。
ニヤリと笑い呟く武田。
「俺に任せておけ」