「バルカー、分かっているでしょうね? あんたが注意されるとあたしも注意を受けるの。あたし達は2人で一つ。だけどあんたにはまだ力がない。例の男、さっさと利用しなさいよ?」
「かしこまりました。お姉様」
冷たい部屋で姉の言葉がミス・タイムバルカーに突き刺さる。だがやらなければこの身を滅ぼすことになる。自分達はブラック企業団に魂を売ったのだ。背に腹はかえられない。
※※※
天下トーイツ・カンパニー休憩室にて。
「行ったのか。武田は」上杉が窓の外を見る。
「彼女とランチだなんて……いいなぁ♡ 俺もそういうのやってみたい」と豊臣がコンビニのおにぎりを頬張りながら喋っている。
「……やはりおかしい」徳川だけが何かを怪しんでいる。
「と・く・が・わ! 自分がすーぐ女の子に振られるからって嫉妬するのはよくないぜ♪」
「豊臣! そういうことではない。あの武田があそこまで一途になることが不自然だ。それに顔つきが柔らかくなっておる」
経理侍、徳川の観察眼は鋭い。細かいところにすぐ気づくのだ。
「フフ……恋は盲目。愛は精神を和らげ表情にも違いが出てくるもの。武田もそれを知ったのだ。本当の愛を」
上杉がデカフェ片手に、斜め45度の姿勢で語るように言う。
「ハハッ! お前が言うと何かおかしいよなぁー! 現実はそんな夢物語じゃないって! 普通に女の子とランチに行っただけじゃん」豊臣が爆笑している。
「うっ……毘沙門天さま……私に真実の愛を」
「俺、行ってくる」と徳川が席を立つ。
※※※
「こんにちは、武田さん」
「やぁ、時田さん」
あれから何度かメールのやり取りを行ってタイムバルカーとランチに来た武田。彼は赤系統のネクタイ、彼女はワインレッドのインナーを着ている。
「武田さんは本当に赤がお似合いです」
「時田さんもだよ」
パスタを食べながら武田が話す。
「あれから仕事は順調か?」
「はい。だけど上司の言うやり方で良いのか……迷うこと、ありませんか?」
「ああ、効率化したいなら自分でやってみるといい。上司に提案するのも一つの手だ。実際俺の部下が最近のやり方に強いことだってあるからな」
「そうなのですか……?」
「色々な上司がいる。話しにくいかもしれないけど意外にも部長クラスは孤独だったりするんだ。部下から話しかけられると俺は嬉しい」
「……」
タイムバルカーは目を閉じる。いつも姉や幹部の言うことばかり聞いてきた。だが実際は幹部だってスーツ侍に勝てずに失敗する。
「もしかすると……別のやり方があるのかもしれません」
「お? いい顔してるね。時田さん」
「えっ……」
「応援しているよ」
タイムバルカーは頬も赤くして武田を見つめる。そして何かを決心したようだ。
※※※
武田がランチから帰っている途中のことだった。急に誰かに裏道に引っ張られる。そこにいたのは……
「スーツ侍・イエヤス。武田……悪いが念のためだ。家紋レンズ!」
イエヤスの家紋レンズが武田の全身をチェックしていく。すると靴に反応が出た。
「武田、かかと部分を見せろ」
何とそこには小型GPSが貼り付けられていた。
「どういうことだ……?」驚く武田。全く身に覚えがないのだ。
「彼女だ。お前……その彼女に何か洗脳されていないか?」徳川に疑いの目を向けられる。
「彼女はそんな人ではない!」
「ではこのGPSはどう説明する?」
「……俺が油断していたからだ。だが……彼女ではない」
「絶対に彼女でないと言い切れるのか」
「……っ!」
そこに社長の織田が現れる。
「武田。ブラック企業団は俺たちを狙っていることを忘れるな。だがお前のように多くの女性と交わる者にとって……彼女は何か特別なのか?」
「社長……わからないのです。何故彼女に惹かれるのか。もし……彼女がブラック企業団だとしても、これまで戦った者とは違う。何かに苦しんでいる……」
しばらく織田が武田を眺めて言った。
「その直感、信じても良いと思うぞ」
「社長?! でも実際にこのGPSが……」と徳川。
「
「社長……あ、ありがとうございます!」武田が頭を下げる。
「武田、このGPSは発信を無効化して黒田に調査してもらう。ブラック企業団ではない可能性もあるからな」徳川が静かに言う。
「ああ、頼んだよ」
「多くの女性との交わりの中で、お前が恨まれている可能性もあるということか」と織田。
「社長……さっきから何回『多くの女性との交わり』とおっしゃるのですか……俺そんな風に見られてるんですか」
「ほほう、あとでじっくり聞かせてもらおうか」
「うっ……すみませんそれだけは勘弁を……」
※※※
「小型GPSが無効化された……フフ。武田さん、やるわね。でも良かった。これでGPSは一流企業には効果がないことを証明できる」
「バルカー? うまく行ったの? あの男」
姉のタイムクラッシャーが部屋に入って来た。
「お姉様。一流企業はGPSはもちろん、サイバー対策も万全です。対応するにはこちらも工数をかけなくてはならない……ペーパーレスが当たり前となった今、失敗すればわたし達にもデータ漏洩のリスクがあるのです」
妹はこんなにも喋る人だっただろうか。タイムクラッシャーは彼女の話を聞こうと椅子に座る。
「一流企業は古くからの体質がまだ残っている可能性もあるでしょう。ベンチャー企業の方が自由な働き方ができると、ある有名人がインタビューに答えておりこちらのSNSが盛り上がりを見せております。よってベンチャー企業にブラックザコ団を放出し一流企業をあえて残すのです。ベンチャー企業を倒産させつつ、わたし達の力も強化させておく。そしてその力で一気に一流企業をブラック化するというのはいかがでしょう」
そこにミスター・KPIが入って来た。
「なかなか面白いじゃないですか、ミス・タイムバルカー。だが……あの男を避けたい気持ちが見えなくもない」
タイムバルカーの表情が変わった。
「へぇ……あんた、あの男に惚れたの?」
「……まさか。そんなことありません、お姉様」
KPIがタイムバルカーに近づいて肩をポンと叩く。
「やるなら……あなた方姉妹で勝手にどうぞ。うまくいけば私も手伝ってあげてもいいですよ?」
手柄だけほしいのが見え見えであるKPI。
「こうなったら手分けしましょう。あたし達がベンチャー企業を倒産させておくから、KPI達は一流企業をお願い」
そう言う姉を見つめるタイムバルカー。やっぱり姉だけは自分を裏切らない。武田に危害を与えたくないことはバレてそうだが、自分の考えを話して良かった。
これも全て武田のおかげなのだ。それがわかると余計に彼への想いが募ってゆく。