「来ないで、私は平気ですから……」
カサンドラの言葉を聞きながら、アオは心の中でつぶやいた。――嘘だ。貴族令嬢って、こんなにも嘘をつくのが上手いのか? いつもと変わらない態度のカサンドラを見て、思わず安心してしまった自分が情けない。
「ドラ! そんな顔して、平気なわけがあるかぁ!」
「平気と言ったら平気なのですわ! だって、ただの怖い夢を見ただけですもの。ふわぁ……私、眠いので出ていってくださる」
震える声を隠すように欠伸を装う彼女。それでも、さっき涙を流し震えていたカサンドラの姿が、アオの脳裏から離れない。
「つべこべ言わず、来やがれ!」
アオは彼女の手を強引に引き、天蓋付きベッドから連れ出した。
「え、アオ君?」
「……悪かったよ。お前がそんなに夢を怖がってるなんて気付かなかった。オレが一緒に寝て守ってやる!」
「そうです! 私もドラお嬢様を守ります!」
そっと差し出されたカサンドラの手を、シュシュがギュッと握りしめる。カサンドラは二人の行動に戸惑い、そして目を伏せた。
(こんな風に、優しくされるの……私、慣れていないわ)
「……わ、私は――」
「カサンドラ、二人に守ってもらいなさい。ゆっくり眠って、怖い夢なんて吹き飛ばしてしまいなさい」
「お祖母様……」
祖母はカサンドラを見守りながら静かに自室へ戻っていった。その背中を見送り、アオはカサンドラを自分の寝室へ連れて行く。そのあとを、シュシュがしっかりとついてきた。
⭐︎
「特別だ! ほら、入れ」
「アオ君……」
初めて踏み入れるアオ君の寝室は、街でかささとシュシュが買った服や日用品、冒険具が整然と並んでいた。
カサンドラは辺りを見回し、ふと笑みを浮かべる。
「フフ……この部屋、アオ君の香りがしますわ」
「はぁ? な、なんだよそれ。どうせ獣臭いとか言うんだろ?」
「違います。お日様の香り……優しくて温かい香りですわ」
「……あぁ、昼寝好きだからか?」
カサンドラの言葉に、照れくさそうに後頭部を掻きながら、アオ君は彼女の手を引いてベッドに近づいた。そして手を離すと、ポンとタヌキの姿に変わる。
「この姿なら……一緒に寝てもいいよな?」
「ほんと? ありがとう、アオ君!」
「……お、おう」
カサンドラはモフモフのアオを両手で抱きしめるようにして、ベッドに潜り込む。その横にパジャマ姿のシュシュも滑り込んできた。アオ君はため息をつきながら、カサンドラの安心した寝顔を見つめる。
(この姿、触られるのは苦手だけど……ドラのためなら仕方ないか)
柔らかな寝息が聞こえ始めた。
「もう寝たのか……え? シュシュもか。ははっ……」
カサンドラとシュシュを挟むようにして、アオも目を閉じる。
⭐︎
カサンドラが見た夢――それは、生々しい記憶だった。
断頭台に立たされる恐怖。鉄格子の冷たさと地下牢の湿気、そしてカビ臭い空気の中で感じた絶望。向かいの牢に閉じ込められた、痩せ細ったシュシュのすすけた顔。
「ごめんなさい、シュシュ……ごめんなさい……」
何度も謝るが、言葉は届かない。彼女の罪と後悔が、暗闇に飲み込まれていく。
さらに、彼女の足元には――アオ君とシュシュが倒れている光景。
(お願い、もう嫌……もうこんな夢は見たくない!)
暖かいアオ君の毛並みに包まれながら、カサンドラはかすかな声でつぶやいた。
「……ありがとう……」
その声は、眠りに落ちた彼女自身の耳にも届かなかった。