マラカスタホールディングスが経営する一流レストランにて。従業員達がプレッシャーに追い込まれ、立ち向かうこととしたスーツ侍・シンゲン。
ブラック企業団幹部、ミスター・ハイプレッシャーの天井からの炎の攻撃の軌道を変えることで、シンゲンを救った1人の女性。
黒スーツに赤いマント。その女性はブラック企業団のメンバーであるミス・タイムバルカーであった。
「ありがとな」
シンゲンがバルカーに言う。
「お礼はいいから今すぐ立ち去りなさい」
バルカーは杖を持ってシンゲンを見据える。
「そんなこと出来るわけないだろう? このレストランは店長やシェフ、スタッフ皆が作り上げたものだ。それを力でねじ伏せようとするなんて、許せるはずがない。シェフだってそうだ……あの技術力を台無しにするわけにはいかないんだよ」
「何言ってるのよ。どんなに技術力があろうと売上が伸びなければ結局は閉店する。それに逆らうことなど時間の無駄」
バルカーは杖をシンゲンに向けていたが、その杖はよく見ると細かく震えている。シンゲンがその様子を見て息を吐く。
「背中を押してもらってここまで来たのか」
その一言でバルカーの杖がさらに震える。
「……背中ですって?」
「仕事で自分の考えを言って――動く気になったか」
「……っ!」
スーツ侍・シンゲンはまさかわたしを……?
そう思いながらもバルカーは杖を離さずに「黙りなさい」と言う。
それでもシンゲンの表情は変わらない。
やがて――その顔はフッと穏やかに変わる。
「頑張ったんだな」
バルカーの杖が手を離れ、カランと音を立てる。
「……っ!」
その場で膝をつき涙が一気に溢れる。その一言が欲しかった。あの組織ではこんなこと一度もなかった。
「……わかってたの?」
涙を抑えてバルカーがシンゲンを見上げる。シンゲンもしゃがんで彼女を見つめる。
「喫茶クロックワークスでの、君の赤いスカーフが忘れられなくてな」
そんな時から見られていたのか、とバルカーは驚く。
「あの赤いスカーフとその赤いマント、そして別荘での赤いワンピースは俺には同じ色に見えた。自分と同じ思いを持つのではないかと……まぁただの直感だ」
バルカーの頬まで赤くなりそうである。
「じゃあ何故今までわたしを倒さなかったの? わかってたんでしょう? GPSを仕込んだってことも」
「いや……GPSは気づかなかった。俺はこんなに一生懸命働こうとしている君に、攻撃することなんてできない」
「は? ちょっと……頭おかしいんじゃないの?」
「ああ、おかしいさ。だが……自分でもわからないんだよ。どうしても君だけは……」
さっきから何言ってるのよ……?
シンゲン、いえ……武田さん……
わたしだってもう……わからないことばかりよ……
そして天井が割れる音がした。炎の熱さがじわりと伝わってくる。
「……ったくよお。さっきまでスーツ侍の気配がしたんだが」
ハイプレッシャーがブツブツと文句を言いながらプレッシャーバーンズを撃っている。テーブルの下に隠れたバルカーとシンゲンは息を潜める。
「やっぱりハイプレッシャーね。あの人は相変わらずゴリ押しで困るのよ」
「そうか、確かにな」
「タイムウォール発動。シンゲン、行くのよ」
「感謝する、バルカー」
シンゲンはバルカーのウォールを纏って炎から身を守りながら外に出ようとしたが、時間が歪む感覚があった。
「……なっ……まさか」
シンゲンを守るように見せかけて時限の奥に閉じ込める技だったのか。
「うっ……時田さん……」
君はやはり……頑張ったんだな。
武田さん……ごめんなさい。
「おっと? バルカーにしてはよくやったな。とどめといこうか、スーツ侍!」
ミスター・ハイプレッシャーが壊れた天井からシュッと降りてきた。手に圧力を秘めた炎が燃え上がる。
その時だった。レストランのドアがバンッと開き、蒼いスーツにマントを翻した侍が姿を現す。
「昼間だからといって油断させた気でいただろうが、俺の目は誤魔化せないぞ? スーツ侍・イエヤス! 見参!」
「なっ……また出たかスーツ侍!」
「利益を出すための効率化は大切なこと。だが最も重要なのは企業の理念、つまり『心』そのもの。それを圧力で潰すなど言語道断! この経理侍が相手だ――覚悟!」
「フン……我ら今までプレッシャーで生きてきたからな? 今更そんな長い話など聞いてられるか!
ハイプレッシャーの炎がイエヤスの方に向かう。これは労働力だけでなく全ての力を搾取し潰すといった恐ろしい技である。
「
イエヤスが2枚の扇を持ち、その炎を一気に打ち消す。さらにどのような搾取や困難があろうと、誠意を持った報告や連携を促す思い。それが松の立派さ、竹の誠実さ、梅の気品に現れるであろうというイエヤスの必殺技である。
「クソッ……お前……こうなったら……さっきの奴とまとめて……ん?」
ハイプレッシャーが振り返るとそこにいたはずのシンゲンがいない。タイムバルカーによってウォールに閉じ込められていたはずだったが。
「甘いな。あのような仕掛けを解くのは俺にとっちゃあ朝飯前だぜ?」
シンゲンがすでにハイプレッシャーの斜め上に浮かんで盾を構えている。
「風林火山!
かつて甲斐の虎と呼ばれたその魂を込めた風が、今……ハイプレッシャーを吹き飛ばす。
「……お前ら! 次こそは潰してやるからな!」
そのまま飛ばされながらハイプレッシャーは空に消えて行った。
「大丈夫か? シンゲン」
「ああ、何とかな。イエヤスが昼間も巡回してくれたおかげだ。助かった」
「まさか昼間から狙うとはな」
「いつ来るかわからない、それが奴らだ」
ふとレストランを見ると少しだけだが前の状態に戻っていた。天井が徐々に修復されていくのが見える。
「よし……俺は皆に報告に行く」とイエヤス。
「俺はレストランの皆の様子を見てから戻るよ」とシンゲン。
イエヤスが去ってからシンゲンは呟いた。
「頑張ってるんだな。店の時が戻っていくように修復されている」
それを外でこっそり聞いていたタイムバルカーの頬がまた赤くなっている。
「もうハイプレッシャーったら……わたしと武田さんが食事した店を壊すなんて。はぁ、自分の力ではここまでが精一杯ね。それにしても流石だわ。タイムウォールを解除するなんて」
わたしの気持ちが伝わったということでいいのかな、武田さん……
……まさか解除キーが「TAKEDA」とはな。
パスワードポリシーって一体何だろうな、時田さん。
「うぅっ……どうなってるんだ?」
「店長!」
「いかんいかん……ランチのお客様が」
「外で待ってくださっているお客様もいらっしゃいます」
「そうか。じゃあ今日は特別にもう一度入ってもらおう。ディナーの準備も並行して……出来そうか?」
「はい!」
レストランの店長が目を覚ましてくれた。これでこの店も通常通りの営業ができるだろう。
「ありがとうございます! シンゲンさん。おかげで私も自分がこだわったメニューをお客様にもう一度召し上がっていただこうと決意できました」
シェフも生き生きとしている。
「それは良かった。またこの店の美味しい食事を楽しみに待っておる、さらばだ」
シンゲンはシュタッとビルに飛び立ち、オフィスに戻ってゆく。
※※※
天下トーイツ・カンパニーにて。
「戻りました。社長……え?」
武田が会議室に入ると全員がじっとこちらを見ている。
「ねぇ、武田? あのビーチで会った双子のどちらかと付き合ってるって本当?」と豊臣が最高の
「え? いや……そこまでは……ってまさか徳川? お前見てたのか?」
「テラスで2人の世界。しっかりと見届けたぞ」と徳川。
「おい武田。そなたのような義の心が未熟な者にあのような女性など……」と上杉も言う。
「いやいや、ただのランチだ!」と武田が言うが、
「怪しい♪」と豊臣がじっと見つめている。
この様子を見た黒田がため息をついている。
「はぁ……レストランにブラック企業団の幹部が現れたというのにどうして話がその方向に……ねぇ社長」
それに対する社長の織田の一言。
「武田、いつその女性と交わるのか?」
「「「「社長ーー! あからさまにそれは!」」」」