東京近郊にある「セイヨウ産業」……そこでは人事制度の名の下に、社員の人格が壊されていた。評価はすべて上司の主観であり、少しでも休職すると「根性がない」と切り捨てられる。さらにメンタル不調者は「裏ファイル」に名前を記録され、退職に追い込まれる。
結果的に人員不足に陥ることとなり、社員たちが残業を強いられる。ワーク・ライフバランスならずワーク・ワークとなった状況。特に女性社員は結婚した時点で評価ダウン、妊娠すれば評価外とされるため流れるように退職していく。
「あの人は優秀だったのに結婚しただけでこんな扱いを受けるなんて」
「私もやめようかな……残業しても全く評価されないのよ」
このような女性社員の声も聞こえる中、総務部若手社員の川島は、精神的に病んでいる同期の人事評価表を見てしまう。そこには、赤字でこう書かれていた。
『使えない。切る方向で調整』
「そんな……あいつは上司に何を言われようと毎日残業していたのに。自分を責め続けていたよな……どうしてこんなことに。俺だって何言われているか……」
心を痛めた川島が帰宅しようとしたその夕暮れ、会社の前に一人の男が立っていた。端正な顔立ちにアイボリーのスーツ。その背には、一本の太刀と、風にたなびく「毘」の文字が刺繍されたマント。
「この企業には、『義』がない。故に、我が名の下に是正する」
「は? あなたは……?」
「白の人事戦士、スーツ侍・ケンシン! この刃は、声なき者のために振るわれる。義を貫け、個性を尊重せよ」
人事の不義を斬るスーツ侍が現れたのだった。
ケンシンは川島に案内されて会社に入り、総務部のフロアへ向かう。そして人事制度の内側に深く踏み込む。まずは就業規則、人事規程といった規程、さらに社員との面談や全評価履歴をチェックしていく。そして浮かび上がったのは、「特定の社員だけを昇進させる派閥人事」や「メンタル不調者への差別評価」であった。
「そもそもの制度設計がこのようなことになっているとは……規程類の日付が1ヶ月前? この時の役員会議事録はあるか?」
「はい! こちらです……あれ? 役員の押印が……」
議事録の押印の色が、黒いのだ。
「この役員会は偽りだ」ケンシンは静かに刀を抜く。
「
議事録を刀で斬り裂き、制度を真っ二つに断ち切る。するとそこから煙が現れる……ブラック・ザコ団だ。
『くそぉ! ばれたか!』
あの悪の人事規程類を承認する役員会があったかのように細工することで、不適切な人事評価や理不尽な制度で社員たちを苦しめていたのだ。
「企業は人材の集まり、義の心なき人事制度は成敗する!」
ケンシンの必殺技が発動する。
「心頭滅却・
ブラック・ザコ団を浄化するとともに、ヒーリングパワーで企業に眠る「働く意味」や「自尊心」を呼び起こし、不安や絶望を一瞬で粉砕していった。
『うわぁぁぁ!』
ブラック・ザコ団は消滅し、人事規程や評価制度を元通りにしていく。以降、「セイヨウ産業」では全社員が平等に評価され、メンタルケア制度も整備された。社員にも笑顔が戻り、川島の同期も切られずに済んだ。
「ああ良かった……彼には一度面談を勧めよう」と川島も自分の仕事をこなしていく。
その様子を窓の外から眺めるケンシン。
「我が刃は、弱き者のためにある。人を守らぬ制度に、未来などない」
※※※
「嘘だぁ、僕のザコ団が見つかるなんて。誰だよあのスーツ侍って」
小柄の男が目を見開いて信じられないといった表情をしている。彼の名はミスター・コンフリクト。ブラック・ザコ団を利用して人事制度自体を変えてしまい、社員のメンタルを破壊して組織を機能不全に陥らせる作戦であった。
【ミスター・コンフリクト】
小柄で黒スーツに緑色のマントを身につけた男性。両立粉砕、制度の操作、共感力ゼロ指導により、ワークライフバランスの崩れた企業を創出する。ワーク第一でなければ評価しない組織風土を形成。
「お前もスーツ侍にやられたか。ボスが呼んでいるぞ」
ミスター・ハイプレッシャーがコンフリクトを呼びに来た。
「ボスが? うわぁ、どうしよー」
大柄のハイプレッシャーに無理矢理連れて行かれる小柄のコンフリクトである。
ここはブラック企業団のボスの部屋。黒基調の内装に青い火が揺らめく燭台があちこちに置かれている闇の部屋だ。
「幹部たちよ!」
ボスの声に呼ばれるように現れる4人の影。
「ミスター・KPI!」
「ミスター・ハイプレッシャー!」
「ミス・タイムクラッシャー!」
「ミスター・コンフリクト!」
「「「「我らブラック企業団幹部! ボスに忠誠を誓い、今ここに!」」」」
4人がボスの前でひざまづく。
「この世に得体の知れぬスーツ侍が現れた。戦国の世から甦りし奴らに今の時代を理解できるものか。確認できているのは5人の侍たち。ブラック企業化を進めつつ、奴らを始末せよ」
冷酷なボスの低い声が響く。
「畏まりました。彼らを必ず倒して見せましょう」
ミスター・KPIが幹部を代表して言う。
「ザコ団が使えなければお前たち自らが向かえ」
「「「「承知!」」」」
※※※
「今回もブラック・ザコ団の仕業でしたか。偽の役員会を記録するなんて」と黒田。
「人の心を蝕む人事制度が作られると、全ての社員に影響が出てしまう。奴らはあらゆる手を使ってブラック企業化を進めているのだろう」と上杉が言う。
「全く……制度設計を操作する力まで持っておるとは。規程も基盤となるものではあるが、まずは企業トップの誠実性が重要だ。偽の制度だけで役員も従業員も洗脳するというのは相当な力だ」と織田。
「だよな。規程なんて普段見ないもんな」と豊臣。
「その普段目につかないものに、狙いを定めるとは。調査も大変だな」と武田。
「管理部門がやられると一気に組織が崩れゆく。油断ならぬ」と徳川。
未だ「働く意味が、わからない……」という声が彼らには聞こえてくる。
「ブラック企業団にもスーツ侍の存在は知られているでしょう。今まで以上に注意しなければなりません」
黒田の声に皆が頷く。スーツ侍の戦いはまだまだ続いてゆく。