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第二章

第9話 そのセミナー、危険です

「管理職のカリスマ、K・ピーターです! このチャンネルでは管理職になったばかりの方もベテランの方も、皆さんが適切にマネジメントできるようアドバイスしていきます! さぁ最初のメッセージはこちら!」

 これは最近再生回数がぐんと伸びた自称「管理職のカリスマ」K・ピーターの動画である。視聴者である管理者層からの質問に答えたり、自身が考える管理職のあり方を伝授している。


「ほぉぉぉ〜さっすがピーターさん! なるほど……」

 休憩時間に動画を見て頷く豊臣である。

「ふむ、管理職にルールはない。自分のやり方で無理せずに現場をコントロール……至って普通のこと言ってないか?」と武田が横から見ている。


「そうなんだけどさ! このピーターさんが言うと説得力増し増しなんだよなぁ……」

 黒いスーツに紫色のネクタイ、眼鏡がお洒落に決まっているスマートな男性であり女性ファンもいるらしい。

「そうか? 何だか胡散臭いような……あ、豊臣!」


 武田に言われて振り返ると、そこには社長の織田の威圧感。

「豊臣ぃ! 今月の受注予測はまだか!」

「ぎゃー社長ぉぉ!」

 このような光景は見慣れている武田であるが、今回は豊臣が織田に反発している。

「社長もこのチャンネルを見るべきじゃないですか? ほら、部下のモチベーションを上げるために上から叱ってばかりでなく、定期的に言葉で労うことが重要ってピーターさんが!」


「世間はそのような動画で溢れておる。投稿者の身元がはっきりせん奴など信用ならん!」

「え……でも……」

「さっさと仕事に戻れい!」

 社長の織田のこのような態度はいつものことであったが、少しでも話を聞いて欲しかった豊臣。しかも憧れのピーターのことを悪く言われ、つい社長に向かって叫ぶ。


「社長の馬鹿ぁー!!」


 豊臣は走って休憩スペースから飛び出した。武田が追いかけてゆく。

「くだらない……こっちはいつ狙われるかわからない状況なのだ……もっと疑いの目を向けてほしいものだ」

 そこに黒田が入ってきた。あのK・ピーターが映ったタブレットを持っている。

「黒田……お前もそいつの信者か?」

「あ、もうお気づきになられましたかね? このK・ピーターの動画、管理職が検索しないと見ることができないのです」

「ん? どうなっているのだ」


 黒田の所属する新事業開発室の部下に確認したところ、そのような動画サイトが出てこないというのだ。確実に管理職に視聴してもらえるような細工が施されていると黒田は考えた。

「こんなことができるのは……奴らしかいないということか」

「はい、社長」


 だが今のところ動画の内容に問題はなさそうである。先ほど豊臣や武田も見ていたが、やや胡散臭さはあるものの発信している内容はごくシンプルなもの。管理職の不安を払拭しようとする姿勢が見える。

「おそらくこちらが怪しいかと」


 黒田は画面を切り替えて織田に見せる。

「K・ピーターによる管理職のためのセミナー。チャンネル登録者様に無料でデジタル入場券を配布予定。先着100名様。K・ピーターのアドバイスを皆さんで体感しましょう」といった宣伝である。


「セミナーだと?」

「はい。チャンネル登録者、つまり管理職をセミナーに招待して洗脳しようとしている可能性が」

「そうか」

 織田が黒田のタブレットを眺めながら頷いた。



 ※※※



 そしてK・ピーターによるセミナー当日。豊臣はデジタル入場券を購入して会場の中へ入っていく。あれから社長とは最低限の会話しかせず、他のメンバーも心配していたが今回ばかりは豊臣も社長を「笑って」許すことはできなかった。


「K・ピーターを直接見ることができる。俺だってやる時はやるんだから」

 豊臣は真剣な表情で席につき彼を待つ。周りには管理職達ばかり。100人収容された部屋の後ろのドアがバタンと閉まる。

 部屋が暗くなり前方にスポットライト。そこに黒のスーツをビシッと決めたK・ピーターが現れると同時に会場内に拍手が巻き起こる。


「やっぱりオーラがあるなぁー」と豊臣も拍手をする。

 K・ピーターがお辞儀をするとスライドが映される。



『管理職は、自分を取り戻す場所』



「みなさん、ようこそお越しくださいました! 私と同じ志を持つ優秀な管理職の皆さんに今日だけ特別に……管理職による管理職のための……管理職にだけ許される思考法を! ここで伝授しましょう!」


 彼はキラーンと眼鏡と白い歯を光らせて来場者に問いかける。

「さて……みなさん自分の胸に手を当てて正直な気持ちと向き合いましょう。まず新入社員時代を思い出してください。初日にあなたは上司に何と言われたでしょうか? そうです。あなたは熱心なので業務に関する質問をしたでしょう。すると『そんなことも分からないのか!』と怒鳴られませんでしたか?」


 周りの皆が目を閉じて同じように頷いている……彼から発せられる闇の力。これは洗脳だ。

「やはり……そう来たか」と豊臣は呟き、構えた姿勢を取る。彼の席は一番後ろの右端である。ここであれば目立たないようにピーターを観察でき、会場全体の様子も把握できるのだ。


 本当は分かっていた。豊臣は人と接することの多い営業部長。もともとの性格もあるが人を見る目は天下一(ただし女性を見る目は養われていない)である。


「あいつ……よくも管理職の皆を……」


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