『管理職は、自分を取り戻す場所』
人気動画配信者であるK・ピーターの管理職セミナー。しかし内容は「あなたは新入社員時代に上司に怒鳴られませんでしたか?」といった問いかけから始まるもの。
K・ピーターの話は続く。
「そうでしたね? みなさん……あなた達は上司に毎日圧力をかけられていた。さらにミスをすれば上司はどうしましたか? そうです、あなただけに責任を押し付けた。『お前のせいで俺が怒られるんだ!』と言われた」
さらに皆が頷く。部屋が暗いのでわかりにくいが豊臣はピーターの手から何らかのパワーが放出されていることに気づいた。
「それが管理職というものです……部下の手柄は自分のもの、部下は自分の駒にできる。自分自身がそうされたように……そう教わったのであればあなた方も同じように……部下を潰せば良い。かつての辛かった頃の自分を思い出し、本来の自分を取り戻す……自由なマネジメント! それこそがあなた方のすべきこと……」
会場から一斉に拍手が鳴り響く。豊臣は全員が洗脳されていることを確認し、ネクタイピンに手をやる。
「スーツ侍・改革!」
暗い中、しかも一番後ろの端の席である。誰が変身したのかはピーターにはわからないはず。豊臣の周りを金色の光が纏い彼にスポットライトが当たったかのようだ。
「誰だ?」とピーター。
黄金色のスーツにマントをなびかせて、金の扇を手にしたヒデヨシがそこに立っていた。
「金の営業戦士、スーツ侍・ヒデヨシ! この営業一筋の侍を舐めるなよ! お前の目は笑っていないんだよ! 部下を潰すなんて許せぬこと。そのような管理職に天は味方しない!」
ヒデヨシが扇を手にピーターを睨みつける。
「出たかスーツ侍。こうなったら……ハッ!」
ピーターが一瞬で黒スーツに紫マントを羽織った姿に変化する。異様な闇の力を纏い宙に浮いている。
「お前は……ブラック企業団か!」
「フフフ……私はブラック企業団幹部、ミスター・KPI。管理職は人を『管理』さえすれば良い」
「人は管理するものじゃない! メンバーの意見を尊重しない奴に客の心は掴めぬ! 皆の者! 目を覚ますのだ!」
ヒデヨシはそう言って2枚の金の扇を広げて叫ぶ。
「
彼の扇からの金粉が舞い上がり、来場者達を浄化する。
「思い出せ! 確かに上司ってのは時に厳しいが、うまくいけば労ってくれたこともあったはずだ! 部下からの信頼を得るためにはまず傾聴……相手の希望をキャッチすること!」
来場者達がハッと気づく。周りをキョロキョロしており、この会場の異様な雰囲気に気づいたようだ。
「天下の扉! 開け!」とヒデヨシが扇を掲げると出口の扉が開く。
「今のうちに逃げるのだ!」と来場者を外に逃す。
ミスター・KPIがスッとヒデヨシに近づく。
「おのれスーツ侍……お前も営業出身であれば分かるはずだ……社長あたりに言われているであろう? 『営業は走れ』と」
ヒデヨシは社長の織田を思い出す。確かに社長はいつも……
その一瞬の隙を逃さないミスター・KPI。
「KPI達成グラフ理論!」
「うわぁぁー!」
KPI(重要業績評価指標)グラフが現れ、ヒデヨシが混乱する。今月も目標を達成できていないのかと言った社長の声が頭の中をぐるぐる回っている。
「確かに怒ると怖いんだけど……俺にとってはいつだってあの人は尊敬できるんだよ……!」
ヒデヨシはそう言いながらしゃがみ込み、身動きが取れなくなる。
その時だった。雷鳴が轟く音と共に会場の天井が割れ、黒のスーツに赤いライン、マントをなびかせた男が炎を纏って着地した。
「貴様、俺の仲間に手出しするとは容赦せん。黒の統括戦士、スーツ侍・ノブナガ参上! お前の腐った考えなど木っ端微塵にしてやるわ!」
「また現れたかスーツ侍め! KPI達成グラフ理論!」
ミスター・KPIの攻撃が続くが。ノブナガは炎の刀を取り出してそのグラフを断ち切る。
「KPIの設定は大切なもの。だがそれを圧力に使う奴は許さぬ。社員の士気を高め、全員で同じ場所を目指すためにあるものだ」
「くそ! 俺のグラフをぶった斬るとは……」
ノブナガが刀を振り上げる。炎が舞い上がりKPIの周りを熱く包む。
「俺には守るべきものがある。貴様らの守りたいものが闇の組織であるならば、その旗、叩き斬る!
ノブナガが刀を振り下ろすとそれらの炎がKPIへ刃のように向かう。KPIは負傷したもののマントでどうにか身を守りながら上空へワープした。
「なかなかやるな、スーツ侍たちよ。だが我らブラック企業団はまだまだ組織を蝕んでゆく。そしてお前たちも倒してみせる。次は必ず……」
そう言ってミスター・KPIは姿を消した。
「ノブナガ……ありがとな、助かった」
「お前は分かっていたのだな。あのセミナーが怪しいと」
ノブナガがヒデヨシの手を取りゆっくりと立たせる。
「最初は人気があってすごいと思った。だが、目の奥に冷たいものを感じたんだよ。営業侍の勘だ」
「さすがだ。お前の話を聞いてやれずすまなかった。俺も時にカッとなってしまうこともあるだろう。何かあれば遠慮なく言ってくれたら良い」
「ノブナガ……」
2人は変身を解いて帰路につく。夕焼けがノブナガの炎のようにオレンジ色に燃えているようだ。特に会話がなくとも織田と豊臣の間には遠い昔からの信頼関係があるのだろう。明日に向かって一緒に進んでゆくような後ろ姿。
だが……
「社長!」という声。経理部長の徳川だ。
「今回もやってくれましたね……壊れた天井の修理代の請求が来ています」
これまで天井を割って登場していたノブナガ。その請求は天下トーイツ・カンパニーに来るように黒田が術を使っていたのだ。
「……あれが俺のやり方だ。徳川よ、経費にできるか?」
「社長! 困ります……少しご負担いただきたい」
徳川に言われ、たじろいでいる織田を見て豊臣がクスクスと笑っている。
「ハハ……社長らしいや」