水晶の光に包まれて変身した黒スーツに緑色のマントを羽織った小柄な男性。彼に対してケンシンが叫ぶ。
「お前は何者だ!」
「僕はミスター・コンフリクト。ブラック企業団の幹部だよ。けどねぇ僕は幹部の中でも一番優しいから何もしていないんだ。道ゆく人の『本音』を引き出しただけ」
全く悪びれる様子もなく涼しい表情で言うコンフリクト。思わずケンシンが義の刀を取る。
「何が優しいと? その『本音』とやらもお前の歪んだ思想で導いたもの。誰だって家庭を蔑ろにはできない。だがそれを責めるのはお門違いだ」
コンフリクトがふわりと宙に浮く。
「うーん。言ってる意味がわからないけど仕方ないからあんたも本音を吐き出してごらんよ。ダブル・スタンダード・
コンフリクトが水晶を空に掲げるとケンシンに向かって緑色の嵐が襲いかかる。
ケンシンの頭の中に得体の知れない声が響く。
『育児を支援すれば不公平だよな? じゃあ辞めさせるか? 辞めさせたら冷酷だよな? じゃあどうする? 組織はもはや機能しない……』
頭を抱えてケンシンが呟く。
「うぅっ……違うっ……様々な人がいるからっ……新しい発見があるんだっ……」
その時だった。
「不公平感……それは制度や運用に問題があるだけで人が悪いのではない。トータルコスト・ブックオン!」
スーツ侍・イエヤスが技を放つとそこに「時短社員による生産性向上データ」が浮かび上がる。
ミスター・コンフリクトが「何だと?」と言い嵐の力が弱まる。
「文句言ってるなら一回でも子ども抱いて仕事してみろよ! 働きながら家族を守るってことが、どれだけすごいことか!
スーツ侍・ヒデヨシが金色の扇から社員たちの共感と感情の力を放つとコンフリクトの嵐が止んだ。
「ふーん、なかなかやるね。けどもう遅い。みんな僕の占いの通りに動いちゃってるからねぇ」
ミスター・コンフリクトが舌を出していたずらっ子のように微笑む。それを見たケンシンが義の刀を手に取る。
「確かにそうかもしれない……両立に関する制度を根付かせ習慣化させるためには……時間と労力が必要だ。だが私は信じている。例え時間がかかろうと……いつかは……皆が生き生きと働き続けられる組織が出来上がることを! そしてそれを邪魔する者は許さぬ!」
彼の持つ水晶を破壊すれば、これ以上の被害は減らせる。
「
ケンシンの刀が水晶に向かう。
「ハハッ! そうはさせるか……ダブル・スタンダード・ビーム!」
コンフリクトのビームをケンシンの刃が跳ね返す。なかなか水晶に届かない。
そこにズンとたくましい侍が現れる。
「おっとケンシン……やっぱり俺がいないと心許ないだろうよ? スーツ侍・シンゲン! その水晶のプログラムを破壊する……風林火山・データ抹消!」
シンゲンが盾を構えると水晶の緑色の光が弱まる。
「あれ? ちょっと! 何するんだよー!」とコンフリクトが怒っている。
「今だ!
ケンシンの刃が水晶を斬り裂き、粉々に散った。
「クソッ……スーツ侍め! こうなったら……ワーク第一・
ミスター・コンフリクトが両手を掲げ、緑色の煙が沸く。この煙を浴びると「ワーク第一」となって精神を壊して滅びるぐらいのダメージを受ける。
「風林火山シールド!」とシンゲンが盾を向けるが煙の威力が強く4人のスーツ侍は力を奪われてしまう。
「ゴホッ……ゴホッ……うぅっ……」
「はぁ……スーツ侍もここまでか」とコンフリクトが呟いた時、一つの影が彼の前に立ちはだかる。
「……何がワーク第一だ。一に己の健康、二に家族の健康、三、四がなくて五にワークだ」
赤いラインの入った黒いスーツにマントをなびかせた、コンフリクトよりもはるかに高身長な男。その目は炎が宿っているように燃えて上から彼を睨みつける。
「う……わぁぁ!」
覇王・ノブナガの圧倒的な強い威力にコンフリクトが尻込みする。
「……己の健康を誰よりも意識している俺にそのような煙は効かぬ。焼き尽くすのみだ。
スーツ侍・ノブナガが炎の刀を振り下ろすと煙ごと燃え上がり、コンフリクトはマントでどうにか堪えた。
「僕のとっておきの術を破るなんて……許さないからね! 覚えとけ!」
そう言ってコンフリクトは宙に浮いて姿を消した。ノブナガが4人の元に駆け寄る。
「ヒデヨシ、シンゲン、イエヤス、ケンシン……しっかりするのだ!」
「ふぁ? ノブナガ! すごいな……俺もう無理」とヒデヨシ。
「うぅっ……人事戦士の私としたことが」とケンシンが悔しそうにしている。
「あの幹部、見た目によらず結構厄介かもしれないな。ケンシン……お前が先陣を切ってくれたおかげだ」
「ノブナガ……よし……私の力よ……!
ケンシンの力によりヒデヨシ、シンゲン、イエヤスが回復した。
「ケンシン……! お前大丈夫か?」とシンゲン。
「私は大丈夫だ……でも少しだけ……眠らせてください」
パタンと倒れたケンシン。
変身が解かれ、ケンシンこと上杉は武田の家に泊まることとなった。
「彼には少し休養してもらおう。普段から人事面では頑張ってくれているからな」と織田。
※※※
「はーい、こちら天下トーイツ・カンパニー特製の天下無双・ブレンドですよー! 今なら無料でデカフェにもできますよー♪」
数日後、再びお手製のキッチンカーの前で黄金色のエプロンをつけた豊臣が呼び込みをしている。
「お熱いので気をつけてください」とアイボリーのエプロンをつけた上杉がキッチンカーの中からコーヒーを渡す。
このコーヒーには上杉、つまりケンシンの浄化パワーが入っており、ミスター・コンフリクトに洗脳された人を浄化する力がある。今回もどこまで影響が出ているのか不明なので地道に販売を続けることとした。
デカフェにすることで妊婦や授乳中の女性にも好評。働く全ての人が笑顔になれるように……そのような思いが込められている。
織田、武田、徳川が会社に入ろうとすると後ろから声が聞こえた。
「社長ー!」
豊臣と上杉が今朝の販売を終了させたようだ。
「何で今回も俺たちなのー? 朝眠いんだよぉ」と豊臣。
「私も休み明けで力が不足しておりまして」と上杉。
「じゃあ交代するか。俺が立つとどうなる?」と織田が言う。
『俺のコーヒーが天下で一番だ。買え』と言いそうな織田を思い浮かべる4人。
「社長、やっぱり大丈夫です!」と言う豊臣。
「俺が売ろうか?」と武田。
「いや、お前に義の心はわからないから無理だ」と上杉に言われ、「何だとー!」と武田が怒っている。
「はぁ……結局は営業トークのうまい豊臣と、穏やかに見える上杉の組み合わせが一番なんだよな」と徳川が呟く。
こうして、しばらく朝のキッチンカーでのコーヒー販売は続くのであった。