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第25話 そばに潜む赤きもの

 数年前に設立されたリスペクトレモン社。プロの料理人と連携して「美味しい」食事を企業や自宅にデリバリーするベンチャー企業だが、原因不明の配達遅延が起こる。


 天下トーイツ・カンパニーでもデリバリーを注文していたが何故か30分遅れ、システムに「再配達のみ可能」の表示、そして配達員が黒い煙に妨害されていることがわかった。


「ボタン電池のような機器が従業員に装着され、彼らは30分遅らされていることに気づいていなかった。さらにシステムを乗っ取り不在のメッセージを客に送信。仕上げに現場への配達を黒い煙、つまりザコ団が妨害したということか」


 武田が気づき、5人はまずリスペクトレモン社に向かう。



「「「「「スーツ侍、改革!」」」」」



 黒、金、紅、蒼、白の侍たちがスーツにマントを翻し、風を切ってビルの上に飛び立つ。



 そしてリスペクトレモン社では管理部長の神崎が頭を抱えている。

「今日も30分遅れていただと? なぜだ……昼の配達は通常通りなのに夕方になるとどうも調子が狂うような気がする。はぁまたか、この時間にサーバーも繋がらない」


「神崎部長、システムの方は私が」

「おお、ありがとう時田さん。いやぁ〜君がいなければ復旧できないからな。本当に助かる」

「お役に立てて光栄です」


 時田という女性社員はそのまま廊下に向かい、スッとタブレットを取り出す。

「……今日はもう十分ね」

 大ぶりの赤いイヤリングを揺らして満足気に頷く。



 神崎の元に時田が戻る。

「早速ありがとう、時田さん。君はどう思うかい? サイバー対策が甘いのだろうか」

「そうですね。この時代はサイバーインシデント対策も必須かと……こちらのセキュリティ管理システム『タイムバリケード』はいかがでしょう」


「さすが時田さん。こんなものがあるとは……早速購入だ」

「では社長決裁に回します」



 その時だった。夕日が差し込む窓際に5つの影が映る。


 紅の侍がマントをなびかせながら低い声を発する。



「タイムバリケード――ネーミングはいつも通りか? 最先端のセキュリティと見せかけてベンチャー企業に購入を促し、狂わせるつもりか」



 神崎と時田が振り返る。

 そこに現るスーツ姿の眩しき5人の姿。


「サラリーマンにとって打ち上げは、笑顔になれるひとときなんだよ! 邪魔する奴は許さぬ!」

 金の侍が扇を広げる。


「材料費だけでなく、シェフや配達員たちの努力を無駄にする不届き者はお前か」

 蒼の侍が静かに佇む。


「30分でも残業。その継続がどれだけの精神的苦痛となるか。義の心なき者……覚悟」

 白の侍が斜め45度に構える。


「この世の全ての働く者にとって食は最も重要かつ生きる意味を成すもの。その機会を奪い好き勝手に時を操る悪党どもめ……今ここで成敗す!」

 黒の侍が炎の刀に手をやる。



「「「「「スーツ侍! 見参!」」」」」



 神崎は訳がわからないといった表情。どこに悪党がいるのか。そう思い、時田の方を見ると俯いたまま口元が笑っている。

「時田さん? これって……」

「ふふふ……スーツ侍。来たわね」

「えっ? 時田さん、彼らは……」


「あなたまだ気づかないのかしら。私が来てからシステムのエラーが起こったのよ?」

 神崎の顔が一気に青ざめる。てっきり彼女がシステムを修復してくれていると思っていた。しかし彼女本人がもともと操作しているのであれば話が変わってくる。


 同じフロアにいる社員たちもこれには驚く。皆が時田を頼りにしていたのに、最初から裏切られていたとは。



「よくわかったわね、スーツ侍。だがここは完全に乗っ取ったわ。私の持つタブレットで全ては思いのまま」


 時田はタブレットを手に持ち微笑む。そしてすぐに部屋から出て廊下を走って行った。


「逃すか!」

 素早さでは一番の金の侍、ヒデヨシが彼女の後を追おうとするが、シンゲンがそれを制した。



「ここは俺がゆく、技術侍として」



 紅の侍、シンゲンが廊下にシュタッと移動し時田を追った。


「……シンゲン?」

 ヒデヨシは不思議に思う。

「技術侍として」であれば――サーバの場所やアプリの状況などを見るはずである。今の彼はまるで彼女だけしか見えていないかのよう。


「あの……すみません。何がどうなっているのでしょうか?」

 神崎が震えながらやっとのことで話し出す。すると蒼の侍、イエヤスが目をカッと光らせる。


「あの女性社員が元凶だ。家紋レンズ!」

 イエヤスのレンズ発動により、フロア全体の小型機器を発見することができた。


「腕時計の裏を」とイエヤス。

 神崎が自分の腕時計を確認すると、小型かつ薄型の機器が装着されていた。他の社員も驚いている。


「そういえば時田さん、割と距離が近かったような」

「いつの間にこんなものが……!」


「それがある限り、夕方になると30分遅れるという仕掛けだ。俺が斬る――業火ごうか・旋風斬り!」

 黒の侍、ノブナガの炎の刀で一気に機器は黒き煙となり消失した。


「では皆の者……心頭滅却……義魂ぎこん解放!」

 白の侍、ケンシンの浄化の力により疲れ切った従業員たちが回復。神崎も震えがおさまり冷静さを取り戻した。



「あとはシンゲンか」

 ノブナガが廊下の方を見つめる。



 ※※※



 ショートボブに黒いスーツ、赤いイヤリング。その大ぶりな「赤」だけを見ながらシンゲンが時田を追う。

 やがて物置倉庫に彼女が入ったため、シンゲンも後に続いて中に入った。


「……」

「……」


「……来たのね」


「もうこんなことは……やめるんだ……!」


「そんなことを言われても……私は」


 シンゲンがゆっくりと彼女に近づく。

「時田さん、君はここまで組織のために頑張ってきた。だが、俺は……君の本当の姿を知りたい。本当の君は……きっとこんなこと望んでなんかない……!」


 時田は俯く。赤いイヤリングが寂しく揺れる。


「そう……あなたはそれが言いたかったんだ」


「時田さん……頼むよ……!」



 彼女はシンゲンの方に向かい、彼の頬に触れる。

 しばらく見つめ合う2人。



 だが次の瞬間、彼女の手の圧により、シンゲンは倉庫の壁に飛ばされた。


「……っ! 時田……さん……!」




 時田が赤いイヤリングを雑に外して捨てるように投げる。クルリと宙返りをするとそこには――青いマントを翻したスーツ姿があった。




「フンッ。残念だったわね……あたしはバルカーじゃない! 赤しか見えていないこの……愚かな侍め!」


 彼女はタイムバルカーの双子の姉、タイムクラッシャーであった。驚きのあまりシンゲンがその場で固まっている。

「まぁいい……お前と妹のことはよーくわかったわ……ハハハッ! まさか本当に妹があんたなんかに惑わされるとはねぇ……もうここからは一生出られなくしてやる! これが本当の! タイム・バリケード!」


 タイムクラッシャーの術がシンゲンの周りをフェンスのように取り囲み、圧迫する。シンゲンはその場に倒れ、動けなくなってしまった。


「そこで一生妹を想いながら苦しむがいい」


 タイムクラッシャーが倉庫を出て、表から「タイムキー発動」と言うとガシャンと音がした。


「フフフ……ハッハッハ!」

 彼女の高笑いが響き渡る。



 シンゲンは床に転がる赤いイヤリングを見ながら悔し涙を流す。

「俺は……何を見ていたんだ……」

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