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第34話

「来ないで、私は平気ですから……」


 カサンドラの言葉を聞きながら、アオは心の中でつぶやいた。――嘘だ。貴族令嬢って、こんなにも嘘をつくのが上手いのか? いつもと変わらない態度のカサンドラを見て、思わず安心してしまった自分が情けない。


「ドラ! そんな顔して、平気なわけがあるかぁ!」


「平気と言ったら平気なのですわ! だって、ただの怖い夢を見ただけですもの。ふわぁ……私、眠いので出ていってくださる」


 震える声を隠すように欠伸を装う彼女。それでも、さっき涙を流し震えていたカサンドラの姿が、アオの脳裏から離れない。


「つべこべ言わず、来やがれ!」


 アオは彼女の手を強引に引き、天蓋付きベッドから連れ出した。


「え、アオ君?」


「……悪かったよ。お前がそんなに夢を怖がってるなんて気付かなかった。オレが一緒に寝て守ってやる!」


「そうです! 私もドラお嬢様を守ります!」


 そっと差し出されたカサンドラの手を、シュシュがギュッと握りしめる。カサンドラは二人の行動に戸惑い、そして目を伏せた。


(こんな風に、優しくされるの……私、慣れていないわ)


「……わ、私は――」


「カサンドラ、二人に守ってもらいなさい。ゆっくり眠って、怖い夢なんて吹き飛ばしてしまいなさい」


「お祖母様……」


 祖母はカサンドラを見守りながら静かに自室へ戻っていった。その背中を見送り、アオはカサンドラを自分の寝室へ連れて行く。そのあとを、シュシュがしっかりとついてきた。


 ⭐︎


「特別だ! ほら、入れ」


「アオ君……」


 初めて踏み入れるアオ君の寝室は、街でかささとシュシュが買った服や日用品、冒険具が整然と並んでいた。


 カサンドラは辺りを見回し、ふと笑みを浮かべる。


「フフ……この部屋、アオ君の香りがしますわ」


「はぁ? な、なんだよそれ。どうせ獣臭いとか言うんだろ?」


「違います。お日様の香り……優しくて温かい香りですわ」


「……あぁ、昼寝好きだからか?」


 カサンドラの言葉に、照れくさそうに後頭部を掻きながら、アオ君は彼女の手を引いてベッドに近づいた。そして手を離すと、ポンとタヌキの姿に変わる。


「この姿なら……一緒に寝てもいいよな?」


「ほんと? ありがとう、アオ君!」

「……お、おう」


 カサンドラはモフモフのアオを両手で抱きしめるようにして、ベッドに潜り込む。その横にパジャマ姿のシュシュも滑り込んできた。アオ君はため息をつきながら、カサンドラの安心した寝顔を見つめる。


(この姿、触られるのは苦手だけど……ドラのためなら仕方ないか)


 柔らかな寝息が聞こえ始めた。


「もう寝たのか……え? シュシュもか。ははっ……」


 カサンドラとシュシュを挟むようにして、アオも目を閉じる。


 ⭐︎


 カサンドラが見た夢――それは、生々しい記憶だった。


 断頭台に立たされる恐怖。鉄格子の冷たさと地下牢の湿気、そしてカビ臭い空気の中で感じた絶望。向かいの牢に閉じ込められた、痩せ細ったシュシュのすすけた顔。


「ごめんなさい、シュシュ……ごめんなさい……」


 何度も謝るが、言葉は届かない。彼女の罪と後悔が、暗闇に飲み込まれていく。


 さらに、彼女の足元には――アオ君とシュシュが倒れている光景。


(お願い、もう嫌……もうこんな夢は見たくない!)


 暖かいアオ君の毛並みに包まれながら、カサンドラはかすかな声でつぶやいた。


「……ありがとう……」


 その声は、眠りに落ちた彼女自身の耳にも届かなかった。


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