「それでは家庭の状況と働き方のプランについて教えていただけますか」
天下トーイツ・カンパニーでは育児休暇明け前に部門長とのリモート面談が実施される。その内容を人事部長の上杉がデスクで確認していく。育児中の女性にとって働きやすい職場というものはきっとそれ以外の者にとっても働きやすい職場だと上杉は思っている。
しかしここはシステム開発と製造を行っている会社。特に武田率いる開発製造部門は残業が多い。開発の遅れが生じると他の部署にも影響が出てしまうので、なかなか残業ゼロとはいかないだろう。
「仕事と家庭の両立とやらは難しいものだ……」
上杉は呟いた。
※※※
居酒屋にて。
「人事制度も重要だが、結局は現場のメンバーの理解が一番大事なんだよ」と上杉が喋っている。
「だよな。本人とメンバーのコミュニケーションが大切! けどさ、時短の人って飲み会に来ないんだよ。どうしよう」と豊臣。
「それはどうにか就業時間内で済ますしかないだろう?」と武田。
「え? やっぱり飲まないと本音って話せなくない?」
「アルハラだぞ、豊臣」と徳川が静かに言う。
「ひぃー! 何でもハラスメントになるなんて!」
豊臣がそう言いながらビールを一気飲みしている。
すると隣のテーブルからサラリーマン達の声がしてきた。
「やっぱ時短組は戦力外だよね」
「子持ちで偉そうな顔するなよ」
「いっそ辞めたほうが本人のためだよな」
その声を聞いた上杉が反応する。
「おい、何を言ってる!」
サラリーマン達が振り向く。眉間に皺、への字の口元、どこか疲弊している顔つきは彼らもまた助けを求めているような雰囲気であった。
「まぁまぁせっかくのご縁ですから……飲んでぱーっと騒ぎましょう♪」
豊臣がビール片手に隣のテーブルに行く。
そういうことでサラリーマン達の話を聞いた豊臣、武田、徳川、上杉の4人。どうやら一週間前に社内の人事部からのメールが届き、その内容で自分達は本音を出すようになったとのこと。
「あの人事部のメールは神だよな!」
「そうそう、時短組の評価を下げることになったって聞いてスッキリしたぜ」
「フルタイムプラス残業をしている俺たちが自信を持つべきなんだよ!」
上杉が考える。
「そのメールってどんなものだろうか。人事部としてあり得ない考え方だ」
豊臣がサラリーマン達に尋ねる。
「へぇーすごいなぁ……俺もそのメール見て元気欲しいよー!」
「おぅ、これだぜ」
サラリーマンからスマホを受け取り、4人が見た内容は……
この世は仕事が全てです。
皆さんは時短制度を利用している人をどう思いますか?
彼女達はちょうど良いところまで仕事を実施して貴方達に残りを押し付けていないでしょうか。
時短制度はそれが可能なのです。許せないことです。
よって我が社はシンプルに勤務時間により評価を与える制度としました。
時短の方は仕事内容も単純なもので良いでしょう。
彼女達のように仕事からクリエイティブなものが生み出せない可哀想な人は評価を下げましょう。
皆さん、声を上げて良いのです。
自分達に押し付けるなと。
そのような働き方を望むなら我が社に必要ないのだと。
我らが望むものは残業。
「……はぁ」豊臣が驚いている。
後ろから徳川が自分のスマホでこっそり写真を撮っていた。
「あ……ありがとな! ま……まぁ頑張ろうなお互い!」と豊臣は言って自分達のテーブルに戻った。
「全て撮影した。オレンジ・ヒッツ社の人事部……黒田に調査を依頼した方が良いな」と徳川が言う。
「悪魔のようなメールだ。人事部長として看過できぬ」と上杉も険しい表情である。
「社長に報告だな」と武田。
※※※
天下トーイツ・カンパニー会議室にて。
「調査して参りました」と黒田が5人の元にやって来る。
「説明せよ」と織田。
黒田によれば、オレンジ・ヒッツ社の人事部長は路地裏の占い師に指南されてあのようなメールを送ったとのことだった。占い師はこれ以外にも様々な者にあのようなメールを送るように言うらしい。
占い師の元に来るのは決まって時短制度に納得のいかない者や、育児中の社員のしわ寄せがきている企業の管理職。まさに仕事と育児の両立を阻もうとしている。
このようなことを考えるのは……ブラック企業団しかいない。
「その占い師はどこに?」と上杉。
「場所はこちらです。夕方から夜にいるようで、仕事帰りの疲れたサラリーマンを狙っているのかと」
黒田がタブレットの位置情報を見せる。
「よし、私が行ってみる。悩める人事部長として」上杉が決心した。
「俺たちも近くにいるから」と豊臣も言う。
※※※
オフィス街から少し外れた路地裏。そこにフードを被って水晶を手にした者がブース席のような場所にいる。上杉はその場所だけ異様な力が働いていることにすぐに気づいた。疲れた様子の女性社員が占いをしてもらっている。
「あなたの本音を聞かせてください……」
「私は会社にいない方が……みんなの負担が減るんですよね……」
女性が虚ろな目で話している。
「そうかもしれないですね……あなたそこまでして……仕事をしたいのでしょうか……会社は残業できる人の方が助かるんじゃないでしょうか……」
占い師の言葉は明らかに時短制度を取る者を排除しようとするもの……上杉はさっとビルの影に隠れて変身した。
「スーツ侍、改革!」
女性が「やっぱりもう辞め……」と言いかけた時だった。彼女の後ろでアイボリーのスーツに「毘」の刺繍入りマントをなびかせた男、ケンシンが占い師をじっと睨む。
「会社は『人』で成り立っている。柔軟な働き方を受け入れることが第一だ。お前には義の心というものがないのか」
占い師がケンシンの方を向く。フードで顔が見えないが小柄な男性だろうか。口元がニッと笑う。
「あなただって思いませんか? 中途半端な仕事しかできない者など……この世には必要ない」
占い師が水晶を上杉に向ける。緑色の光で視界がぼやけて歪んでいく。
「うぅっ……今のうちに逃げるのだ!」
ケンシンが女性を逃すと占い師は「チッ」と舌打ちをして、水晶を掲げる。
「あなたにも現実というものを見せた方が良さそうですね……この世は時短制度を取る者がいるから残業が増える。男女平等のはずなのに優遇される者がおり、彼女達は会社のあらゆる制度を食いつぶし甘え過ぎている……!」
占い師は水晶の光に包まれてあっという間に黒スーツに緑色のマントを羽織った小柄な男性に変身した。