「あの…ここがおがみ屋さんで間違い無いですよね?」
女は不安そうに手を胸の前で組んで目を彷徨わせている。
まだ20代前半の若い娘が図体のでかい得体の知れない男がいる部屋にこれから入るのだから緊張するのも無理はない。
「お待ちしていました。おがみ屋の世良三国です。三国とよんでください」
「三国…さん?よろしくお願いします。
女はハッとしたような顔になり慌てて自己紹介を始めた。
「初めまして、私。七瀬なつめ、23歳です。際坂女子学院に通っています」
「どうも。俺は助手の佐田良太です。気軽に涼太って呼んでくださいね」
良太は扉に手をかけてなつめを部屋に招き入れてから扉を閉めた。
今日は夏日で久しぶりの半袖で天井のファンも回して空気を循環させていた。
なつめは扉の前で固まっていたので、三国は立ち上がって目の前のソファを手で指し示した。するとなつめは警戒をしたままの様子でそのソファに座った。
「わあ」
なつめはソファに座った瞬間思わず声をあげた。
この事務所のソファはこだわり抜いた逸品で、とても座り心地がいいのだ。それは緊張してやってきた客の心を少しでも和ませてあげたいという気持ちからだった。
「では早速、今回はどういったご相談ですか?」
「実は私…これから人を殺してしまうみたいなんです」
殺したではなく殺してしまいそう。不思議な話だった。彼女が誰かを強く憎んでいて殺してしまいそうだから自分を説得して欲しいと言うことならば話は簡単なのだが、きっとおがみ屋を頼りにするからには別の何かがあるのだろう。
「誰か殺したい人でも?」
お茶を出しながら良太が気軽に問いかける。
「はい。実は元彼にストーカーをされていて、もう疲れちゃったから殺したいとは思っているんです。もちろん本気じゃないですよ?そう思っちゃっうくらい疲弊していると言うということなんです」
「なるほど」
三国はなつめが出してきた資料を確認する。ストーカーは佐々木健太。28歳。会社員をしているらしいが、最近リストラにあって、なつめに依存し始めたので、別れたという。時間を持て余し、自分を捨てた元恋人に全ての時間をかけている。今まで何度も接触してきてその度警察に相談しているが今のところ改善されることはないという。
「厄介ですね。こう言う場合、警察は介入できないからご本人同士で解決するう必要がある。でもこうして訪ねてきてもらったからオレ達でなんとかしましょうか。料金上乗せで2度と接触できないようにしてやりますよ」
良太は電卓を取り出すとぽちぽちと数字を入力してなつめの眼前に突きつけた。
「ひゃっ!!こんな金額払えません」
「じゃあどうする?このままむざむざ殺されるのを待つのか?」
三国は冷たい視線をなつめに送ると彼女は俯いてしばらく考えた後、ゆっくりと深呼吸した。
「あの…分割は」
「いいえ。前金一括払いで。ただ保証します。2度とストーカーに悩まされることがなくなることを。ご家族に電話して相談してもいいですよ」
良太はそう言うと手で電話をかける仕草をした。
「はい…お父さんに電話してみます」
その後、彼女の父は彼女以上にその身を案じていたらしく、それくらいの金額で彼女の身の保証ができるのなら払うといった。そして即時入金されたので三国は言った。
「安心して。君の身はもうほぼ安全だから俺が仕上げをしてくる。君は学校にいきな」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
なつめは出されたお茶に手をつけず、ぺこりとお辞儀をして事務所から出ていった。