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第11話 その書物、本当に読むべきか

 今日も彼女とデート帰りに電車に乗る武田。すると同じ車両に「トリック・テック」のエンジニアである飯田が吊り革を持ちため息をついているのを見つけた。以前彼の会社で「ジュピターシステム」の開発が遅れ、プロジェクトマネージャーもいない中、残業を繰り返していた者だ。


 開発システムをブラック企業団に乗っ取られていたため、武田扮するスーツ侍・シンゲンにより解決したはずであったが再び元気のない顔を見せる。

「心配だな」武田は彼の様子を伺う。


 武田は飯田と同じ駅で降りて近くの物陰でネクタイピンに手をやる。

「スーツ侍・改革!」と叫び紅色の光が身体を纏い、スーツ侍・シンゲンの姿に変身。飯田を追う。


 飯田は近くの公園のベンチでコーヒーを飲んでいた。

「帰ったら作業しないといけないんだよな……もう嫌だ」

 ふと彼が前を見ると、月明かりに照らされた朱色のスーツにマントがなびく一人の侍。

「まさか……シンゲンさん?」

「おう、久しぶりだな。あれから調子はどうだ?」

「実は……」


 前の「ジュピターシステム」はプロジェクトマネージャー不在のまま進めている案件であったが、シンゲンが解決した後もそのマネージャーがなかなか復帰できず、業務を圧迫しているらしい。

「人事からは電話面談をしていると聞いたのですが、最近は電話にも出ないそうです。回復していると聞いていたのに……マネージャーのことが心配なのです」


 シンゲンは事情を理解し、提案した。

「そのマネージャーのところに行くことはできないだろうか」

「えっ……」

「回復していたにも関わらずというのが気になる。何か原因があるはずだ。明日、俺の仲間を呼んでくる。人事のプロだ」

「ありがとうございます……!」



 ※※※



 翌日、早速人事部長の上杉に相談する武田。

「鬱というのは心の病とも言うが、風邪と同様に身体の病とも言う。脳が思うように働かないのだ。一見良くなったと思っても何かの拍子で元に戻ることだってある。気持ち次第で知らぬ間に身体は蝕まれていくからな」


 この天下トーイツ・カンパニーにも鬱症状になる者がいるからなのか、上杉は落ち着いた様子で話す。だが、トリック・テック社は一度ブラック企業団に狙われた。リベンジに来る可能性はある。

「なるほどな。鬱って大変なんだな……俺はなったことがないからわからないが」

「仕事もプライベートも好き勝手しているからな、武田は」

「おい、その言い方!」


 対照的とも言われる2人だが、今回は協力し合ってトリック・テック社のプロジェクトマネージャーが抱える闇に挑む。夕方になり武田と上杉はネクタイピンに手をやる。

「「スーツ侍・改革!」」

 夕焼け空をバックに紅の技術戦士と白の人事戦士に変身する。

「俺たち2人だけだとめでたい組み合わせだな」

「確かに……めでたい結末になることを祈るか」

 武田と上杉が飯田との待ち合わせ場所に向かう。



 ※※※



「シンゲンさん……そちらの方はまさか」と飯田。かつて武田といえば上杉、上杉といえば武田と言われていた時代を思い出している。

「白の人事戦士、スーツ侍・ケンシン。私は全ての従業員の味方だ。マネージャーの助けになれるかもしれぬ」

「やっぱりケンシンさんだ……あ、ありがとうございます! こちらです!」

 飯田は少し興奮した様子でマネージャーの家まで案内した。



 ピンポーン

「……はい」と弱々しい声の主はプロジェクトマネージャーの村井である。ドアを半分だけ開けてこちらを見ている。

「村井さん。ご体調はいかがですか。今日はうちの会社を救ってくれた人たちを連れてきたんです」と飯田が言い、2人のスーツ侍を紹介しようとした。


 しかし……

「もうやめてくれ! これ以上俺はプロジェクトを仕切ることなんてできないんだ……あと半年で新規システム『サターン』の開発だなんて。あんたらは督促しに来たのか? もう俺は無理なんだ……」

 村井が頭を抱えて苦しそうに叫んでいる。


「村井さん、『サターン』の開発は順調です。少し前は開発に乗り気だったのにどうしたんですか」

「うわぁぁ!」

 村井の異常とも言える様子にシンゲンもケンシンもブラック企業団が関わっているのではと予感する。


 とりあえず部屋に入れてもらい村井のデスクに行くと謎の本が置いてあった。「明日から気持ちが軽くなる本」というものであるがケンシンがこの本を怪しむ。中身はまるで呪文のように「休職したら終わり。さぁ今から仕事をしよう」といった言葉が並ぶ。

「……っ!」

 村井が開かれた本を見て頭を押さえる。


「今から仕事をしなくてはならない……休んでいる俺はダメなんだ……うぅっ頭痛が……」

 ケンシンが気づく。この本が彼にプレッシャーを与えているのでは……?

「義刀!」

 ケンシンの義の刀が本に向けられる。すると本がパラパラ……と勝手にページがめくられる。そこから漂う闇を感知したケンシンは刀を振り下ろした。

毘沙門びしゃもんじん!」


 本が真っ二つに切られ、黒い煙となって消えた。

「この本は偽物だ。人の心に強い圧力をかけるような悪どいもの……」

「奴らの仕業だな」と武田も頷く。

 村井は力が抜けたように倒れてしまう。

「私の力でそなたを元の姿に……心頭滅却・義魂ぎこん解放!」


 ケンシンのヒーリングパワーで村井に「自信」と「希望」を取り戻す。頭痛を軽減させ身体も心も回復へと導く。そこにいた飯田も疲れが癒されていた。

「あれ……俺は……」

「村井さん、この方々が助けてくださったんですよ」

 そこにいるスーツ姿の侍を見て村井は驚くものの、お礼を言う。


「ところで『明日から気持ちが軽くなる本』はどこで手に入れたのですか」とケンシン。

「それは……書店で本を探していたら急に黒スーツの男性に話しかけられまして。『お仕事、お疲れのようなのでこれをどうぞ』とプレゼントされたのです」

 黒スーツの男というだけでピンとくるケンシンとシンゲン。間違いなくブラック企業団の誰かである。



 ピンポーン

「はい……」と村井が向かうとドアの前にはあの黒スーツの男が立っていた。大柄でオレンジ色のネクタイ、ニタニタした顔つきである。

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