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第17話 夏の静寂

 夏休み、この世の企業にはお盆期間中に休暇がある。天下トーイツ・カンパニーも全社員に一週間の夏期休暇が与えられた。


 某ビーチにて。

「ハァ〜♪ 今年もこの季節がやってきたな! 青い空に青い海! 社長の豪華な別荘!」

 豊臣がビーチベッドでくつろぎながら水着姿でドリンクを飲んでいる。

「日頃の疲れを癒すのにぴったりだよな」と徳川も隣のビーチベッドで言う。


 都心からアクセスしづらいこのリゾートに別荘を持つ者は少なく、ビーチも別荘所有者や関係者がほとんど。混雑することもなくゆったりと余暇を過ごすことができる。

「ふぅーひと泳ぎしてきた! お前らも海に入ろうぜ」

 海から上がってきた武田が言う。体格が良く鍛え上げられた筋肉が海水を弾いてキラキラしている。


「おぅ! 行く行くー♪ 」豊臣と徳川が海に向かう。

「上杉は……行かないか」

「私はここで紫外線を避けながら読書をして『心』を整えておりますので」

 上杉が本に集中しながら言う。一人だけ薄手のパーカーを羽織り、サングラスにパラソルと日除け対策は完璧だ。彼は紫外線が比較的少なくなった夕方に足をつけに海に入るぐらいである。武田から「実はカナヅチだろ?」と言われているが当の本人は気にしていない。


 海に入る3人。ビーチボールで遊んでいると一瞬の静寂の後に膨れ上がる波が来る。

 サーフボードに乗った長身で程よい筋肉のついた男が波の斜面を駆け下りた。水しぶきを巻き上げながら、鋭くターンを決める。軽やかに、しなやかに、まるで海と一体になったかのように。


 その姿に、ビーチにいる誰もが目を奪われていた。

「織田社長……かっこよすぎる」と豊臣。

「何をやっても……かっこよすぎる」と武田。

「さすがだな……」と徳川。


 サーフボードを抱えて颯爽と歩いてくる織田。それだけで絵になる渋さ。

「今日はいい波が来たな」と満足そうである。

 そこに大柄の男がやって来る。

「あのっ……俺にもコツを教えてもらえませんか?」

「構わん」

 2人は波のある方へ向かってゆく。



「……ちょっとハイプレッシャーったら。何カッコつけてサーフィンやろうとしているのよ」とショートボブにサングラスの女性。ブルーの水着姿がクールに決まっている。

「お姉様、そう言っていい男だなーって思ってたでしょう?」と同じくショートボブの女性が織田を見てうっとりしている。彼女はレッドの水着が情熱的である。


「それにしてもさすが我らブラック企業団のボス。別荘での休暇……普段の私たちへの労い……なんと素晴らしい!」

 紫色の薄手パーカーにサングラスをかけた男性がビーチベッドでくつろいでいる。

「KPIって泳げないの? いつもそこにいるよね。僕は泳いでくるからー!」と小柄な男性が浮き輪を持って海に向かう。

「フフ……コンフリクトは若いな。私は日に焼けたくないのでね。ここで君達を眺めさせてもらうよ」



 ※※※



「うおぉぉぉぉ!」

 大柄の男、ハイプレッシャーがどうにか波に乗れた。

「最初よりうまくなったな。波も生きておる。海の声を聞いておればおのずと身体も反応するようになるぞ」と織田。

「ありがとうございますっ! 師匠!」


 豊臣たちのビーチボールが砂浜に飛んでいき、双子の姉妹の足元に転がって行った。

「あら、これあなた達の?」とブルーの水着の女性。

「ほえぇ〜美人!」豊臣の目がハートになっている。

「おぅ、サンキューな」と武田が受け取る。

「まぁ……なんてたくましいお方」とレッドの水着の女性が武田を見て顔を赤くしている。


 豊臣、武田、そして双子の姉妹がキャッキャとビーチボールで遊び出した。それを見た徳川が呟く。

「おい……相変わらず女性に弱いな。だがあの双子の女性、既視感があるような……」

 その時であった。

「うわぁぁぁ! 助けてー!」

 浮き輪に捕まる小柄な男性が沖の方に流されそうになっている。


「まずい! 待ってろ!」と徳川が海に飛び込み、浮き輪を引っ張りながら必死になって泳ぐ。もう少し遅かったら戻れないところであった。

「ありがとうございます、お兄さん」

「気をつけるんだぞ。海は危険とも言われておるからな」


 ビーチベッドで読書中の上杉に、紫色の薄手パーカーの男性が話しかける。

「皆さん元気ですよねぇ。あなたも日焼け対策をされているのですか?」

「そうだな。UVパーカーも着ているが日焼け止めも塗っている」と上杉。

「え? そこまで必要なんですかっ?」

「UVカットはできるだけ重ねるべきなのだ」

「勉強になります……」



 ※※※



 夕方になり、織田たち5人とブラック企業団幹部たちが片付けをしている。

「へぇ〜お前さんたちも上司の別荘に来たのか」と豊臣がビーチボールの空気を抜きながら話す。

「はい、あたし達の上司は普段は厳しいのですが休暇中には別荘に招待してくださるのです」とブルーの水着の女性。


「わかるー! うちの社長も普段怖いけど別荘だけは持ってるから許しちゃう!」

「おい、俺は別荘だけの男ではない」と織田に睨まれる豊臣。

「お互い休息を大事にしましょうね」と紫色のパーカーの男性。

「お兄さんたちまた遊んでねー」と小柄な男性。

「また一緒に波に乗りましょう!」と大柄な男性。


 彼らをじっと観察しながらビーチベッドを畳んでいる徳川。

「あの5人……どこかで……」

「確かにどこか引っかかるけど……まぁいい人そうだったし楽しかったからいいじゃん!」と豊臣。

「双子の姉妹の水着姿、たまらなかったぜ」と武田。

「はぁ……上杉は何か気にならなかったか?」と徳川が尋ねる。


「私は読書していたからな。ただあの紫色のパーカーの男はまだまだ紫外線対策が足りぬから……きっちり指導しておいたぞ」

 4人が呆気に取られている。じゃあ何故海に来たんだといった表情である。


「誰もが休暇をきちんと取り、次の仕事も無理なく出来るようにすることが大切だ。彼らも普段真面目に働いているのだろう」と織田が言う。

「だな! よーし! 晩飯だぁー! 社長の別荘でバーベキュー!」と豊臣が張り切っている。


 スーツ侍とブラック企業団。夏季休暇を満喫した後はそれぞれの任務が彼らを待っている。


 再び対立するその時まで……彼らは夏を楽しむのであった。

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