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第13話 時を侵食するカフェ

 オフィス街の裏通りに、最近話題になっているおしゃれなカフェがある。名前は「喫茶クロックワーク」。美人の双子姉妹が経営しておりコーヒーの味は絶品である。朝早くに開店し午前中に閉店するため、おもに出勤前のサラリーマンが立ち寄る。


 何より「飲むとやる気が出る」と評判らしいが……?



 ※※※



「俺、コーヒーはサムライ・スターカフェのサムライ・ブレンドって決めてんだよね」と豊臣がテイクアウトコーヒー片手に出勤してきた。

「俺も! やっぱり男たるものサムライ・ブレンドで決まりだぜ」と武田も頷く。

「デカフェもできるからいいんだよな」と上杉。


「デカフェ? 女子みたいだな、上杉」と豊臣に言われ、

「今のお言葉、ジェンダー平等に反しますよ」と上杉が言い返す。

 織田や徳川含め、彼らは老舗のサムライ・スターカフェの常連客である。のんびりと歩いているとスマホが鳴った。

『役員の皆様。至急いつもの会議室へ 黒田』

 黒田からの呼び出しであった。黒田からのメールで至急とつくとブラック企業団のことである。今度はどこで何が起こったのか。


「皆さんおはようございます。あ、そのコーヒーは……良かった。サムライ・ブレンドですね」と黒田が安堵する。

「コーヒーがどうかしたのか?」と豊臣がゴクリと一口飲んで言う。

「このカフェ、ご存知でしょうか」黒田のタブレットには喫茶クロックワークのホームページが映されている。

「ああ、今人気なんだってな。双子の姉妹だっけ?」と武田。


「俺、オープン初日に話しかけられたんだよな。ショートヘアで美人だったけどさぁ。その日はロングヘアの子の気分だったから断っちゃった」と豊臣。

「俺もだぜ。だがコーヒーは焙煎の技術が命。その技術力の信頼できるサムライ・スターカフェにはかなわないだろう。だからスルーしたぞ」と武田。

「私はデカフェがあるか尋ねたら無さそうな雰囲気でしたので寄っておりません」と上杉も言う。


「はぁ、それは良かった。実はここのコーヒーを飲むと時間が歪んでいく感覚に陥るようなのです。私の調べたところ、飲んだ管理職たちは『深夜残業の強制』『無駄な会議の増加』を勧めるようになり、さらに自らも過労で倒れてしまうケースも見られています」


 そんなことを出来るのは……ブラック企業団だ。


「またあいつらの仕業か。そういえば社長と徳川は?」と豊臣が会議室の外を見に行こうとするとドアが勢いよく開き、社長の織田が現れた。

「うわぁっ 社長!」

「……俺が来るだけで驚きすぎだ、豊臣」

「社長? その手に持っているのは……」

「サムライ・ブレンド。極みのブラック仕立てだ」

「おお……あの苦みと渋みが最高潮の『極みのブラック仕立て』……似合いすぎます……」相変わらず豊臣が褒めちぎっている。


「社長、実は……」と黒田が喫茶クロックワークの話をする。

「ああ、初日に勧誘されたな」

「やっぱり社長も! それでどうされたのですか?」

「極みのブラックが何故ないのかと問い詰めたら去っていった。以降は知らん」

 あの威厳あるオーラの織田に問い詰められたらまず逃げるだろう、と誰もが思っていた。


「やっぱり俺たちにはサムライ・ブレンドが一番! 怪しい美人姉妹に引っ掛かるはずがない!」と豊臣。

「待て。誰か忘れていないか?」と武田が気づく。

「徳川だ……ん? 電話が繋がらない」と上杉がスマートホンを耳に当てている。

「いや、あの真面目で慎重な徳川が引っかかるはずないって!」と豊臣。


 静寂。


「……違う。ああいう真面目で女っ気のないやつに限って……」と武田。

「まさか……」と豊臣。

「経理部に行って参ります!」と上杉が走って出ていく。



 ※※※



 経理部に到着した上杉。その異様な暗黒と重たい空気に唖然とした。部長の徳川が険しい顔で部下に指示を出している。

「さて、皆で24時間働ける幸せを感じようではないか。この後は新会計基準の勉強会だ。基準を一言一句覚えるまで帰ってはならぬ!」

 こんなの徳川ではない。部下の社員達が疲弊している。

「上杉部長! 今朝から徳川部長がおかしくて……」

「何だと?」


 上杉は徳川の方へ向かう。テーブルには喫茶クロックワークのテイクアウトコーヒー。やはり飲んでしまったのか。さらに徳川のPC画面を見て驚く。メールが次から次へと届く上にスケジュール表が意味のない会議で埋め尽くされ、まるで時間を奪うかのよう。

「PCが乗っ取られているのか……?」


 クロックワークのテイクアウトコーヒーを取ると違和感を感じた。カップの底に超小型のGPS機器のようなものがついている。上杉が機器を外してデスクに押さえつけて潰す。その瞬間、PC画面が元に戻った。

「これで位置情報が向こうに渡っていたのか」

 しかし徳川の様子は変化ない。コーヒーにより時間の感覚が歪んでしまい、通常業務を忘れ、会議をしたくてうずうずしている。


「徳川部長……こちらにもっとたくさんのタスクがございます」

「そうか!」と徳川が言い上杉についてゆく。慎重に歩きながらどうにかメンバーのいる会議室に連れてくることが出来た。

 目が血走り眉間に皺が刻まれ、社長の織田も驚くぐらい恐ろしい形相の徳川。

「これはいかん」と織田が言い、「徳川ぁー!」と豊臣が叫び、「上杉、浄化だ」と武田が指示する。


 上杉がさっとスーツ侍・ケンシンに変身し「義魂ぎこん解放!」とヒーリングパワーを徳川に送った。

「ああ……」と言いながら徳川が倒れる。

「今朝飲んだだけであれば……おそらくすぐ浄化できると思うのだが」と上杉が様子を見る。しばらくして徳川が目を覚ました。いつもの徳川の目に戻っている。


「ん……皆、どうしたのだ」

「徳川! ああ良かったぁ!」と豊臣が抱きついている。

「徳川部長、実は……」と黒田が説明する。全てを聞いた徳川は衝撃を受けてガクンと膝をつく。


「も……申し訳ない……皆の者……」

 あろうことかその場で土下座する徳川。

「徳川。悪いのはブラック企業団だ。今はあのカフェをどうにかしよう」と織田が彼の背中に手をやる。

「社長……!」


「で、どうしてクロックワークのコーヒーを? 俺たちといえばサムライ・ブレンドだろ?」と豊臣。

「ま……毎日のように勧誘されて……一度だけならと」

 やはり徳川は真面目だ、と皆が思う。きっと徳川であればそのうち来てくれると思われたのだろう。


「あと、このGPSと思われる機器がカップの下に装着されていて、サラリーマン達のPCの場所を特定されているのかと。メールの量が半端なくて予定表も隅々まで潰される」と上杉が説明する。


 時間を食い潰す悪魔のような双子。彼女達をスーツ侍は絶対に見逃さない。


「行くぞ」

 織田の声で全員が動き出した。

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