「さて……昼の時点で基地局にいるザコ団はほとんど倒せたな」
スーツ侍・イエヤスがビルの屋上をシュタッと飛び乗りながら呟く。「フルートランド」のアプリダウンのトリガーとなった基地局のザコ団退治。他のメンバーは夕方に周っているが真面目なイエヤスは昼の空き時間も無駄にはしない。
そのコツコツと頑張る姿勢は派手な勢いのあるノブナガやヒデヨシ、確かな強さと絆のあるシンゲンとケンシンと比べるとやや見劣りするかもしれないが、彼しか持たない家紋レンズや冷静な分析力は……誰にも負けないものがある。
昼間のオフィス街。仕事中の唯一の晴れ間の瞬間。あちこちでサラリーマンが昼休みを待っていたように会話をしながら歩く姿。お気に入りのテイクアウトのお弁当を並んで手に入れて嬉しそうな人達。今日は特に太陽が眩しくまだ暑さも残る。
そのような時に怪しき者が現れるなど誰が想像できようか。
「……いたか」
イエヤスはとうとう見つけてしまった。武田と相手の女性だ。一流チェーンのレストランのテラスで2人がランチをしている。
夏休み明けから武田は合コンにも来ず、誰か1人の女性のことを考えているのはわかっていた。他のメンバーはそれを祝福するような態度を取るが、何かあってからでは遅いのだ。
実際に、ランチに行った武田は小型GPSを靴のかかと部分に装着されていたことがある。黒田の分析によれば、
「市販品で高価だが一般の方でも容易く手に入るもの」
とのことであり、はっきりとしたことはわからなかった。
こうなれば自分の目で確かめるしかないのか。
『彼女がブラック企業団だとしても、これまで戦った者とは違う。何かに苦しんでいる』と言う武田。
『その直感は信じても良い』と言った社長の織田。
仲間を信じることが一番であるが、誰かが疑いの目を持たなければ、チームは崩壊する。
「その役割が俺だ」
イエヤスは静かに言い、テラスの近くの木の上にシュッと降り立ち、そこから家紋レンズを発動する。
「……何もあるわけないか。それなら良い。だがあの彼女は……」
夏休みの社長の別荘のビーチで出会った双子の姉妹のどちらかである。秋先取りの紅葉のようなインナーが美しい。
「何故か既視感のある双子の姉妹……まさか。まさかな」
家紋レンズの反応もなし。何と言っても2人の仲睦まじさが、これ以上邪魔できないような雰囲気を醸し出している。
「やはり武田はモテるのだな……よし、戻るか」
イエヤスは再びビルの上に飛び立った。
※※※
「このパスタ、美味しい」
「時田さんのパスタも美味そうだな」
「ふふ。武田さんたら、少し分けましょうか?」
「ハハ……ありがとう」
レストランのテラスでは武田と時田……つまりタイムバルカーがイタリアンを堪能していた。
「このお店……ずっと来たかったの。武田さんが予約取ってくれるなんて」
「平日は取りやすいんだよ。まぁ、それでも偶然だがな」
時田がパスタのフォークを置いて真剣な顔になる。
「ありがとうございます。いつもその……武田さんには背中を押してもらえるのです。仕事で自分の考えを話すようになったら、意外と受け入れてもらえて」
「え? 俺が? そうか? それはきっと……皆が時田さんともっと話したいんだよ」
「わたしと……?」
「少なくとも俺は話したいよ。君とはね」
武田さん……
このようなわたしに……ここまで……?
わたしだってまだ貴方と話していたいのに。
「どうしてですか? わたしはまだまだ未熟者です」
「何故だろうな。見守ってやりたいというか……悪い。時田さんは立派な大人だよな」
「いえ……」
その時であった。
ガシャン! という食器の割れるような大きな音がレストランから聞こえてくる。
「お客様、もうお時間です」とウェイターに言われ、怪訝な表情をした客が次々と出て行ってしまう。そのウェイター達の顔つきは何かに押し潰されるように歪み、動きもどこか不自然。
武田が勘づく。ブラック企業団の匂いがする。
レストランは一流企業であるマラカスタホールディングスが経営。その中で最も力を入れる事業部に所属するこのレストラン。狙う動機は十分にある。
「お客様も、もうお時間ですので」
半ば無理矢理追い出された武田と時田。
「時田さん、ここは危険だ……すぐ逃げるんだ」
「いえ……そんな……武田さん……」
「悪いな、この埋め合わせは必ずするから」
そう言ってわたしの前から姿を消した武田さん。
間違いなく……スーツ侍の……最も赤い者。
「というか、どうして武田さんとのランチを邪魔されないといけないのよ。ここはお姉様が言ってた場所じゃないわ。一流企業を攻撃しにいった誰かの仕業ね」
※※※
「さてさて……マラカスタホールディングスのレストランさんよ? そんなにのんびりしていて店の回転率が上がらなければ……その結果売上が予算を達成できなければ……閉店に追い込まれるぞ? ハーハッハッハ!!」
上空でオレンジ色のマントを翻したミスター・ハイプレッシャーがレストランの店長達に圧力の術をかけ、高笑いをしている。
「切られるのが怖ければ、実績を出せ……働け……! まぁ無理だろうなぁ? 今の時代にこんなにチンタラしてちゃあ、すぐ閉店さ。潰れるのは時間の問題」
マラカスタホールディングスの業績は安定してはいるものの、外食産業はここ最近では競争率も高い。長年愛されていた店の閉鎖を余儀なくされるケースもある。
「この東京を代表するレストランが潰れたら影響も大きいだろうよ……」
ハイプレッシャーの術により店長はこれまでの「いつでも、どんな時も、美味しい食事を、ゆっくりと」という方針を変えてしまった。そして急に「早い(速い)、高い、美味い」を実現させるよう従業員に指示した。結果、ウェイター達は食事が終わった客をすぐに追い出すようになった。
「無理だ……この一手間を飛ばして早く提供しろだなんて」とシェフも青ざめている。料理は下準備の段階から食べてくれる人々を考えて、真心を込めて作るもの。ほんの一手間が見た目も味も変えてくれる。シェフがこだわったものが今、崩れ落ちようとしている。
「駄目だ……」
シェフがうなだれていると、隣に朱色のスーツにマント姿の男が膝をついてキッチンに隠れるように現れた。
「そなたの作る料理、どれも見事である。その味を忘れてはならぬ」
「だ……誰ですか?」
「紅の技術戦士、スーツ侍・シンゲン。確かなその技術力を軽視する者は我が許さぬ」
「シンゲンさん……? お……お願いです……! 店長が……!」
「店長だな?」
シンゲンがレストランの中で紅いマントを翻しながら店長を探していたその時であった。
「来たか。ハイプレッシャー・バーンズ!」
天井にヒビが入ったと思ったすぐ後に、ミスター・ハイプレッシャーの炎の竜巻がシンゲンを狙う。
「何だと……? しまった!」
前に気を取られて上を見る余裕がなかった。風林火山の盾を掲げるのが先か、その前に炎が降り注ぐのが先か。
シュッ
炎の軌道が変わった。あのハイプレッシャーがシンゲンを見逃すはずはない。誰かがそこにいるのか。
「こっちよ。早く」
シンゲンが振り返るとそこには、黒のスーツ姿に赤いマントを羽織るショートボブの女性がいた。
助けたいなんて思っちゃいけないのに。わたしは……