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第5話 プロジェクトを守れ

 ここは都内某所、IT企業「トリック・テック」である。そこでは大型プロジェクト「ジュピターシステム」の納期が迫り、開発部が切迫した雰囲気の中業務を行っていた。この「ジュピターシステム」は小売業界全体の在庫管理を一括で行える未来型システムである。


 納期2週間前なのにコードレビュー(ソフトウェアに含まれるソースコードの確認のこと)が終わらず、さらにほぼ毎日要件の変更があるのだ。その結果プロジェクトマネージャーは現場を放置して行方不明状態。社員は徹夜続きで自宅に帰ることができない者もいる。


 新人エンジニアである飯田は、眠れないまま帰りの電車でこう呟いた。

「誰か、この現場をどうにかしてくれ……」



 その瞬間、急行電車が各駅停車でしか止まらない駅で急停止する。開くドアの向こうに立っていたのは、朱色のスーツにマントがなびかせたどっしりとした体格の男であった。



「その一言、しかと受け取った」

 現場を守る最強のスーツ侍が降臨したのだ。



 飯田を引っ張り出し、ドアが閉まると何事もなかったかのように電車は走り出した。

「あ……あの……あなたは?」

「紅の技術戦士、スーツ侍・シンゲン! 現場の声を聞き、現場を守れぬ者に、指揮官の資格なし!」

「シンゲンってあのシンゲンさん……?」


「フフフ……まずお前のオフィスに向かうとしようか」

 シンゲンは飯田と共に「トリック・テック」へと向かう。夜空の中、飯田を担いでシュタッとビルに飛び乗りながら現場へ到着した。


「ここが開発現場です。1ヶ月前からだったと思いますが『ジュピターシステム』という大規模なシステム開発が進まないのです。レビューもコード修正も追いつかない。しかも複雑でどこをどう修正したのか……メンバーの指示も曖昧でして。プロジェクトマネージャーもいなくなってしまったのです」


 シンゲンがPCを見る。そして全開発者のタスクと進捗を書き出すために風林火山と書かれた盾を掲げる。

「風林火山! 一元管理!」


 風のように柔軟に、林のように冷静に、火のように素早く、山のように安定したシステム構築を行うための進捗管理用紙が盾から現れた。

「これは……?」

 風林火山の盾により作成されたジュピターシステムのタスク進捗管理表であった。


いくさとは、まず全体の状況を見定めるものだ。そうでなければ、1人たりとも救えぬ」

「なるほど。全体的な遅れの原因がこれでわかるんだ」

 飯田が管理表をチェックしながら気づく。

「シンゲンさん、不具合が多いのは序盤でのコード生成に問題があるのかも」


 それを聞いたシンゲンの目がカッと光る。

 彼の必殺技が発動する。

「風林火山・進捗プログレス修正コレクト!」

 神経を集中させ、炎上していたコードを読み解き適切に修正させていく。最適戦法が展開され納期ギリギリのプロダクトを間に合わせる……!


「え? どうなってるんだ? エラーが解消されている……」と飯田。

 シンゲンは静かに盾を下ろし「完了」と言う。


「騒ぐでない。混乱するほど、勝ちは遠のく」

 彼の言葉に同意し、飯田は明日から巻き返しに入ろうと決意した。ふとシンゲンがPCを見ると画面から黒い煙が舞い上がって消えていくのが見えた。

「あれは……今回は開発用のシステムに乗り移っておったのか!」



 その後「ジュピターシステム」は無事リリースを迎えた。飯田は、疲れた表情の中に、確かな誇りを感じていた。行方不明となっていたマネージャーとも連絡が取れ、心身回復ののちに復帰するそうだ。

「シンゲンさん……あなたは開発者の味方だ…!」

 するとシンゲンは、背を向けながらつぶやく。


つわものは、汗と時間で育つもの。それを混乱させ腐らせる奴こそ、討つべき敵だ」



 ※※※



「えーっ? どうしてあたしの術が消されたのよ! 何よあのスーツ侍って!」

 一人のスーツ姿の女性がモニター越しで慌てている。彼女の名はミス・タイムクラッシャー。「トリック・テック」のサーバに侵入し開発システムを操作。残業を強いることで社員を潰そうとしていた。



【ミス・タイムクラッシャー】

 ショートボブに切れ長の目。黒スーツに青いマントを羽織るブラック企業団幹部の女性。会議の無限延長、サイバー攻撃、全社巻き込みメール爆撃などを行い社員を絶対に定時で帰らせない組織を作る。



「残念だったな。企業は『人材』の組織。コンピュータを操ったところで何も変わらぬ」

 タイムクラッシャーを冷やかしに来たミスター・KPIである。

「……ったく。あんたに何がわかるのよ。システムに疎いくせに」

「フッ……システムを操るのも人間だ。手取り早く管理職を狙うのが一番さ。私はもう失敗しない」

「はぁ? その態度腹立つ! やってられない!」



 ※※※



「なるほど。今回はコンピュータにブラック企業団の魂が入って開発ラインが混乱したということでしたか」と黒田。

「コードを炎上させて残業時間を増やし、現場を疲弊させることが目的だったのかと。侍は現場で生きるものなのにな」

 今回のことでブラック企業団は人間以外のものにも乗り移ることが判明した。一体彼らはどれほどの能力を持っているのだろうか。


「お前のコードレビューは精密だからな。その侍魂を存分に発揮したということか」と織田。

「ひょえ〜細かい作業だなぁ。こりゃあ心を病んでしまうな」と豊臣。

「プロジェクトマネージャーの体調が心配だな。復帰目処は立ってるのだろうか」と上杉。

「電話やメールで連絡を取っているようだ。もう少し休養が必要だがおそらく大丈夫だろう」と武田。

「それにしても、ブラック企業団はあらゆる人材を疲弊させて経済活動を止めることが目的なのだろうか」と徳川。


 黒田が考え込んでいる。

「そうですね。典型的なブラック企業は現場の声を聞かない、人材を大切にしない……これは経営のトップに問題がある場合が多いのですが、社長や今回のような重要な業務を狙って企業をブラック化しているのでしょう」

 5人が頷く。

「そもそもの始まりは人を信用できず、人を『管理』すべしといった考えからだと……思います」


 彼の言い方に何か引っかかったのか織田が尋ねる。

「黒田、お前何か知ってるのか?」

「まだ調査中です。分かり次第お伝えしますので」


 ブラック企業団……彼らは一体何者なのだろうか……?


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