夏休み明けの天下トーイツ・カンパニーにて。
「ふわぁ〜身体がついていけないや。けど! 今日も笑顔で合コンだっ」
仕事よりも合コンに気合いを入れている豊臣である。
「部長、ポップ・スター社へ訪問のお時間です」
「おっと……そうだった。さて皆の者! まだまだ暑いが無理せずに! 水分補給忘れないようにな!」
その日の夕方のことであった。
「ふぁ? 武田が合コン来ないの?」
合コン常連組の武田から今日は欠席すると連絡があったのだ。
「武田だが、社長の別荘に行った時から少し様子が変わったような気がするな。何というか、時々ぼんやりしているんだ」と徳川。
「ほほぅ……ようやく本命が現れたのか。ずるい! 俺にも紹介しろっての!」と豊臣。
「彼にも義の心がわかったということか。だがどうする? 人数が一人足りないな」と上杉。
そこに「お疲れ様です」と通りすぎる黒田の姿。
「黒田ぁー! 今日空いてるよね? 合コンの人数合わせが必要なんだよぉーお願い♪」と豊臣に言われるので、
「はぁ……分かりました」と黒田が応える。
そして武田がいないことに気づいた黒田が呟く。
「何かあったのだろうか……」
※※※
武田がスマホを眺める。
『わたしも今日から仕事でした。お互い頑張りましょうね』
そしてスマホを仕舞いあの日のことを思い出す。織田の別荘に行き、ビーチで過ごした日の夜のことであった。
赤系統のアロハシャツを着て夜風に当たっている武田。皆はバーベキューで盛り上がり酔い潰れて眠ってしまったが、武田だけはお酒に強い。目がまだ冴えていた。
そこに現れた赤いワンピースを着たショートボブの女性。昼間にビーチボールで遊んだ双子の姉妹の妹の方であった。
「あ……あの時の……」と女性に言われ、少し話すことにした。同じ赤色が好きだからなのか、武田は彼女といると落ち着く気がしていた。
「わたしは……本当はここに呼ばれるべきじゃなかったんですよね」と自信なさげに俯く彼女。
「どういうことだ?」
「あのメンバーの中でわたしだけ幹部クラスではないのです。姉がいるからついて来ただけ」
「そうだったのか。だが優しい上司ではないか。君も別荘に呼んでもらえるなんて」
武田がそう言うと彼女は首を振る。綺麗な星空を見上げているがどこか寂しそうに見える。
「幹部会にも呼んでもらえないわたしに上司は何も期待しません。頑張っても全て姉の手柄となる。でもわたしは姉がいないと生きていけません。きっと姉も同じだと思います。なのにこういう風に夏休みにまで集まると、気まずくて。幹部会にわたしは出席できないので今も居づらくて出てきてしまいました」
武田はそんな彼女を慰める。
「君のいるところがどんな会社かは知らないが、組織に必要ない人はいないと俺は信じている。何でもいいんだ。時間だけではない、何か少しでも貢献できればそれだけで価値があるんだよ」
「本当でしょうか……」
「うちの社長も怖い時はあるけどさ、絶対に仲間を見捨てない」
「いい社長さんですね……わたしはいつどうなるか」
「先のことを考えても仕方ないぜ。まず今出来ることを一生懸命やるんだ。俺は開発系なんだが……残業が続くと何のためにやってんだって思うこともある。だが、ゴールはいつか見えるものさ」
「……素敵です」
「え?」
「そういう考え方、素敵だと思います」
夜空の下、優しく微笑む彼女を見て武田は不思議な気持ちになった。実を言うと開発製造部門のタスクの多さに時々ついていけないこともあった。自分だっていつも自信満々というわけではない。しかし彼女の「素敵です」の一言は武田を心から癒やしてくれるものであった。
「俺は武田。君は……」
「わたしはタイム……じゃなくて……時……時田です」
「時田さんか。おかげで俺も頑張ろうと思えたよ」
「わたしも……少しずつ頑張ってみます。姉にはまだまだ及びませんが」
「お姉さんのことも大事だけど、君自身がどうしたいのかも大切だと思うな」
「え……」
彼女はいつも優秀な姉と一緒にいることでしか、力を発揮できないと思っていた。しかし武田は自分自身のことを考えてくれている。そう思うと温かな気持ちになった。あの組織にいる時には味わえなかった温かさ。
「ありがとう、武田さん。また……お話ししたいです」
「そうだな。またよろしくな」
こうして2人は連絡先を交換した。そしてそれ以来、メールのやり取りを続けている。
※※※
「で? ミス・タイムバルカー? あの企業の情報は何か得られたのですか?」
ミスター・KPIがタイム姉妹の妹であるタイムバルカーに向かって言う。
「いえ……あ、開発製造部門が忙しいそうです」
タイムバルカーが答えると姉のミス・タイムクラッシャーが険しい顔をしている。
「そんなのどの企業も同じでしょ? 前狙った会社で一回失敗したんだから。ちょっとはあたし達幹部の役に立ってもらわないと困るんだけど」
「ごめんなさい、お姉様」
「あの地域で別荘を持つ企業は日本でもトップクラスに違いない。だからそこをブラック化すれば手っ取り早く日本経済にも影響が出るんだ。幹部じゃない君にとっては……この侵入がうまくいけばボスにもアピールできる。こんなチャンス滅多にないぞ? せいぜい頑張るんだな」
ミスター・ハイプレッシャーがじわりと彼女に圧力をかける。
「おーい、ボスがお呼びだよ!」とミスター・コンフリクト。幹部たちはボスの部屋へ行き、残されたタイムバルカー。
そう……本当は彼に近づく目的であの夜に外に出た。だけど、武田と話しているうちに思わず「素敵です」と声に出してしまった。このブラック企業団の仲間たちとは違う優しい雰囲気。もう少し一緒にいたかった。
「でも……そんなの許されないことなの。だけど……また会いたい。武田さん……」
彼女はスマホ画面に映る彼からのメッセージをずっと眺めている。
『今日から仕事なんだ。無理せず頑張るよ』